コンクール、オーディションにどう備えるか|フローラン・エオー インタビュー【前篇】
パリ地方音楽院、ローザンヌ高等音楽院などで長年にわたり後進を育ててきたクラリネット奏者、フローラン・エオー氏。その門下からは、国際コンクールの上位入賞者や、ヨーロッパの主要オーケストラで活躍する奏者が次々と生まれています。
コンクールやオーケストラの入団試験に臨むとき、何を、いつ、どのように準備すべきなのか。そして、本番で力を発揮する学生には、どのような共通点があるのか。
本インタビューは全3篇でお届けします。
前篇では、本番から逆算した練習計画、「ロダージュ」と呼ぶ本番形式の通し練習、メンタルトレーニング、そしてオーディション当日の集中の保ち方まで、エオー氏が学生たちと実践している方法を具体的に伺います。
中篇では、オーケストラオーディションで実際に何が求められるのか、後篇では音程や音色、さらに音楽家として学び続けることへと話を深めます。
本番から逆算する ─ 3週間前からの「ロダージュ」
コンクールやオーディションに向けて学生を指導するとき、試験までの数週間、あるいは数か月の練習をどのように組み立てますか? 本番が近づくにつれて、優先順位は変わりますか?
学生を見ていて気づくことの一つは、「時間」をうまく捉えられないことがあるということです。コンクールを準備していても、その準備期間の中で計画を立て、時間を整理することが難しい。気がついたら、「もう2週間後なの?」となってしまうことがあります。
プロの音楽家は、この時間感覚をよく知っています。たとえば指揮者がオーケストラの前に立つときには進行表があり、どの交響曲を練習するのか、休憩までにどこまで終えなければならないのかを把握しています。こうした時間の組み立ては、プロとして非常に重要です。
まず問題になるのは時間管理です。もう一つの問題は、レパートリーの管理です。
オーケストラのオーディションでは非常に多くのオーケストラスタディが課されますし、国際コンクールでは10曲近く準備しなければならないこともあります。
それをきちんと管理できないと、あれこれ練習した末に一日が終わり、「結局、今日はあまり練習できなかった」という感覚だけが残ってしまいます。
ですから、計画を立てることが本当に重要です。
まずレパートリーそのものを学ぶ期間があります。
その後、本番の3週間ほど前から「ロダージュ(rodage)」、つまり本番形式の通し練習を組み込んだ具体的な計画に入ります。
ヨーロッパのオーケストラオーディションには通常いくつかのラウンドがあります。たとえば第1ラウンドにはモーツァルトとオーケストラスタディ、第2ラウンドには別の作品と数曲のオーケストラスタディ、ファイナルにはさらに多くのスタディが課される、といった具合です。
私は学生に、それぞれのラウンドを想定してロダージュを行うよう勧めています。
一日の流れを例にすると、まずウォームアップをする。前日の録音で見つかった問題点があれば、そこを修正する。そして、その日にロダージュを行うラウンドのプログラムを練習します。
準備ができたら、本番と同じつもりでそのラウンドを最初から通して演奏し、録音する。
その日の夜、少し距離を置いて録音を聴き返し、うまくいかなかったことを確認して、翌日に何を練習すべきかを決めます。
翌日はまたウォームアップから始め、前日の問題点を修正し、次のラウンドを準備して、最後にロダージュをする。
そうやって各ラウンドを循環させていきます。
こうして本番を繰り返しシミュレーションすることで、どんな変化がありますか?
方法論をもって練習することになるので、「準備ができていない」という感覚を避けることができます。練習が計画され、整理されていれば、自分が何をすべきかが分かります。
私は学生に、本当の意味での予定表を作らせます。そこには休息日も入れます。コンクールを準備している間にも、オーケストラや室内楽の活動がありますから、それをいつ行うかも含めて、すべてを整理するのです。
そうすると準備の質が上がるだけでなく、本人たちも落ち着きます。「自分は遅れている」という感覚を持たずに済むのです。
もう一つ、予定の中に必ず組み込むものがあります。
オーケストラスタディやレパートリーの中には、私が「ハイライト」と呼んでいる、特に難しく、毎日練習すべき箇所があります。
たとえばラヴェル《ダフニスとクロエ》の「全員の踊り(Danse générale)」は非常に難しいので、毎日、ゆっくり、落ち着いて練習する。
つまり、時間を味方につけて、長く、深く学ぶのです。
国際コンクールの準備も同じです。仮に9曲あるなら、まずウォームアップをして、毎日取り組むべき難しいハイライトを練習する。その後は、たとえば3曲ずつに分けて、3日間でローテーションする。
こうした練習方法そのものが、とても大切だと思います。
本番が近づいたら、練習はどう変わるのか
本番が近づくにつれて、練習や準備はどのように変えていきますか?
経験上、そして音楽家なら皆知っていることですが、本番の1、2週間前に、かえって状態が悪くなることがあります。
本当はオーディション当日にピークを持っていきたいのに、2週間前にすでに最高の状態になってしまう。そのあと少しストレスが出て、練習の質が落ち、「どんどん悪くなっている」と感じてしまう。
そういうときこそ、ゆっくり練習することを知らなければなりません。
学生にはこれがとても難しいのです。いつも「自分はプログラムに遅れている」と感じていますから。
たとえば私は来月、韓国でモーツァルトの《クラリネット協奏曲》を演奏します。もちろん作品は知っていますし、技術的に困っているわけではありません。
それでも私は、本番で想定しているテンポよりも抑えた、♩=104〜108くらいの中庸なテンポで練習します。
落ち着いて、細部まで聴きながら、一つひとつを確認し、コントロールできるテンポです。中庸なテンポで演奏するほうが、速く演奏するより難しいことさえあります。すべての細部が聴こえるからです。
これは私自身、後になって学んだことです。若い頃なら絶対にやらなかったでしょう。
ミシェル・アリニョンのアシスタントをしていた頃、彼は学生たちにモーツァルトを♩=112、116くらいで練習させていました。後になって、その意味が分かりました。
本番ではストレスで少しテンポが上がります。ですから少し抑えたテンポで練習しておけば、本番で速くなっても妥当な範囲に収まる。最初から速く練習していたら、本番ではさらに速くなってしまいます。
本番直前には、演奏そのものだけでなく、どのような準備が必要だと考えていますか?
演奏するときには、「演奏のプラン(plan de jeu)」を持つことが大切だと思います。
つまり、自分が何をしたいのかを分かっていることです。
モーツァルトを演奏するなら、どう解釈を組み立てるのか。その作業は、楽器を持たなくてもできます。自分が何をするのかについて、頭の中の考えを本当に明確にしておくのです。
また、オーケストラオーディションでは、作品から作品へ瞬時に気持ちを切り替える準備も必要です。たとえば《トスカ》を演奏するときには、その箇所の雰囲気にすぐに入れるようにしておく。
オーディションでは、ショスタコーヴィチからプッチーニ、そしてモーツァルトへ、といった具合に、一瞬で切り替えなければならないことがあります。ファイナルで30分、45分とオーケストラスタディを続けて演奏することもある。非常に厳しい試験です。
ですから最終段階では、正しいテンポ、作品のキャラクター、スタイルに、どうすれば即座に入れるのかを明確にしておく必要があります。
そしてもう一つ、本番に向けて準備しておくべきなのが、メンタルの部分です。
スポーツ選手は非常によくサポートされていますが、音楽家はまだそこまでではありません。学校でも、これから発展させていくべき分野だと思います。
私自身、メンタルの準備やイメージトレーニング(visualisation/ヴィジュアライゼーション)を指導に取り入れようとしています。
実際、自分からそうした取り組みをした学生がいました。学士課程のリサイタルだったと思います。普段から上手な学生でしたが、その本番は、いつもよりはるかに素晴らしかった。
「何かしたな」と思って、終演後に「何をしたの?」と聞いたら、「実は3か月前からイメージトレーニングをしていました」と言うのです。
その学生は、本番の場所を頭の中で具体的に思い描き、本番の瞬間そのものを事前に経験するように練習していました。
そしてストレスが高まるのを感じたときには、呼吸や「アンカリング(ancrage)」、つまり呼吸や一定の動作などを手掛かりに、自分を落ち着いた状態へ戻す方法を使ってプレッシャーを下げる。
毎日、その瞬間を良い状態で経験する練習をしておく。
すると実際の本番が来たとき、それはもう、自分が知っている、経験し、練習したことのある瞬間になっています。
とても興味深い方法です。
結果を出す学生に共通するもの
コンクールやオーケストラオーディションで、合格する学生には共通点がありますか?
はい。合格する学生には、とても強い自信があると思います。
たとえば、前回日本でジャック・ランスロ国際クラリネットコンクールに優勝し、現在パリ国立オペラ座管弦楽団の首席クラリネット奏者を務めるアンヘル・マルティン・モラ。私は彼の中に、自分のすることへの非常に強い確信をずっと感じていました。
もう一人、ポルトガル人のマルティン・バルボーザもいます。彼もこのコンクールで入賞し、そのほかにも多くのコンクールで成果を上げています。
彼らは自分を信じています。
生まれつきそういう人もいます。それなら素晴らしい。でも、自分を信じられない学生も私は見てきました。
そういう学生に自信を与えることは、教師の非常に大切な役割だと思います。
たとえば韓国人の学生が、イル=ド=フランス国立管弦楽団のポストを獲得しました。2年間、私はできるだけ前向きに彼女に接し、本当にポジティブに伴走しようとしてきました。
若い教師だった頃の私は、学生にもう少し厳しかったかもしれません。今はむしろ、彼らに自信を与えようとしています。
彼らにはそれが必要なのです。
そしてもう一つは、練習の質です。
結果を出す人たちは、最初にお話ししたように、時間を管理し、練習時間を組み立てることができます。
迷子にならないのです。
自信を育てるには、励ますことのほかにも方法がありますか。たとえば、まず別のコンクールを経験してみる、といったことは有効でしょうか?
はい。やはり段階というものがあると思います。
国際コンクールも、経験しながら学ばなければなりません。最初から最も難しいコンクールだけを目指すのではなく、段階的に経験を積むことは良いことだと思います。
オーケストラオーディションも同じです。
実際、オーケストラオーディションというものは、ほかの何にも似ていません。音楽家の仕事そのものとも全く違います。仕事で一人きりで演奏することはありませんし、ショスタコーヴィチを演奏した直後にベートーヴェンへ移る、ということもありません。
ですから私は、オーケストラオーディションは、それ自体が一つの「職業(métier)」のようなものだと思っています。
学ばなければならないのです。
レパートリーを学び、実際にオーディションを受けて、どういうものかを理解する必要があります。
たとえば朝8時半に抽選のため会場へ行き、くじを引いた結果、自分の演奏が正午になることもあります。
では、8時半から正午まで何をするのか。
初めてなら分かりません。正午になって、バナナのようなものも水も用意しておらず、お腹を空かせたまま演奏することになるかもしれない。それでは良い演奏はできません。
こういうことも、経験して学ぶのです。
ウォームアップ室では、周囲の人がものすごく大きな音で、ものすごく速く演奏していることもあります。とてもストレスになります。
だから、これも学ばなければならない。
落ち着いて経験を積み、最初から勝てることは珍しいのだと受け入れる必要があります。
オーディション当日、自分の集中を守る
長い待ち時間には、どのように過ごすことを勧めますか?
それは人によります。一人ひとり違います。
ただ私は、自分を守ることが必要だと思います。周囲の人が非常に速く、大きな音で練習していると、本当に集中を乱されますから。
私は呼吸法を学生によく勧めています。
たとえば「心拍コヒーレンス(cohérence cardiaque)」(*)では、ゆっくり一定のリズムで呼吸します。私がよく紹介するのは、5秒吸って5秒吐く方法です。
また「ボックス・ブリージング(respiration en carré)」(*)では、たとえば4秒吸い、4秒止め、4秒吐き、再び4秒止める、というように、呼吸をいくつかの段階に分けます。
ほかにも、吸う、止める、吐く時間の組み合わせを変えるさまざまな呼吸法があり、気持ちを落ち着かせるものもあれば、逆に活性化させるものもあります。今はインターネットにも、画面上の動きに合わせて実践できる動画がたくさんあります。
私は、そうした方法を使いながら、静かな場所に離れるのがよいと思います。
さらに、私は学生に、譜面がバラバラにならないよう、オーケストラスタディを一冊にまとめるよう言っています。そして、できれば一つのスタディを一ページにする。
左ページにベートーヴェン、右ページにショスタコーヴィチ、というふうにはしません。
ベートーヴェンを演奏している最中に、目はもう右ページのショスタコーヴィチを見て、「次は速いタンギングだ」と考え始めてしまうからです。
それぞれのスタディを、ほかのものから切り離す。
集中を最大限に保つためです。
(*)参考:実際に呼吸法を試してみたい方へ
・心拍コヒーレンス:フランス・リヨン大学病院(HCL)
・ボックス・ブリージング:フランス国民教育省の地方教育行政機関「Académie de Rennes」の教育資料で紹介されている実践動画
〈中篇につづく〉
中篇では、若い奏者がプロフェッショナルの世界へ踏み出すために必要な経験、オーケストラスタディで審査員が何を聴いているのか、そしてエオー氏が研究・実践してきた“TOSCA”や「モーツァルト・チャレンジ」について伺います。