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Fabien Wallerand

若い奏者に必要なのは、開かれた身体と自分の耳

パリ・オペラ座管弦楽団のテューバ奏者、ファビアン・ワルラン氏へのインタビューを、全4回でお届けしています。
第1回では、オーケストラの中でテューバが担う役割に焦点を当て、第2回では、その音楽を支える空気と身体、アーティキュレーション、そして音を育てる具体的な練習について伺いました。
第3回では、教育者としてのファビアン・ワルラン氏の視点に目を向けます。

2026年5月、ビュッフェ・クランポン・ジャパンが初開催した「テューバアカデミー」で、氏は日本各地から集まった若い奏者たちと4日間をともにしました。
そこで繰り返し語られたのは、身体を閉じずに演奏すること。自分が出しているつもりの表現と、実際に聴こえている音との差に気づくこと。そして、先生の耳ではなく、自分自身の耳で音楽を聴くことの大切さでした。
若い奏者の音楽観は、どこに表れるのか。自由に演奏するとは、どういうことか。そして、音楽家が自立して歩んでいくために必要な「耳」とは何か。ワルラン氏の言葉をたどります。

ファビアン・ワルラン インタビュー 2026: 第1回 低音と推進力第2回 空気と音づくり第3回 身体と自分の耳第4回 音楽を生み出す楽器

若い奏者の音楽観は、身体に表れる

若いテューバ奏者の演奏を見るとき、その人の音楽への向き合い方は、まずどこに表れると感じますか。

まず見るのは、身体から何が伝わってくるかです。先週のアカデミーでも何度も話しましたが、私は、その人の身体が何を表しているかをよく見ています。

テューバは大きく、重い楽器です。ただ、経験を重ねれば、その大きさや重さにも慣れ、楽器を持ったまま身体を動かせるようになります。私は学生たちに、「身体としてそこに存在すること」についてよく話します。そのために、たとえば譜面台から少し離れてみるのです。

アカデミーでは、多くの学生が譜面台をすぐ近くに置き、高く伸ばして、目の前を覆うようにしていました。どこか、譜面台の後ろに隠れているようにも見えたのです。

そこで譜面台を数センチだけ離し、「見てごらん。これだけで、さっきより少しソリストらしく見える。では吹いてみて」と伝えました。実際に吹いてみると、演奏はとても良くなりました。

次に、譜面台を完全に取り去ります。すると学生は「いやいやいや」と言うのですが、私はこう伝えます。「大丈夫。たくさん練習してきたのだから、暗譜しているでしょう。何音か間違えてもいいから、今は身体の力を少し抜いて演奏してみて」と。

これは私がレッスンで何度も行ってきた方法ですが、譜面台がない方が、ほとんどの場合、演奏は明らかに良くなります。身体が閉じた状態から、少し開かれるからです。

ですから私は、その人の身体から何が発せられているかにとても敏感です。それは「舞台上の存在感」と言ってもよいかもしれません。まったく動かず、非常に静的に演奏している人が、何かを表現するのは、私には難しく感じられます。もちろん、踊る必要はありません。ただ、身体がしなやかであることは大切です。身体がしなやかであれば、音もしなやかになり得ます。すべてはつながっているのです。

ただ、動きすぎると、かえって演奏を妨げることもありますよね。

もちろんです。テューバはフルートではありません。フルート奏者やクラリネット奏者、弦楽器奏者のように、大きく動ける楽器ではありません。

それでも私は、世界中どこで教えるときも、学生たちにはもっと開かれた状態で、もっと自由に演奏してほしいと伝えています。大きく動く必要はありません。ただ、譜面台によって身体が閉じてしまっている状態は、少し崩したいのです。

実際、譜面台を外して数小節吹いてもらい、そこで止めると、学生がにこっと笑うことがよくあります。自分でも「この方が良い」と気づくからです。身体がより自由になっているのです。

だから私は、閉じた状態ではなく、演奏の自由さを感じたいと思っています。

Fabien Wallerand
身体が閉じた状態から、より開かれた状態へ。ワルラン氏は、音だけでなく、奏者の身体から何が伝わるかにも注意を向ける。

音楽の中で、自由に演奏するために

経験を重ねることで、以前より自由に演奏できるようになったと感じますか。そうだとすれば、その自由は、どこから生まれるのでしょうか。

はい。以前よりずっと自由に演奏できるようになったと感じています。そして学生にも、もっと自由に演奏するよう促しています。

もちろん、音楽には一定の枠組みがあります。何をしてもよいわけではありません。音楽は一つの言語であり、その言語には構造があります。ただ、その構造の中で、一定の自由を持つことが大切だと思っています。

その感覚を育ててくれたのは、まず私の先生方でした。そして今は、パリ・オペラ座管弦楽団で演奏していることも大きいです。私はそこで、偉大なオペラ歌手たちの演奏を数多く耳にしています。彼らは、ときに非常に自由に歌います。フレーズを思い切って引き延ばすこともありますし、時には少し過剰に感じられるほどです。それでも、そこには確かに一つの自由があります。

私は、そうした自由さを、楽器でも少し再現したいと思っています。だからこそ、学生にも、音楽の構造を大切にしながら、その中で自由に表現することを伝えたいのです。

Fabien Wallerand
若い奏者の音と身体に向き合い、より自由な表現へと導くワルラン氏。

「君にとって最高の先生は誰か?」

若いテューバ奏者には、自分がやろうとしていることと、実際に聴こえていることとの間に差がある場合が多いのでしょうか。

はい。たとえば強弱やコントラストです。若い奏者は、自分ではニュアンスをつけているつもりでも、実際にはほとんど差が聴こえないことがよくあります。

これは、彼らに理解してもらうのがいつも難しい点です。自分が演奏していることは、客席では30%、40%ほど小さく受け取られることがあります。ですから、強弱の差は、常にもう少し大きく表現する必要があります。

若いテューバ奏者が、自分の歩みの中で問い続けるべきことがあるとすれば、それは何でしょうか。

それなら、「君にとって最高の先生は誰か?」です。

これは、私が学生たちにいつも投げかける質問です。先週のアカデミーでも尋ねました。
この質問が、私はとても好きです。スペインでも、アメリカでも、日本でも、反応はいつも同じです。先週も、非常に上手に演奏する学生にこの質問をしました。背も高く、22歳か23歳くらいだったと思います。

私は「君にとって最高の先生は誰?」と尋ねました。すると彼は、「最高の先生ですか? 佐藤和彦先生です」と答えました。私は「違う」と言いました。彼は驚いた顔をしました。
もう一度、「君にとって最高の先生は誰?」と聞くと、彼はまた「佐藤和彦先生です」と答えました。私は「違う、まだ違う」と返しました。彼には分からなかったのです。

そこで私は言いました。「私は佐藤和彦さんを知っています。とても優れたテューバ奏者で、素晴らしい先生です。でも、君にとって最高の先生ではありません。君にとって最高の先生は、君自身です」と。

若い人たちに理解してほしいのは、音楽家は自分の耳で仕事をするということです。先生の耳で仕事をするのではありません。大学や音楽院を出た日から、一人になります。自分の音を聴きながら問いを立てなければ、上達することも、改善することも、問題に気づくこともできません。

ですから私の役割は、学生に「君にとって最高の先生は、君自身なのだ」と伝えることです。人によっては、それは衝撃的な気づきになります。これまで誰にもそう言われたことがないからです。

私はいつも、この質問を少し楽しみながら投げかけています。そして実は、私自身も同じ問いを自分に向けています。何か問題があるとき、「誰かに意見を聞こうかな」と思うことはあります。でも、いやいや、まず自分で聴こう、と考えるのです。

自分の音を聴き、自分を録音する。録音は非常に大切です。自分の音を外側から聴き、少し距離を置いて認識するためです。

自分の音を聴く力を育てるために、どのような工夫ができるでしょうか。

特別な練習以前に、まず大切なのは、どこで吹くかです。静かな場所を選ぶこと。今の場所は良いですね。雑音も換気の音もなく、自分の音をよく聴くことができます。
反対に、狭すぎたり、響きが乾いていたりする場所では、聴くこと自体が難しくなります。気持ちの面でも、少しつらくなることがあります。

ときには目を閉じることも大切です。見ているものではなく、聴いているものだけに集中するためです。私が楽譜や譜面台を外すことがあるのも、同じ理由です。
人は、目で追うことに意識が向きすぎると、自分の音を十分に聴かないまま演奏してしまうことがあります。譜面を追って演奏しているけれど、聴きながら演奏していないのです。
ですから私は、暗譜で練習してみるようによく勧めます。学生には年に一度、暗譜のプログラムを課していますが、非常に良い効果があります。

数日間のアカデミーだからこそ変わること

今回のテューバアカデミーでは、若い奏者たちと4日間をともにされました。短いマスタークラスとは異なる、こうした集中的な場だからこそ見えてくる変化があったのでしょうか。

本当に素晴らしいアカデミーになりました。これは3年前から話していた企画で、「何かを実現したい」という思いが、実際にとても良い形で実現したと感じています。

私にとって大切だったのは、ここ日本で、若い奏者たちと数日間をともに過ごす場をつくることでした。東京でマスタークラスを行うとしても、通常は1時間か2時間で終わり、そのまま別れてしまいます。けれど今回は、4日間をしっかり一緒に過ごし、話をし、学び、笑い合うことができました。

それは、人間的な意味でもとても大切なことでした。1時間のマスタークラスだけでは表に出にくいものを、若い人たちが少しずつ表現できるようになるからです。

集中的な講習会では、数日のうちに何が変わり得るのでしょうか。演奏そのもの、聴き方、自信、あるいは練習への向き合い方でしょうか。

全部です。今おっしゃったことは、すべて当てはまります。
私にとっての目標は、若い奏者たちがそれぞれの長所と課題を持って来て、帰るときには、その課題が少し軽くなっていることです。それが目標です。

今回はほぼ4日間でしたが、大きな変化が見られた人がいました。とても早く反応する人もいます。それは素晴らしいことです。こちらが「今のところ、こうなっていたよ」と一言伝えると、すぐに変える。そういう反応の速さは、本当に素晴らしいと思います。

ですから、こうした講習会やアカデミーに参加する若い人たちには、自分の中に問いを持って来てほしいのです。まだできないこと、うまくいかないことを持って来る。そして私の役割は、フランス語で言う tuyaux、つまりちょっとしたコツや、そこへ到達するための練習、具体的な指示を渡し、今できないことをできるようにする手助けをすることです。

ただ、それだけではありません。自分に十分な自信を持てていない人に、少し自信を与えることも、こうした場の大切な役割です。
3日、4日と一緒に過ごすことで、人間的な交流が生まれます。話をし、リラックスし、笑い合い、不安や自信のなさについても共有できるようになる。そうして時間をともにすることで、人は少しずつ自信を持ち、心を開いていきます。
私は、初日と最終日を映像で残しておきたかったくらいです。たった4日間でしたが、初日の少し硬い表情が、最終日には喜びと笑顔に変わっていました。もちろん、別れが近づいて少し寂しい空気もありましたが、私にとっては「使命を果たせた」と感じる瞬間でした。

皆、何かしらの考えやヒントを持ち帰ったはずです。実際、私が伝えた練習を忘れないように、多くの人がメモを取っているのを見ました。それこそが、私にとって最も美しいことです。伝えることです。
私の役割は、一人ひとりをよく見て、その人が抱えている課題を見つけ、必要な練習やコツを渡し、前に進めるよう手助けすることなのです。

Fabien Wallerand
2026年5月に初開催されたテューバアカデミー。ワルラン氏と参加者たちは、4日間を通じて演奏、対話、学びの時間をともにした。

テューバだけでなく、音楽を聴く

最後に、日本のテューバ奏者へ伝えたいことはありますか。

はい。伝えたいのは、音楽を聴くことがとても大切だということです。本当に、たくさんの音楽を聴いてほしい。テューバだけではありません。

テューバ奏者は、どうしてもテューバの演奏をたくさん聴きがちです。もちろん、それも大切です。しかし、それだけでは十分ではありません。歌、歌手、さまざまなソリスト、クラリネット、トランペット、トロンボーン、チェロ……そうした多様な音楽をたくさん聴き、そこから刺激を受けてほしいと思います。

一人ひとりが、自分なりのインスピレーションを得ること。そして、自分の仕事に対して高い要求を持ち続けること。
それが、私から伝えたいことです。

つづく|第4回「音楽を生み出す楽器」
ワルラン氏が「音楽を生み出す楽器」とは何かを語ります。楽器を試奏するとき、何を聴くべきなのか。しなやかな反応、レスポンス、音程、抵抗感――プロフェッショナルが楽器に求める本質に迫ります。

ファビアン・ワルラン インタビュー 2026: 第1回 低音と推進力第2回 空気と音づくり第3回 身体と自分の耳第4回 音楽を生み出す楽器

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