ミシェル・アリニョン氏 教授法 第5章:アンブシュア・ライン
アンブシュアは、唇やあごの形状だけで完結するものではなく、マウスピース、楽器の構え方、さらには息と舌の働きまでを含んだ総合的なシステムとして捉えられるべき要素です。本章では、ミシェル・アリニョン氏が「アンブシュア・ライン(リード上の接点)」という具体的な焦点から出発し、個々の身体的条件に応じた判断の重要性を語ります。
マウスピースの開きと下あごの位置関係、楽器と身体の角度が音量やコントロールに与える影響、さらには舌を「加速装置」として捉える声の形成(ヴォカリゼーション)に至るまで、演奏と教育の現場で培われた実践的な視点が示されます。奏法を画一的な規則としてではなく、身体・楽器・音楽の関係性の中で柔軟に考えるための重要な示唆を与える章です。
※本記事は、Cladid-Wiki(Haute École Spécialisée de Lucerne, HSLU)に掲載された
「Michel Arrignon — Pédagogie de la clarinette」
(執筆:Heinrich Mätzener/2018年5月4日・マント=ラ=ジョリー)の
公式日本語翻訳版です。
著者 Heinrich Mätzener 氏および Camille Arrignon 氏の許可のもと、
ビュッフェ・クランポン・ジャパンが翻訳・編集を行っています。
ハインリッヒ・メッツェナー(HM):アンブシュアについて、もうひとつ質問があります。それは、リードの上におけるアンブシュアの「ライン(接点)」についてです。
これはとても重要な要素であり、あごの形は人によって異なります。ですから、下あごを少し下に、そして前方に動かすという方法もありますが、実践すべきものだとお考えですか?
ミシェル・アリニョン(MA):目の前にいる学生の身体的な形態、つまり骨格や口の形によって、ケース・バイ・ケースだと思います。もちろん、こうした方法について話すことを避ける必要はありません。下あごが後ろに引っ込んでいる人もいれば、逆に前に出ている人もいる。ですから、すべての人に同じことを言うわけにはいきません。一般的なルールは存在しません。また、さきほどもお話したように、個々の人間はものの感じ方が違うのです。ですから、誰かに向かって「あなたはあごが前に出ているから、こうしなさい」と言うようなことはしません。その代わりに、別のイメージを提案します。しかし、あなたと私のような者なら、何が重要なのかは分かっていますね。
HM:マウスピースは、その人の顔立ちや骨格に合わせて選ぶべきですね。
MA:理想的には、唇はリードがマウスピースのテーブル(平らな部分)に接する点に置かれるべきです。テーブルの先端より先、つまり、それより手前で浅く咥えてしまうと、リードがふさがってしまいます。テーブルの先端部分(編集注釈:サイドレールのマウスピースからリードが離れ始める位置)が適切な位置です。そして先端を過ぎた部分まで深く咥え過ぎてしまうと、コントロールを失ってしまい、「カナール(アヒルの鳴き声のような高い倍音)」が出ます。
したがって、下あごの位置に応じて、マウスピースの開き(オープニング)を選ぶことになります。
HM:たしかにそうですね。リードに必要な最小限の圧力を作るために ~そうでないとリードは振動しません ~ 私は時々、クラリネットを少しアンブシュア側へ押す(楽器を身体に近づけて構える)ことがあります。これは良いことだと思われますか?
MA:そのイメージはとてもよく分かります。つまり、リードがマウスピースに接する点に、唇を置こうとしているのですね。ええ、もちろん、それで構いません。その位置であれば、少し押してもリードをふさぐことはありません。逆にその反対をしてしまえば、当然、リードは閉じてしまいます。
マウスピースと身体の角度 — Angle bec – corps
HM:楽器の構え方もアンブシュアに影響しますよね。この二つの要素は常に一緒に考慮すべきだと思います。
MA:ええ、それはセットで考えるべきことです。当然のことですが、こうして(楽器を身体に近づけて構えるように)吹けば吹くほど、マウスピースの先端により強く圧力をかけることになります。その結果、音量は小さくなります。逆に、このように(身体と楽器の角度をより開いた姿勢で)吹けば、ここが開くので、反対に音量は増します。ただし、その代わりにコントロールが難しくなるというリスクもあります。すべて理にかなった話です。
このテーマを締めくくる前に、もうひとつ重要な点、マウスピースの開き(オープニング)について話しておきましょう。もしマウスピースの開きが大きければ、それに合わせた構え方をしなければなりません。逆に、開きがとても狭い場合 、たとえばバロック時代のマウスピースでは 、リコーダーの息の圧力で吹くように、特にあごを締めずに演奏する必要があります。マウスピースの開きには、バロック時代のような開きの狭いものから、ジャズ用の広いものまで、幅広い種類があるわけです。たとえば、あるクラリネット奏者は開きが119.5のマウスピースで快適に吹けます。これはかなり大きい開きです。別の奏者は116の開き ~中間的なもの~を好むかもしれません。また別の奏者は106.5 ~標準的な開き~ でちょうど良いと感じるでしょう。つまり大事なのは、各自にとっての吹きやすさと快適さなのです。
HM:マウスピースによっては、高音が出にくくなることがありますね…。
MA:まったく、それはごく自然なことですよ!
声の形成(ヴォカリゼーション):舌は加速装置として働く — Vocalisation : la langue sert d’accélérateur
MA:舌の位置の重要性についてはどうお考えですか?
HM:舌 の位置と形は、マウスピース開口部の直前で空気をどのように導くかに、とても重要な役割を果たしています。
MA:その通りです。舌は、いわば「加速装置」として働くのです!
HM:… 息のための、ですね。
MA:ええ、息のための、です!
というのも、それはまるで飛行機のジェットエンジンの吸気口のようなものです。タービンに空気がより速く流れ込むように設計されていますよね。それとまったく同じなんです!私は技術者ではありませんが、その仕組みを読んで、「ああ、これは自分の口の中のイメージに似ているな」と思いました。
HM:音域によって舌の位置を変えることはありますか?
MA:それは場合によります。たとえば母音を発音してみましょう。「i」「e」「a」「u」「o」、それぞれで舌の位置はまったく違います。これが大事なんです。そして、あえてこの例を挙げているのは、若い初心者たちにとって理解しやすいイメージだからです。「さあ、『i』の音を思い浮かべながら吹いてごらん。次は『u』、あるいは『o』の音を思い浮かべて。」それだけで十分なんです。それ以上の説明をしなくても、結果はまったく違ってきます。しかも、空気の速度とか、そうした初学者を混乱させがちな概念を持ち出す必要もありません。私たちプロフェッショナルは原理を理解していますが 、初心者にとっては、そうした言葉よりも、イメージのほうがはるかに有効なんです。
※ 次章の「第六章: デタシェとレガート」は2026年2月中旬に公開予定です。
原文:Michel Arrignon — Pédagogie de la clarinette(Cladid-Wiki / Haute École Spécialisée de Lucerne)
執筆:Heinrich Mätzener(2018年5月4日/マント=ラ=ジョリー)
日本語訳・編集:ビュッフェ・クランポン・ジャパン
翻訳および公開は、Heinrich Mätzener 氏および Camille Arrignon 氏の許可に基づいています。
このページは 「ミシェル・アリニョン教授法 — クラリネット教育における哲学と実践」 シリーズの一部です。