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アドリアン・ジャミネ氏が語る、“T.O.M.A.”誕生の開発ストーリー

フランスの金管楽器製作者、アドリアン・ジャミネ氏。彼が自身のブランド〈アドリアン・ジャミネ〉で、トランペット奏者イブラヒム・マーロフ氏のために開発したのが、プロモデルのトランペット“T.O.M.A.”です。

本記事では、二人の出会いから、マーロフ氏の音楽に寄り添う一本のトランペットが生まれるまでの開発ストーリーを、アドリアン・ジャミネ氏に伺いました。そこには、マーロフ氏の父ナシム・マーロフ氏から受け継がれた四分音トランペットの夢、フランス流金管への深い敬意、そして音楽家が頭の中に思い描く音を楽器として形にするための、長い試行錯誤がありました。

このプロモデルの開発は、のちに〈アントワンヌ・クルトワ〉が製作を担う、より手に取りやすい四分音トランペット“T.O.M.A.”の誕生にもつながっていきます。

イブラヒム・マーロフ氏との出会いは、どのようなものだったのでしょうか。

イブラヒムは、僕が私室の壁に貼っていたポスターのトランペット奏者の一人でした。
当時のイブラヒムは、まだクラシックを演奏していました。既にその頃から、彼は素晴らしいトランペット奏者として、僕にとって非常に大きな存在でした。

しかし同時に、彼は僕にとって、土地との結びつき、いわば「地域性」の象徴でもありました。
僕にとって、故郷であるブレティニー=シュル=オルジュはとても大切な場所です。自分の工房があり、自分の仕事の原点でもある場所です。イブラヒムは、そのすぐ隣の町で育っています。僕はそのことを知っていました。だから彼は、トランペットのスターであると同時に、地元に縁のある特別な存在でもありました。

工房を始めて、それが少しずつ大きくなっていく中で、イブラヒムのキャリアもすでに大きく花開いていました。フランスでは、彼はすでに大スターでした。

ある日、彼の恩師の退任パーティーがパリで開催されました。その先生は僕の工房のお客様でもあったので、僕も参加していました。そこでクレマン・ソニエ氏(アンサンブル・アンテルコンタンポランのトランペット奏者)が、彼と僕をつないでくれたんです。

面白かったのは、そのときの会話でした。イブラヒムがこう言ったんです。「僕はブレティニー=シュル=オルジュをよく知っているよ。」
僕が「そこは僕の工房がある町だよ」と答えると、彼はさらに「アルフレッド・ルブラン通りもよく知っている」と言いました。
それで僕は驚いて、「アルフレッド・ルブラン通りって、まさに僕の工房がある通りだよ。どうしてその通りを知っているの?」と聞きました。すると、彼のおばあさんがその通りに住んでいたというのです。

その翌日、初めて会った次の日に、彼は工房に来てくれました。そこから、まずマウスピース作りを一緒に始めました。

国際的なクラシック・トランペット・コンクールでの受賞を経て、現在はフランスの音楽シーンを代表するジャズ・ミュージシャンとして活躍するイブラヒム・マーロフ氏。クラシック、ジャズ、ポップ、オリエンタルな響きを横断する独自の音楽性で、世界各地の主要ホールに出演し、数々の著名アーティストと共演している。近年は“T.O.M.A”プロジェクトを通じ、新世代のトランペットとともに、祝祭的でジャンルを超えた音楽表現を展開している。

最初から“T.O.M.A.”を作ることが目的だったのでしょうか。

いいえ。最初から“T.O.M.A.”を作ろうとしていたわけではありません。最初はマウスピースからでした。

その後、僕が“アルフレッド”というトランペットを作り始めたとき、イブラヒムが自宅に招いてくれて、そこで試奏してくれました。そのとき、彼は“アルフレッド”に一目惚れしたんです。

ただ、彼はとても正直でした。
「これは自分の音楽には直接は合わない。僕がやっていることとは違う。でも、これは素晴らしいトランペットだ。だから、僕自身が使えるトランペットを一緒に作ろう」
そう言ってくれました。

そこから、“T.O.M.A.”につながる開発が始まりました。1年半ほどかけて、彼と一緒にトランペット作りに取り組みました。数え切れないほどたくさんの試作品を作りました。本当に大変な作業でした。

イブラヒム・マーロフ氏は、どのような音を求めていたのでしょうか。

イブラヒムは、自分が求めるものを非常にはっきり持っています。ただ、それを言葉で説明するのがとても難しいタイプでもあります。そこが、この開発で最も大変なところでした。
先ほども「フランス的な音とは何か」という話がありましたが、音というものは、そもそも定義しにくいものです。一番難しいのは、奏者が頭の中で思い描いている“音”を、製作者がどう理解するかという点です。
イブラヒムの頭の中には、確かなイメージがありました。それを、どうやってこちらに引き出すか。そこに一番時間がかかりました。

彼が求めていたのは、とても温かく、それでいて極めて柔軟な音です。そして、強く吹けばきちんと輝きも出る。そのすべてを同時に満たす必要がありました。音色に関して、彼はとても厳しい人です。細部にいたるまで、妥協がありません。正直に言うと、これまでのキャリアの中で一番ハードな仕事だったと思います。

オーケストラの奏者との仕事であれば、僕自身もオーケストラで演奏していた経験があるので、比較的理解しやすいんです。自分でもある程度再現しながら考えることができます。でもイブラヒムの場合は、彼独自のスタイルがあまりにも特別です。しかも、彼は音響機材を通して演奏することが多い。その意味で、まったく別の世界でした。

だからこそ、とても刺激的でした。同時に、忍耐力も必要とするプロジェクトでした。

フランス・ブレティニー=シュル=オルジュを拠点とする金管楽器製作家、アドリアン・ジャミネ氏。フランス式トランペットの伝統を現代に再解釈し、〈A. Jaminet〉ブランドの楽器製作を手がけている。イブラヒム・マーロフ、〈アントワンヌ・クルトワ〉との協働では、四分音トランペット“T.O.M.A.”の設計に携わった。今日、アドリアン・ジャミネ氏のアトリエはフランス無形文化財企業に認定されている。
© A. J. – Atelier des cuivres

言葉にしにくい音を、どのように楽器に落とし込んでいったのですか。

たくさんのプロトタイプを作りました。
その最初のいくつかは、うまくいきませんでした。難しかったのは、イブラヒムが「なぜダメなのか」を言葉にすることができない場合があったことです。

彼はこう言うんです。
「これが嫌いな理由は説明できない。ただ、好きじゃない」

一見すると、それは製作者にとって難しい反応です。でも、実際にはとても大切な反応でもあります。奏者の中にある違和感は本物だからです。

そこで僕たちがとった方法は、色見本のようなアプローチでした。一つひとつの要素ごとに、パラメータを大きく振っていくんです。
そして、彼に確認します。
「これはさっきより好き? それとも嫌い?」
そうやって、少しずつ輪郭を絞り込んでいきました。

言葉で定義するのではなく、反応を見ながら、音の方向を探っていく。明るさ、温かさ、抵抗感、反応、柔軟性、輝きの出方。それぞれを少しずつ確認しながら、理想のバランスに近づけていきました。

そして最終的に、彼が求めていた音にたどり着くことができました。

四分音トランペット“T.O.M.A.”には、ご自身のブランド〈アドリアン・ジャミネ〉から発表したプロフェッショナルモデルと、より手に届きやすい〈アントワンヌ・クルトワ〉のモデルがありますね。〈アドリアン・ジャミネ〉“T.O.M.A.”設計には、どのような特徴がありますか。

プロフェッショナルモデルとしての“T.O.M.A.”は、大きなベルを備えています。一方で、リードパイプは小さめです。ボアはML(ミディアムラージ)です。

大きなベルは、音の広がりや豊かさにつながります。ただ、それだけではイブラヒムが求める反応や柔軟性には届きません。小さめのリードパイプやMLボアとのバランスによって、温かさ、柔軟性、そして強く吹いたときの輝きを同時に実現する必要がありました。

“T.O.M.A.”は、もちろん四分音システムを備えた特別なトランペットです。けれど、僕がとても誇りに思っているのは、四分音システムが付いていなくても、本当に素晴らしいトランペットになったという点です。
つまり、この楽器の価値は、特殊なシステムだけにあるのではありません。根本のトランペットとしての完成度、その音、その反応、そのバランスにあります。これは、〈アドリアン・ジャミネ〉と〈アントワンヌ・クルトワ〉の両方の“T.O.M.A.”について言えることです。

YouTubeチャンネル:Ibrahim Maalouf Official
動画:Ibrahim Maalouf & Adrien Jaminet – TROMPETTE T.O.M.A
マーロフ氏が語るトランペット“T.O.M.A.”のストーリー(仏語、英語字幕)

“T.O.M.A.”は、イブラヒム・マーロフさんにとってどのような意味を持つ楽器なのでしょうか。

この点については、イブラヒム自身がとても強い言葉で語っています。
彼にとって“T.O.M.A.”は、父ナシム・マーロフさんの夢と深く結びついています。ナシムさんは、4本ピストンを備えた四分音トランペットの可能性を信じていました。そしてイブラヒムもまた、いつかその夢を本当の意味で実現したいという思いを持ち続けていたのだと思います。

彼は、僕に出会ったとき、「父の夢を実現する時が来た」と感じたのだと思います。そのことは、僕にとっても非常に大切な意味を持っています。

開発の目標には、大きなステージでの使用もあったのでしょうか。

目標の一つは、イブラヒムが大きなステージでこのトランペットを吹くことでした。当時、彼のコンサートが迫っていて、正直に言うと、間に合わないのではないかと感じていた時期もありました。試作を重ね、調整を繰り返し、彼の求める音に近づこうとする。本当にぎりぎりの作業でした。でも最終的に、楽器は完成しました。

そして、僕はコンサート会場に向かいました。幕開けはとてもドラマチックでした。イブラヒムが“T.O.M.A.”を掲げて登場し、その楽器で見事な演奏を披露したんです。話しているだけで、今でも鳥肌が立ちます。

客席に座って、彼が自分の作ったトランペットを吹いている姿を見たとき、「ああ、彼はいま、僕のトランペットを吹いている」と思いました。信じられないような瞬間でした。自分も少しステージにいるような感覚でした。

ありがとうございました。

YouTubeチャンネル:Ibrahim Maalouf Official
動画:Ibrahim Maalouf – S3NS (Paris Accor Arena Concert Opening – 2022)
2022年、ジャミネ氏とマーロフ氏のコラボレーションにより誕生したトランペット“T.O.M.A.”が初めて演奏されたベルシー(パリ・アコー・アリーナ)のコンサートのオープニング。

〈アドリアン・ジャミネ〉の“T.O.M.A.”は、ビュッフェ・クランポン・ジャパンのフレンチトランペットショールームで、〈アントワンヌ・クルトワ〉の“T.O.M.A.”は、フレンチトランペットショールーム、および全国の公認特約店にてご試奏いただけます。

フレンチトランペット ショールーム | French Trumpet Showroom
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