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ミシェル・アリニョン教授法

ミシェル・アリニョン氏 教授法 第4章:アンブシュア — 二重アンブシュア(ダブルリップ)をめぐって

アンブシュアは、クラリネット奏法の中でもとりわけ身体感覚と歴史的背景が密接に結びついたテーマです。この第4章では、ハインリヒ・メッツェナー氏の問いかけを手がかりに、ミシェル・アリニョン氏がダブルリップ(二重アンブシュア)をめぐる奏法の変遷と、その音楽的・教育的意味を語ります。かつて主流であったダブルリップが、オーケストラの拡大や音量の要求とともにどのように変化してきたのか。歴史的奏者の例や録音に触れながら、音色の美学、倍音の豊かさ、そして現代のセッティングにおける実践的な判断が示されます。

奏法を単なる技術としてではなく、時代と音楽の要請に応じた選択として捉えるアリニョン氏の視点が、アンブシュアという根源的な問題を立体的に浮かび上がらせます。

※本記事は、Cladid-Wiki(Haute École Spécialisée de Lucerne, HSLU)に掲載された 「Michel Arrignon — Pédagogie de la clarinette」 (執筆:Heinrich Mätzener/2018年5月4日・マント=ラ=ジョリー)の 公式日本語翻訳版です。
著者 Heinrich Mätzener 氏および Camille Arrignon 氏の許可のもと、 ビュッフェ・クランポン・ジャパンが翻訳・編集を行っています。

二重アンブシュア(ダブルリップ) – Embouchure double lèvres

HM:
ウジェーヌ・ゲイ(Eugène Gay, 1932)は、そのメソッド(*)の中で「マウスピースを両方の唇で包み込む」アンブシュアの技術、つまりダブルリップ奏法を記しています。
彼は最終的には、学生自身が歯をマウスピースに当てるかどうかを選べるようにしています。
この頃にマウスピースの寸法が変わったのでしょうか?
私はそのあたり詳しくないのですが、この時期により大きな音を追求するようになったのでしょうか?

MA:
それは、ある種の移行が必要だった時代ですね。
まず、ちょっと歴史的な話をしましょう。

マウスピースというのは、もともとは逆向きに(つまりリードを上にして)吹いていたんです。
その場合、歯がリードに触れないようにするため、当然、唇をリードの上にかぶせる必要がありました。
そのあとマウスピースを上下逆にして現在のように構えるようになっても、しばらくは両方の唇を使うやり方が続いていました。

けれど、歯をマウスピースに当てたほうが痛みが少なく、しかも音のパワーが増すことに気づいたんです。
この変化が起こったのはそれほど昔のことではありません(私が知っている人の中にも、そうやって吹いていた人がいます)。
今でも、スカラ座の首席クラリネット奏者、ファブリツィオ・メローニのように、ダブルリップで吹く奏者がいますよ。

私の考えでは、オーケストラが大きくなったことも関係しています。
弦楽器が増え、全体の響きが変わり、音量も大きくなりました。
20世紀初頭には、もう以前の方法では続けていくことが難しくなったのです。
だから当時の奏法にはそれなりの理由があったわけです。
音量がまだ十分でなかったぶん、非常によく響く、色彩の濃い音色で演奏する必要があった。
そうすることで、ほかの音の中でも自分の音を届かせることができたのです。

ここで言っているのは、さきほど話に出たランスロやドリュアール、ブタールらの時代よりももっと以前、20世紀の初め頃の話です。

HM:
ええ、ドビュッシーの《第1狂詩曲》が献呈されたプロスペール・ミマール(**)も、ダブルリップで吹いていましたね。
彼がクラリネットと共に歌っている《シューベルト:岩の上の羊飼い》の歴史的録音がありますが、あの音色は本当に見事です。

YouTubeチャンネル:Recordings – Ozan Fabien Guvener
動画タイトル:Historical French Clarinet School
演奏曲:Schubert, “Der Hirt Auf Dem Felsen”
演奏: Prosper Mimart (clarinet) with Isabel French (soprano), R. Hughes (piano)
※ 1曲目がプロスペール・ミマールが演奏する《シューベルト:岩の上の羊飼い》

MA:
そうですね。さきほども言いましたが、あの時代は音量が十分でなかった分、それを補うために非常によく響く、色彩の濃い音を出していました。とても洗練された響きでしたよ。
「フランス学派」と呼ばれていますが、ドイツ学派についても(たとえば1923〜1949年に活躍したクラリネット奏者ロベルト・リンデマンの録音を聴いても)ほとんど同じような傾向だったと思います。

HM:
「よく響く、色彩の濃い(timbré)」というのは、倍音が多い、という意味ですか?

MA:
ええ、そうです―倍音が豊かだということです。

HM:
私はよく、自分自身の練習としてダブルリップで吹くエクササイズをするんです。
というのも、その方法だと口腔内の形や舌の位置が変わるからです。
それに加えて、唇を鍛える方法にもなりますし、クラリネットをバランスよく支えられるようになる―アンブシュアに余計な圧力をかけずに済むんです。
先生はそのような練習を学生や生徒にも勧めますか?それとも必ずしも必要ではないとお考えですか?

MA:
率直に言えば、いいえ、勧めません。
でもおっしゃっていることはよく分かります。
現代のセッティングでは、初心者には少し難しいんです。最初はとても痛いですからね。
楽器をある程度練習しなければ、きちんと吹けるようにはなりません。
ですから、私の考えでは、そうしたやり方はあまり良い方向には進まないと思います。

でも、あなたのようなレベル、あるいは私のような立場であれば、その効果はよく理解できます。
実際、今おっしゃった通り、それは口腔の容積を変化させ、舌の位置も変えるのです。

(*) ウジェーヌ・ゲイのメソッド「クラリネット学習のための段階的かつ包括的な方法(理論と実践)」パリ、ビロード社
(**) プロスペール・ミマール(1859年–1928年)は、フランスのクラリネット奏者であり、パリ音楽院の講師であった。彼はドビュッシーの『第一狂詩曲』の献呈者であり、1911年にこの作品の初演を行った。
(***) ロバート・リンデマン(1884年–1975年):マーラーの依頼で渡米し、シカゴ交響楽団首席を長く務めた、ドイツ系アメリカ人クラリネット奏者。

原文:Michel Arrignon — Pédagogie de la clarinette(Cladid-Wiki / Haute École Spécialisée de Lucerne)
執筆:Heinrich Mätzener(2018年5月4日/マント=ラ=ジョリー)
日本語訳・編集:ビュッフェ・クランポン・ジャパン
翻訳および公開は、Heinrich Mätzener 氏および Camille Arrignon 氏の許可に基づいています。

このページは 「ミシェル・アリニョン教授法 — クラリネット教育における哲学と実践」 シリーズの一部です。

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ミシェル・アリニョン氏 教授法 — クラリネット教育における哲学と実践(目次)
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