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ミシェル・アリニョン氏 教授法 第2章:呼吸 — クラリネット演奏の核心

呼吸は、クラリネット演奏における最も根源的な要素でありながら、教えることの難しいテーマのひとつです。この章では、ミシェル・アリニョン氏が「空気を飲むように」という比喩を用いながら、吸気と呼気の連続、声門とアンブシュアの関係、舌の役割を具体的に示します。呼吸を単なる解剖学的動作としてではなく、音の生成と直結した感覚として捉えるその視点には、長年の経験に裏打ちされた教育哲学が息づいています。身体と音、技術と感性をつなぐ「呼吸」というテーマを通して、氏の指導の核心が浮かび上がります。

※本記事は、Cladid-Wiki(Haute École Spécialisée de Lucerne, HSLU)に掲載された 「Michel Arrignon — Pédagogie de la clarinette」 (執筆:Heinrich Mätzener/2018年5月4日・マント=ラ=ジョリー)の 公式日本語翻訳版です。
著者 Heinrich Mätzener 氏および Camille Arrignon 氏の許可のもと、 ビュッフェ・クランポン・ジャパンが翻訳・編集を行っています。

2. 呼吸
Respiration

HM:基礎的な技術練習についてですが、動作を連動しやすくするために、時々、楽器を使わずに練習することも必要だと思われますか?たとえば、呼吸の学習やアンブシュアの形成を想定しています。それとも、常に音の生成と耳とのつながり――つまり、動作の効果を耳がコントロールし、修正の方向を導く――そうした関係を保つことが重要だとお考えですか?

2.1 管楽器を吹くというのは、空気を飲むようなものだ
Jouer d’un instrument à vent, c’est comme boire de l’air

MA:クラリネットを、まったく吹いたことのない人――初心者や子ども――に教えるとき、まず最初に教えなければならないのは、呼吸の仕方です。これは簡単なことではありません。子どもは普段どおりに呼吸しますが、管楽器にとっての呼吸は、それとは少し違います。私が気づいたのは、管楽器を吹くときの呼吸というのは、自然な呼吸ではないということです。実際、私はいつもこう感じます――「吸い込む、吸い込む」(ジェスチャーをしながら)――。私は、上級生に対してさえこう説明します。「空気を“飲む”つもりで——ほら、ストローを通して飲むみたいに」。息を吐く(呼気)のほうをよく分析してみると、空気はここ(胸郭の奥)から出発し、上へと上がっていく。そして、吸うときと吐くときの間、喉頭で詰まってはいけない。これが第一に大切なことです。

2.2 息を吸うときの開きを、息を吐くときにも保つこと
Garder l’ouverture de l’inspiration pendant l’expiration

MA:次に、息を吸い終えたあとに何が起きているのか――これが第二のポイントです。息を吸い終えて、空気を送り出すその瞬間のあいだに、しばしば一瞬息を止めてしまう。つまり、吸う → 止める → 吐く、となる。しかし、その「止める」とき、何をしているのでしょう?ここを理解する必要があります――どんなふうに止めているのか(アリニョン氏は、急に動きを止めてみせる)。私はいつもこう言いますが――これはあくまで私の考えであって、あなたが尋ねたからお話しするのですよ!

HM:ええ、ぜひお願いします!

MA:歌うときには、ここで一瞬、喉(声門)が閉まるんです。声帯――つまり声門にある筋が――少し緊張しています。もし声門の開きが、吸うときも吐くときも同じままだと、「HHHH」というような、ほとんど何も聞こえない音になります。それが普通です。しかし、もしそこに発声(phonation)を加えて「OOOO」とすると、声帯が振動を始めます(参考動画:YouTube動画 LE LARYNX – Son rôle dans la phonation)。

HM:つまり、それは囁いたり、歌ったりするときのような喉頭の緊張を指しているのですね。

MA:その通りです。それは声帯を振動させるためのものです。しかし、演奏するときは、そこ(声門)で起きているわけではありません。それはここ――つまり、マウスピースの先端、アンブシュアのところで起きているんです。二つの“閉鎖”があります。ひとつはここ(声門)――歌うためのもの。もうひとつはここ(アンブシュア/リード)――演奏のためのものです。私たちが関心を持つのは後者で、これは舌によって作られます。舌がリードの先端に触れて、その閉鎖を作るのです。

ではお見せします。まず息を吸います――そして、これが“閉鎖”です(舌がリードに触れる)。そして、これを解く(舌を離す)と……音が出るんです! わかりますね!

HM:ええ、音は喉頭の中ではなく、もっと前――つまり、空気が楽器に入るところ、アンブシュアとマウスピースの部分でリードが振動する領域で生じるのですね。

MA:その通りです。私の考えでは、危険なのは喉頭で閉鎖してしまうことです。というのも、口の内部――声門からマウスピースの開口部までの間――には、この大きな空間があり、胸の奥とは一時的に圧力が違ってしまうからです。

HM:私はオペラ座で演奏をしているので、しばしば歌手を観察します。呼吸の特定の動き、呼吸システムの使い方については、実は同じだと思います。
息を吐くときにも、肺を開く筋肉を働かし続けて、空気圧を調整すべきなのです。つまり、空気の圧力を決めるのはアンブシュアの締めつけではなく、呼吸器そのものがアンブシュアの抵抗に合わせて働き、リードを振動させるのです。

MA:まったくその通りです。

HM:それが先生の採られている呼吸法なのですね?

MA: 私がここで言っている「息を吸うこと」と、そしてそのあとに続く「息を吐くこと」について話すとき――それがまさにそのことなんです。ただ、あまり細かく説明したくはありません。なぜなら、生徒の頭の中が混乱してしまうからです。

HM: 先生は、比喩を使って教えるのですか?それとも、解剖学的な観点から説明するのですか?

MA:私は、解剖学について話すのは避けています。なぜなら、それは人によってまったく異なる受け取り方をされるからです。同様に、私にとって非常に重要なのは「言葉の選び方」です。たとえば、あなたがある言葉を10人の生徒に言ったとしても、そのうちの誰ひとりとして、まったく同じようには理解しません。「それでいい、君がいまやったのはよかったね。」――それで話は終わりです。私は、かつて横隔膜などのテクニックについて、非常に多く研究しました。当時は、そうしたことだけが話題にされていた時代でした。けれども、私はそこからひとつの結論に達したのです――「それについては話すべきではない」、と。

HM:たしかに、誤解されることがありますね。お腹で押してしまったりして、この部分の柔軟さを失ってしまうこともある。呼吸というのは、この胸郭の中――肺全体の空間で行われるものです。もし学生に胸を開かせることを教えないと、呼吸は難しくなってしまいます。

MA:その通りです。


このページは 「ミシェル・アリニョン教授法 — クラリネット教育における哲学と実践」 シリーズの一部です。

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ミシェル・アリニョン氏 教授法 — クラリネット教育における哲学と実践(目次)
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