加藤明久氏 インタビュー|NHK交響楽団で学んだ「オケ吹き」と、受け継がれる音楽
約29年間、NHK交響楽団でクラリネットとバスクラリネットを演奏してきた加藤明久氏。現在は後進の指導にもあたっています。オーケストラの中で音を合わせ、音楽を受け継ぐとは、どういうことなのでしょうか。学生時代に教わった「オケ吹き」の意味から、N響を離れて気づいたことまで。加藤氏が演奏の現場で学び、いま若い奏者たちに伝えていることを伺いました。
弦楽器とともに吹く「オケ吹き」
クラリネットを始めた頃は、どのような環境で学ばれたのですか。
加藤(以下省略): 吹奏楽から始めました。中高一貫の学校で、当時としては吹奏楽の名門校でした。顧問の佐竹先生は大橋幸夫先生と知り合いで、生徒を何人か大橋先生のところへ送り出していたんです。僕に最初にクラリネットを教えてくれた高校生も、大橋先生に習っていました。僕自身が大橋先生に習ったのは、受験前の1年間です。
大学では浜中浩一先生の門下に入りました。レッスンのときには、先生が何を伝えようとされているのか、十分に理解できていなかったと思います。後に一緒に演奏して、初めて「ああ、こういうことを言いたかったのか」と分かったんです。浜中先生が教えようとしていたのは、いわゆる「オケ吹き」だったんですね。
「オケ吹き」とは、どのような吹き方ですか。
弦楽器に準ずる吹き方です。例えば、音をまっすぐ吹いて、保つこと。
吹奏楽では、短い音が一つずつ「パン、パン」と切れた形になりやすいんです。でもオーケストラでは、弦楽器の弾き方に、管楽器も合わせていく。それがオーケストラの語法、喋り方なんです。
「チェロが10人いたら、11番目では駄目」
舞台上で聞こえる音と、客席に届く演奏には違いがあると思います。N響では、どのように確かめていましたか
20世紀にはN響の定期公演が生放送されていたので、初日の演奏を家に帰ってビデオで確認していました。特に気にしていたのは、タイミングです。
管楽器は舞台の後ろにいます。バスクラリネットの場合、自分のいる側には低音が一人で、チェロやコントラバスは離れた側にいる。聞こえてきた音に合わせていたら、客席には遅れて届いてしまいます。自分では合っていると思っても、録音を聴くと遅れていることがあるんです。
その場面では、どこを見て合わせるのですか。
チェロとコントラバスの弓です。チェロが10人いたら、自分が11番目では駄目なんですよ。前列で一緒に弾いているくらいのつもりで音を出さないと、合いません。
オーケストラで吹いているときは、音色のことばかり考えてはいられません。もちろん音程も大切ですが、まず音を出す瞬間です。先に出るのは怖いし、遅れるのはもっといけない。
クラリネット同士では、どのように入りをそろえるのでしょうか。
合図ですね。横川晴児さんは、合図を出すのが天才的にうまかった。木管全体で入るときにはフルートが合図を出すこともありますが、そうでない場面ではクラリネットの首席奏者が合図を出します。周りも、それを受け取れるようにしていなければいけません。
バスクラリネットは、低弦に合わせるだけでなく、ソロも担いますね。
そうです。いろいろな役割があります。自分の声より低い音が出るというのも面白いですよね。
ただ、「旋律と低音のどちらを吹くのが面白いか」とは一概に言えません。作曲家によって、この楽器の使い方が違いますから。ワーグナー、リヒャルト・シュトラウス、ストラヴィンスキーでも役割はそれぞれ違います。作品を吹くと、作曲家がバスクラリネットをどう捉えていたかを感じます。
指揮者と先輩奏者から受け継いだ音価
N響では第2クラリネット奏者として、浜中さん、磯部周平さん、横川さんらと演奏されました。先輩たちから何を受け継いできたのでしょうか。
浜中さんとは3年くらい一緒に吹きました。その後、磯部さんや横川さんとも長く演奏しました。さらに時代が進むと、今度は自分が先輩たちと吹いて覚えたことを、松本健司さんや伊藤圭さんに伝える側になりました。
例えば、「このフレーズはこう吹く」ということがあります。分かりやすい言葉で言えば音価です。ベートーヴェンの8分音符をどう吹くか、ブラームスではどう吹くか。先輩たちの間には共通した吹き方がありました。
それは、奏者同士で受け継がれてきたものですか。
元をたどれば、N響に来ていた指揮者たちから教わったものです。中でもマエストロ・サヴァリッシュの影響は大きかった。
サヴァリッシュの棒さばきは素晴らしかったですね。音を伸ばすところ、止めるところが、身振りではっきり分かる。奏者に教えるように指揮をしていました。僕が入った頃には、サヴァリッシュのほか、ホルスト・シュタイン、オットマール・スウィトナー、ヘルベルト・ブロムシュテットといった指揮者が、それぞれまとまった期間N響に来ていました。一人の指揮者と何公演も演奏するなかで、オーケストラが鍛えられていくんです。
第2奏者として首席を支える際にも、受け継がれた吹き方があるのでしょうか。
先輩から「ここはもっと小さく」「ここは大きく吹いてほしい」と言われたことは、ずっと覚えています。
例えばオクターブなら「雪だるま」と言いました。下の音を大きくして、上に向かって細くなる。ユニゾンでも二人が同じ大きさ、5対5で吹くと、かえって合いにくい。6対4くらいの関係をつくります。
でも演奏中に、いちいち「今は6対4で」と言うわけではありません。相手の音を聴いて、自分の音で応える。後から入ってくる奏者も勘がよいので、一緒に吹けば受け取ってくれます。僕も先輩たちから、そうやって学びました。
楽器を選び、リードを育てる
〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器は、いつから使われていますか。
中学1年生のときからです。吹奏楽部では最初、残っていたバスクラリネットを担当しました。でも学校の楽器は壊れているところが多くて。その年の12月に“R13”を買ってもらいました。大学に入るまで使いました。
その後、2本目の“R13”を買い、N響に入る前には、コンクールでパリに行った機会に自分で“フェスティヴァル”を買いました。それを“トスカ”が出るまで使っていました。
長く使われている“トスカ”の、どこが合っているのでしょうか。
車でいえばターボのような感じでしょうか。細い息が速く進んでいく。あの心地よい抵抗感が好きなんです。
楽器以外の仕掛けは、どのように選んでいますか。
まずは吹きやすい、よいマウスピースを選ぶこと。それに合うリードを探します。マウスピースにはいろいろな開きがあるので、誰にでも当てはまる一つの正解はありません。
リードについて、現在取り組んでいることはありますか。
リードについては、かなり分かるようになってきたので、今は自分で調整したものを販売しています。「熟成リード」という名前です。
リードの調整は、どのように学ばれたのですか。
大学2年生で参加した東京クラリネット・アンサンブルがきっかけです。藤井一男さんはリードの調整がとてもうまくて、ほかのメンバーのリードも手に取って直していました。僕はそれを見よう見まねで学びました。
当時はオーケストラの本番を終えたメンバーが集まるので、練習は夜9時を過ぎてから。吉祥寺の商店街にあった小児科の2階で、長椅子に向かい合って練習しました。藤井さんのようなソリストと、オーケストラで活動する奏者が一緒に吹く。その違いを間近で感じられたのも面白かったですね。
「熟成リード」は、どのような方に使ってほしいと考えていますか。
もともとはアマチュアの方や高校生に吹いてもらいたくて始めました。プロの方も買ってくださいますが、プロには自分でも調整してほしいですね。
N響は「給料をもらいながら学んだ学校」
N響を離れてから、在籍中の経験の見え方は変わりましたか。
オーケストラは学校だったんですよ。僕は29年間、給料をいただきながら学んでいたようなものです。
在籍しているときには、なかなか気づきません。離れてみると、優れた指揮者やソリストが来て、一緒に音楽をつくらせてもらっていたことのありがたさが分かります。N響の管楽器奏者には、退団後に指揮をする人も多いでしょう。自分がよい指揮者と演奏して学んだことを、今度は伝えたいのだと思います。
現在のN響で演奏されて、感じることはありますか。
今の奏者は皆、よく準備してきます。音源も手に入りますし、楽団のライブラリーにはスコアもある。初回のリハーサルから、しっかり勉強して演奏しています。
僕も大学で吹奏楽やオーケストラの授業を担当しています。そこで教えていることの一つが、最初にお話しした「オケ吹き」です。弦楽器と演奏するときに、どう音を保ち、どう吹くか。
N響で経験してきたことが、今の指導につながっています。