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横川晴児氏が語る、軽井沢国際音楽祭2026

日本のクラリネット界を長年牽引してきた横川晴児氏。東京フィルハーモニー交響楽団、NHK交響楽団で首席奏者を務め、ソリスト、室内楽奏者、教育者、指揮者としても幅広く活動してきた横川氏は、2002年から軽井沢国際音楽祭の音楽監督を務めています。

軽井沢国際音楽祭は、国内外の実力ある演奏家たちが集い、夏の軽井沢で濃密な音楽の時間を届けてきた音楽祭です。2026年は8月28日(金)から31日(月)まで、軽井沢安東美術館、軽井沢大賀ホールを舞台に、ミュージアムコンサート、室内楽コンサート、フェスティバル・オーケストラ・コンサートなどが開催されます。

20年以上にわたりこの音楽祭を育ててきた横川氏に、軽井沢国際音楽祭が大切にしてきたもの、2026年の聴きどころ、そして音楽に向き合う思いを伺いました。

話題性ではなく、熟成された音楽を

軽井沢国際音楽祭は、どのような音楽祭なのでしょうか。

若い頃にコンクールで注目された演奏家、突然メディアで話題になる演奏家は、昔からたくさんいます。けれども、数年後には姿が見えなくなる人もいる。
一方で、脚光を浴びなくても、マスコミに取り上げられなくても、テレビに出なくても、地道にいい音楽をずっと続けている演奏家たちがいます。

私は、そういう人たちをできるだけ集めたいと思ってきました。

たとえるなら、ボージョレ・ヌーボーではなく、じっくり育ったよいワインを味わっていただきたい、ということです。
ボージョレ・ヌーボーは、その年の出来を試すものとして楽しまれますが、本当においしい、熟成されたワインは別にある。お祭り騒ぎではなく、じっくり育ったものを味わってください、という姿勢です。

軽井沢国際音楽祭も、そういう姿勢でやろうというのが趣旨です。
話題になっているかどうかではなく、よい演奏活動を長年続けている方たちと一緒にやりたい。

日本の中にも、世界に出しても十分に通用する一流の演奏家がたくさんいます。ところが、海外の有名オーケストラが来ると高いチケットでも聴きに行く一方で、国内にいる素晴らしい演奏家たちの演奏をなかなか聴いてもらえない。そこへの反発も、私の中にはあるかもしれません。

演奏家たちが「この人とこの人が来るなら、こんな曲をやってみない?」と持ち寄る。
聴衆のためだけでなく、演奏家自身がやりたい曲を、やりたい仲間と作っていく。
それは私の夢であり、実際にやってきたことでもあります。

軽井沢国際音楽祭 公式サイトへ

「この人と軽井沢で演奏したい」と感じる演奏家には、どのような魅力がありますか。

自分の言葉を喋ってくれる人です。もちろん、音楽で、です。

音楽というものは不思議で、言葉がないと速くなります。やることがないから、人より速く弾く、人より大きな音で演奏する、正確さを見せる、という方向に行きやすい。

でも、それだけでは音楽として面白くありません。
まず、美しい音があること。
その人にしか出せない美しい音を持っていること。
そして、自分の言葉で語れること。

このフレーズはこうだと思う、私はこう感じる、と作曲家と対峙して、
「モーツァルトさん、あなたが言いたかったことは、こういうことだったのですよね」
と一生懸命探っていく。
そうして、自分の言葉として音楽を発してくれる人が、私にとっては大切です。

いくら正確で、いくら速く、いくら大きな音で演奏しても、音楽が喋っていなければ会話になりません。

たとえば、モーツァルトのクラリネット協奏曲もそうです。アレグロと書いてあるからといって、ただ速く軽やかに吹けばよいわけではありません。
あの曲には、涙が出てくるような悲しさがあります。
その音楽が持っている大事なテンポは、必ずしも数字だけでは測れない。
そういうことを感じてくれる演奏家と、一緒に音楽を作りたいのです。

横川晴児
横川晴児氏| 東京フィルハーモニー交響楽団、NHK交響楽団で首席奏者を歴任。ソリスト、室内楽奏者、指揮者、教育者として幅広く活動し、2002年より軽井沢国際音楽祭の音楽監督を務める。

2026年、軽井沢で聴きたい音楽

2026年の軽井沢国際音楽祭は、どのような内容になりそうでしょうか。

今年も、軽井沢安東美術館、軽井沢大賀ホールというそれぞれ性格の違う会場で、公演を行います。

軽井沢安東美術館では、美術と音楽が近い距離で出会うような、親密なコンサートを行います。
軽井沢大賀ホールでは、室内楽やオーケストラなど、より大きな編成の音楽を聴いていただけます。

今年は、ジェラール・プーレさん(※)にも出演していただきます。
また、私はモーツァルトのクラリネット五重奏曲を演奏します。さらに、フェスティバル・オーケストラでは指揮もします。

軽井沢という場所に集まった演奏家たちが、そこでしかできない音楽を作る。
今年も、そういう音楽祭になると思います。

(※:ジェラール・プーレ氏は、フランスを代表するヴァイオリニスト、教育者。18歳でパガニーニ国際コンクールに優勝し、パリ国立高等音楽院教授、東京藝術大学客員教授などを歴任した。)

今年は、モーツァルトのクラリネット五重奏曲を演奏されます。この作品を取り上げることに、どのような思いがありますか。

私は今76歳で、来年77歳になります。管楽器奏者としては、普通ならとっくに終わっている年齢です。もちろん、まだ頑張っていますが、終わりというものは見ていなければいけないと思っています。

ここ数年、いくつか大きな出来事もありましたし、コロナもありました。
自分の人生が終わっても悔いはないか、と考えることもあります。
演奏家としてまだ頑張ってはいますが、「これが最後かもしれない」という思いがちらちらと出てくるのです。

昨年は、軽井沢で初めてモーツァルトのクラリネット協奏曲を演奏しました。その時も、これが最後かもしれないという思いがありました。
クラリネット奏者にとって、モーツァルトのクラリネット五重奏曲は、モーツァルトからの最高のプレゼントです。室内楽の最高峰と言われる作品です。

ここでやっておかないと、次にいつできるかわからない。
それに、プーレさんも88歳です。来年また来ていただけるかどうかはわかりません。
チェロにも素晴らしい仲間がいます。よいメンバーが集まった時に、この曲をやりたいと思いました。

ここ数年、親しい演奏家仲間との別れも重なりました。
そうした人たちへの思いも込めて、今年、この作品を演奏したいと思っています。

今年共演されるジェラール・プーレさんは、横川さんにとって、どのような存在でしょうか。

プーレさんは、私より一回りほど年上で、フランスでは本当に“メートル”(マスター)と呼ぶべき存在です。
彼は私のことを「家族だ」と言ってくれるほど親しくしてくださっていますし、私も彼のことをとても大切に思っています。

講習会を行っていた時代から、何度も来ていただいています。ただ、普段はフランスに住んでいらっしゃるので、交通費などの面もあり、なかなか簡単にはお呼びできません。日本にいらしているタイミングでお願いすることが多いですね。

それにしても、88歳で現役です。しかも、バリバリの現役で、音が本当に美しい。
プーレ家は代々音楽家の家系で、お父様のガストン・プーレもヴァイオリニストでした。ドビュッシーのヴァイオリン・ソナタにも関わりの深い方です。
そういう意味で、ジェラール・プーレさんは、フランスの音楽史のど真ん中にいらっしゃる方なのです。

横川晴児・ジェラール・プーレ
軽井沢国際音楽祭2024のジェラール・プーレ氏との共演。

“国際”という名前に込めたもの

軽井沢国際音楽祭は「国際」という言葉を掲げています。この音楽祭における国際性とはどのようなものですか。

「インターナショナル」という名前をつけたのは、単に海外から演奏家を呼ぶという意味だけではありません。
日本国内で活動している優れた外国人演奏家たちとも交流を持つ。そこから始まっています。

私自身、フランスにいた頃、夏になるとフランス人の学生たちは音楽祭に参加していましたが、留学生だった私はなかなか声をかけてもらえず、少し寂しい思いをしたことがありました。
だから、日本で活動している素晴らしい外国人演奏家たちにも声をかけ、国内の演奏家たちと交流できる場にしたいと思ったのです。

軽井沢国際音楽祭は、日本に数ある音楽祭の中でも、少しフランス寄りだと思います。
国旗を振るとしたら、うちは少しだけフランスの旗を振っている。
フランス系のプログラムを組むことも多いですし、フランス人演奏家の出演も比較的多いと思います。

軽井沢という舞台を活かす

軽井沢という場所で音楽祭を行う魅力は、どこにありますか。

まず、交通の利便性があります。東京から行きやすく、日本のほぼ真ん中にあり、夏は涼しい。立地的な条件がとてもよい場所です。

以前、キャッチフレーズとして考えたことがあります。東京の暑さから逃げて、家のクーラーを消して、みんなで軽井沢に集まりましょう、と。そうしたエコの視点もありました。
全国のオーケストラの演奏家たちにとっても、比較的集まりやすい場所です。

軽井沢は、多くの方が訪れる避暑地でもあります。これだけ多くの方が集まる場所であれば、その中にはクラシック音楽に興味のある方も必ずいるはずだと考えました。
最初は軽井沢プリンスホテルの会場で始めました。

そうした初期の演奏会を通じて、大賀典雄氏、緑氏とのご縁も生まれました。当時はまだ軽井沢に本格的な音楽ホールがなく、私たちの演奏会をご覧くださったことが、後に軽井沢大賀ホールという大きな拠点へとつながるご縁の一つになりました。

軽井沢大賀ホールができてからは、音楽祭にとって大切な会場の一つになりました。
また、それ以前から演奏していた軽井沢ユニオンチャーチも、私たちにとって心のふるさとのような場所です。宗派を超えて人々が集う歴史的な木造の教会で、雨が降れば雨音も聞こえますし、外の音も入ってくる。それでも、それが軽井沢らしい夜の演奏会になっていて、私たちはとても気に入っていました。

近年は、軽井沢大賀ホールの目の前に軽井沢安東美術館ができました。館長の安東さんとお話しし、美術館を訪れた後に演奏会を聴くような形ができないかとご相談したところ、とても喜んでくださいました。

軽井沢安東美術館と軽井沢大賀ホールでは、どのようにプログラムを考えていますか。

軽井沢安東美術館は、レオナール・フジタの作品を扱う美術館です。そこで、フジタがパリにいた1920年代から30年代頃の空気に重なる音楽を、美術館では取り上げようと考えています。

絵と音楽は別々のものではなく、たとえば印象派という言葉も絵画から音楽へ来たものです。点描や筆触分割のような考え方が分かると、音楽の捉え方にもつながってくる。

そういう意味でも、フォーレ、ドビュッシー、プーランクなど、その時代へとつながるフランス音楽を中心にしたソロや室内楽を、美術館で行っています。

一方、軽井沢大賀ホールでは、オーケストラ、大編成の室内楽、ソロ、そして東京ではなかなか集客が難しいような近現代の音楽も取り入れています。

会場ごとに役割が違うのです。

軽井沢安東美術館で親密に聴く音楽と、軽井沢大賀ホールで聴く室内楽やオーケストラ。
それぞれの場所に合う音楽を考えながら、プログラムを組んでいます。

軽井沢国際音楽祭
軽井沢安東美術館(左)と軽井沢大賀ホール(右)

音楽祭を育てるということ

軽井沢国際音楽祭は、横川さんとってどのような存在ですか。

正確に言うと、2002年からですので、途中でコロナによる中止はありましたが、もう22年、23年と続けてきたことになります。

この音楽祭が始まる前、私は夏になると、NHK交響楽団にいた時代ですから、バカンスのような感覚で10日ほどヨーロッパへ行っていました。ところが、この音楽祭が始まってからは、20年以上、私の人生の大事な時間をすべて軽井沢音楽祭に使ってきたようなものです。

ただ、今では自分の育てた子供のような存在になってきました。音楽祭として成長していくことも楽しみですし、私がいなくなった後も続いていってくれれば嬉しいですね。

私は若い頃から、自分の仕事を五つに考えていました。ソロができること、室内楽ができること、オーケストラができること、教えることができること。そしてもう一つが、演奏会を作る側、プロデュースする側の仕事です。
軽井沢国際音楽祭は、その五つ目の仕事にあたる、大切な二十パーセントのようなものだと思っています。

音楽祭を始められたきっかけを教えてください。

NHK交響楽団にいる間、ずっと思っていたことがありました。世界のオーケストラには、夏の音楽祭やサマーコンサートがあります。ベルリン・フィルの野外コンサートも、ウィーン・フィルも有名ですし、アメリカのオーケストラにもそうした文化があります。けれども、NHK交響楽団にはそういうものがなかったのです。

夏になると、NHK交響楽団は国内の、普段あまり行けないような地域で演奏会をすることが多かった。そこで、楽団のサマーコンサートのようなものを作れないかと思い、事務局にも声をかけたことがありました。ただ、スケジュール的に難しい。
それなら、自分で作ろうと思ったのです。

もう一つには、日本には多くのオーケストラがあるのに、日頃、それぞれの演奏家同士が交流する機会があまりないということがありました。日本で活動する外国人奏者たちも含め、演奏家同士が出会い、一緒に音楽を作る場を作りたいと思ったのです。

そうした考えが、後に「インターナショナル」という名前にもつながっています。

音楽祭は、当初思い描いていたものから、どのように育ってきましたか。

私にとって刺激になること、勉強になることをやりたいと思っています。ですから、ただプロデュースするだけではなく、東京では実現しにくい組み合わせや、自分自身も音楽家として刺激を受けられるプログラムを作りたいと思ってきました。

教えることによって勉強になることもたくさんあり、初期には講習会も行っていましたが、音楽祭は次第に、演奏会を中心とした形へと育っていきました。

NHK交響楽団にいた頃には接点を持つ機会が限られていた他のオーケストラの優れた演奏家たちや、信頼できる仲間たちと、軽井沢で音楽を作る場になっていったのです。

ただ上手いだけでは難しいのです。音楽を一緒に作るには、気が合うかどうかも大切です。気心の知れた、実力あるプロの演奏家たちが集まり、夏の合宿のように音楽に向き合う。その時間を「面白いね」と聴きに来てくださるお客様がいればよい、というのが大本にあります。

横川晴児
軽井沢国際音楽祭で共演した演奏家たちとともに。

これまでの大きな出会いや出来事で、印象に残っていることはありますか。

たくさんあります。最初の頃に出演した演奏家たちから、「この人を呼んでほしい」という声が出てくることがありました。
ピアノのパスカル・ロジェさん、ヴィクトル・ブーニンさん、フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団の演奏家たち(フルートのトマ・プレヴォーさん、ハープの二コラ・テュリエさん、オーボエのエレーヌ・ドゥヴィルヌーヴさん)、それから映画『アマデウス』で幼少期のモーツァルトを演じたミロスラフ・セケラさんなど、本当に多くの方がいます。

特に、2025年に亡くなられたクラリネット奏者のミシェル・アリニョンさんは、長年親しくしていた大切な友人でした。いつか一緒にモーツァルトのクラリネット協奏曲を演奏できたらいいね、と話していたのですが、私が指揮し、アリニョンさんがクラリネットを演奏する形で、その公演を実現できたことは、忘れがたい思い出です。

国内の演奏家についても、もちろん私がすべての方を知っているわけではありません。けれども、親しい演奏家たちから「あの人と一緒にやりたい」「こういう曲をやりたい」という声がかかる。
そうした出会いが生まれることが、この音楽祭での私の楽しみの一つです。

大変だった出来事としては、コロナで中止せざるを得なかったこと、そして自分の体調不良で演奏できず、観客の立場で音楽祭にいるしかなかったことがあります。
また、スポンサーが急に降りてしまい、大きな赤字を抱えたことも何度もありました。

一方で、2008年に天皇皇后両陛下にお越しいただいたことは、やはり大きな出来事でした。演奏会をご覧いただき、演奏中に楽器についてご質問をいただいたこともよく覚えています。
お越しいただけたことは、本当にありがたいことでした。

軽井沢国際音楽祭2014のミシェル・アリニョン氏との共演。

プロもアマチュアも、音楽の前では同じ

フェスティバル・オーケストラは、この音楽祭の大きな柱の一つですね。

フェスティバル・オーケストラを作る時に掲げた考えの一つは、音楽に境を作らないということです。
音楽を本当に真摯にやっている人であれば、プロであろうが、アマチュアであろうが、音大生であろうが、そこに壁を作りたくないのです。

アマチュアの中には、子供の頃から楽器を続け、音大には進まなかったけれど、非常に高いレベルで音楽を続けている人がいます。
日頃は仕事をしながら、それでも毎日少しずつ時間を作って練習し、自分の理想の音楽を求めている人たちがいる。

そういう人たちと一緒にやりたいのです。

最初の頃は、NHK交響楽団の練習場を使い、楽団の椅子に座ってもらい、譜面台も譜面もきちんと用意し、アマチュアであっても演奏家と同じ立場で音楽に向き合ってもらうようにしました。

素晴らしい音楽を求めている人に対して、プロとアマチュアの差は基本的にないと思っています。

学生やアマチュアがプロと同じ場に入ることには、どのような意味がありますか。

音大生の中には、年に数回しかオーケストラを経験できない人もいます。スケールをさらい、エチュードをさらい、曲をさらって卒業してしまう。上手であっても、オーケストラの経験が少ない人はたくさんいます。

そういう学生が、プロが入っているオーケストラで学ぶことは多いはずです。アマチュアの方にとっても、プロと同じ場に入り、音楽がどのように作られていくのかを経験することには意味があります。

以前、ヨーヨー・マさん(世界的チェリスト)と演奏した時のことも印象に残っています。彼は、リハーサルを聴いていた一般の方にも、ごく自然にバランスの意見を聞いていました。誰がよい耳を持っているかは分かりません。プロだけで凝り固まるのではなく、音楽に真摯に向き合う人たちの耳や感覚を大切にしたいと思っています。

プロとアマチュアが同じ時間を過ごすことで、「あの人が今度リサイタルをするなら聴きに行こう」という関係も生まれます。それは音楽界全体の活性化につながると思っています。

東京には非常に多くのアマチュアオーケストラがあります。その中で素晴らしい方々が軽井沢でよい経験を積み、それを自分たちのオーケストラに持ち帰ってくれたら、日本全体のアマチュアのレベルも上がっていく。それが私の構想です。

ただ軽井沢の涼しい場所で演奏会をするだけではありません。音楽に一生懸命な人たちが集まると、こんなに素敵なことができるのだ、ということを聴いていただきたいのです。

軽井沢国際音楽祭
フェスティバル・オーケストラ

演奏家として、指揮者として、音楽祭をつくる人として

クラリネット奏者として演奏される時と、指揮者として音楽祭に関わる時では、見えているものは違いますか。

違います。

最初は、指揮者を呼ぶ余裕がなかったという現実的な理由もありました。けれども、私が振っていると、演奏家たちが自由に意見を言えるのです。「そこはこうやってみよう」「ここはもう少し速いテンポではないか」と、お互いに言いやすい関係がある。

私は長くオーケストラで演奏してきました。その中で、指揮者が来るたびに、「この曲はもっとこうではないか」と思うこともありました。そういう経験もあって、自分で指揮をするようになりました。

ただ、私は自分をいわゆる指揮者だとは思っていません。私の中では、演奏家の代表のような形で指揮をしている感覚です。

私は5歳からヴァイオリンを始め、フランスに行くまではヴァイオリンをやっていました。フランスでは画家たちと一緒に暮らしたこともありますし、父が美術に関わる仕事をしていたこともあって、子供の頃から絵も身近にありました。

音楽家、あるいは芸術家というものは、いろいろなものを知っていなければならないと思っています。作曲もする。演奏もする。絵も描く。そうした経験はすべて、音楽をどう聴き、どう作るかにつながっています。

私にとって指揮も、その延長線上にあるものです。

軽井沢国際音楽祭
軽井沢国際音楽祭のデザインは横川晴児氏が手掛けている。

今年はULSコンサルティング株式会社が特別協賛に入っています。どのようなご縁なのでしょうか。

今年は、ULSコンサルティング株式会社様に特別協賛としてご支援いただいています。音楽祭に出演している方からのご紹介でご縁をいただきました。

軽井沢国際音楽祭では、ただ有名なものを扱うのではなく、本物を大切にすること、プロとアマチュアといった壁を作らず、真摯に音楽に向き合う人たちを育てていくことを大切にしています。そうした考え方に共感してくださり、ご協賛いただいています。

また、ビュッフェ・クランポン・ジャパン様、ル・ベカール様をはじめ、長く応援してくださっている方々もいます。

もとはといえば、演奏家のわがままから始まった音楽祭です。自分たちの好きな仲間と、好きな音楽をやっている。それを「聴いてください」というところから始まっています。

けれども、そうした音楽祭の歩みに共感し、支えてくださる皆様のお力があってこそ、軽井沢国際音楽祭は続いてきました。音楽祭を支えてくださる皆様には、心から感謝しています。

夏の軽井沢で、音楽と過ごす時間

20年以上続けてこられた原動力は何でしょうか。

我儘と言えば我儘かもしれません。
音楽家というのは、他のことができないという利点もあります。
自分が見ている道に対して必要なものはいくらでも取り込みたいけれど、それ以外のことにあまりよそ見をしてこなかった。

私の人生で、音楽から離れた意味でのよそ見はあまりしなかったと思います。
料理くらいでしょうか。料理も芸術の一つだと思っていますが。

演奏家は舞台の上に立ち、お客様が聴いてくださいます。
でも、私の姿勢としては、お客様に「俺はかっこいいだろう」と見せているつもりはありません。
ではどこを向いて音楽をしているのか。
それは、その作品を作ってくれた作曲家に向かっているのです。

燕尾服を着るのも、お客様に対してよい格好をしているのではありません。
作曲家に対する敬意の象徴として着ているのです。

演奏している時、私の気持ちはお客様にまっすぐ向かっているというより、作曲家に向かっています。
「あなたはこの曲をこう書いたのですよね」「このフレーズは、こういう意味なのですよね」と問いかける。
その対話を、お客様が少し斜め下から聴いてくださっている。
それが演奏会だと私は思っています。

人前に立って、自分を見せることは、本当は恥ずかしいことです。自分の内面をさらけ出すわけですから。
だからこそ、演奏会がなくても、家でさらうことが本業だと思っています。
お金にならなくても、探し続けること。
こういう音で、こういう音楽をしたいと探し続けることが、本筋なのだと思います。

やってもやっても、そこには届かない。
だから続けてこられたのだと思います。

初めて軽井沢国際音楽祭に来る方には、どのような時間を過ごしてほしいですか。

軽井沢に行くと聞くと、多くの方は、涼しい場所、アウトレット、森、旧軽井沢の通りなどを思い浮かべると思います。
もちろん、それも軽井沢の魅力です。

けれども、もともと軽井沢は、海外の方々が避暑地として訪れ、文化的な時間を過ごしてきた場所でもあります。
楽器を持ち寄り、室内楽を楽しみ、絵を描き、音楽とともに過ごす。そうした文化があった場所だと思います。

今では、軽井沢に別荘を持つご家族も、お母さんは買い物へ、お子さんはテニスへ、お父さんは家で静かに過ごす、といったように、ばらばらに過ごすことも多いかもしれません。
そこに、少し普段と違う時間を入れてみませんか、という提案をしたいのです。

美術館に1時間行ってみる。
演奏会を2時間聴いてみる。
そして、ばらばらだった家族が演奏会場に集まり、終わった後に一緒に食事へ行く。

そのために、食事の時間に重ならないように演奏会の時間も考えています。
家族が演奏会を起点に集まってくれたら嬉しいですね。

音楽とは、こんなに素敵なものなのか。
演奏家が作曲家と対話しているとは、こんなに美しいことなのか。
こんなによい曲があったのか。
そう感じていただけたら、軽井沢に来たことがより意味のある時間になると思います。

軽井沢は、駅に降りた瞬間から空気が違います。
森も、風も、空気もある。その中で一つでも二つでも文化的なものに触れていただきたい。
それも、できればご家族で触れていただきたい。
そういうことが、一つの文化になっていけばよいと思っています。

横川晴児
横川晴児氏

最後に、今年の音楽祭を楽しみにしている方へメッセージをお願いします。

軽井沢国際音楽祭は、演奏家が、自分たちの好きな仲間と、やりたい音楽を作るところから始まった音楽祭です。
けれども、そこに共感し、聴きに来てくださるお客様、支えてくださる協賛者の皆様、会場や地域の皆様がいてくださるからこそ、20年以上続けてこられました。

今年も、軽井沢安東美術館、軽井沢大賀ホールという場で、国内外の素晴らしい演奏家たちとともに、音楽を作ります。
話題性ではなく、熟成された音楽。
速さや大きさだけではない、その人にしか出せない美しい音。
作曲家と対話するような演奏。

夏の軽井沢で、そうした音楽の時間を味わっていただければ嬉しく思います。





※ 軽井沢国際音楽祭2026のウェブサイトは、以下のバナーからご覧いただけます。(別タブが開きます。)

軽井沢国際音楽祭 公式サイトへ
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