イベントレポート vol.5|テューバアカデミー 2026
サポート講師として4日間に立ち会った橋本晋哉さんによるレポートです。
2026年5月7日から10日まで、ビュッフェ・クランポン・ジャパン初の合宿形式による「テューバアカデミー 2026」が開催されました。ファビアン・ワルランさんの指導のもと、受講生たちがレッスン、ワークショップ、試奏、演奏会を通じてテューバと深く向き合った時間を振り返ります。
合宿形式で深める、テューバと向き合う4日間
2026年5月7日から10日まで、ビュッフェ・クランポン・ジャパン主催による初の合宿形式のテューバ講習会「テューバアカデミー2026」が開催されました。本アカデミーは、海外の第一線で活躍する演奏家を招き、受講生が集中的に演奏を学ぶ機会として企画されたものです。今回の講師は、パリ国立高等音楽院教授であり、パリ・オペラ座管弦楽団ソロテューバ奏者を務めるファビアン・ワルランさん。フランスを代表するテューバ奏者の一人であるワルランさんの指導を国内で集中的に受けられる、貴重な機会となりました。通訳は橋本晋哉(洗足学園音楽大学非常勤講師)、ピアノは藤田朗子さん(東京藝術大学、東京音楽大学非常勤講師)。
アカデミーは4日間の短期間ながら、レッスン(個人/グループ)、個人練習、ワークショップ、試奏、演奏会が密度高く組み込まれた内容でした。受講生にとっては、日常から離れた合宿形式の環境の中でレッスンに臨み、練習に集中できる時間となりました。充分な個人練習の時間が確保されていたことに加え、受講生同士が互いのレッスンや演奏に触れながら学び合える点も、合宿形式ならではの大きな特徴でしょう。また、日常から離れて同じ時間を共有するなかで、受講生同士、あるいは講師陣と自然に言葉を交わす機会が多く、こうした交流を深められたことも、参加者の高い満足度につながった点として印象に残りました。会場となったのは、千葉県南房総市の海にほど近い民宿ぬまた。鳥の囀りが聞こえる自然豊かな環境に加え、滞在中のおいしい食事も印象的で、参加者が演奏と学びに向き合うための落ち着いた時間が流れていました。
また、ビュッフェ・クランポン・ジャパン主催のアカデミーならではの特徴として、期間中に〈メルトン・マイネル・ウェストン〉、〈B&S〉の主力モデルやマウスピースを自由に試奏できた点が挙げられます。楽器に関しては、初日夜に行われたワークショップでも、ワルランさん自身が開発に関わったモデルを含め、各モデルの特徴や「正しい楽器選択」についてのお話を伺うことができ、期間中の試奏体験をより深める機会となりました。さらに、ビュッフェ・クランポンテクニカルサポート担当の池田正太さんによるリペアに加え、金慧璟さんを中心とするスタッフの皆さんの手厚いサポートによって、受講生が安心してレッスンと練習に取り組める環境が整えられていたことも、特筆すべき点でした。
受講生は高校生から音楽大学生、フリーランス、プロ奏者まで多彩な顔ぶれで、受講曲もヴォーン・ウィリアムズ《協奏曲》、ハダッド《組曲》、ボザ《小協奏曲》、ロムハーニ《パラレルス》と多岐に渡っていましたが、それぞれがすでに高い演奏技術と音楽性を備えた受講生であり、レッスンはいずれもピアノ伴奏付きの実践的な個人指導となりました。また、今回ご後援いただいた日本ユーフォニアム・テューバ協会のスタッフを含め、複数の音楽大学の学生が連日聴講に訪れました。受講生だけでなく、聴講生にとっても、ワルランさんの指導を間近で共有できる貴重な機会となりました。
アカデミー全体のスケジュールは、グループレッスン、個人レッスン、ワークショップ、受講生と講師の演奏会を中心に構成されていました(それぞれの内容については後ほど詳しく触れていきます)。個人レッスンはピアノ伴奏付きで、受講生一人につき1時間のレッスンが2回ずつ行われました。また、グループレッスンによる基礎的な練習の時間が多く確保されていたことも、本アカデミーの大きな特徴です。スケジュールの合間には充分な自由時間もあり、受講生は各自で個人練習に取り組みながら、レッスンで得た課題を次の演奏へと反映させることができました。初日夜には楽器選択に関するワークショップ、3日目には懇親会、最終日には受講生演奏会が開かれました。演奏会では、アカデミーでの学びの成果を実際の演奏として共有し、その後にはワルランさんによる講師演奏会へと続きます。この最終日の演奏会と修了ディプロマ授与については、後ほど改めて触れます。
「自分自身が最良の先生である」という考え方
ワルランさんがグループレッスン、個人レッスンを通して常に強調されていたのは、「自分にとっての最良の先生は誰か」という問いでした。その答えとして示されていたのは、「自分自身が、自分にとっての最良の先生であるべきだ」という考えです。日頃から自分の演奏に対して厳しい耳を持ち、何か問題があったときにそれをそのまま流さず、冷静に原因を見つめること。そして、その問題を解決するために、自分に合ったエクササイズを作って実践し、その結果を再び評価すること。実際のレッスンでも、ワルランさんは各受講生が抱えるさまざまな課題に対して、即座にいくつものエクササイズを提案し、解決への糸口を示していました。ここからは、特に興味深かったトピックをいくつかご紹介します。
基礎を音楽へつなげる、実践的なレッスン
【グループレッスンの位置づけ】
ワルランさんのレッスンでは、グループレッスンによる基礎練習にも大きな比重が置かれていました。集団で同じエクササイズに取り組むことは、各受講生が自分自身の課題を確認するだけでなく、他の受講生の演奏を観察し、互いに学び合いながらより早く成長できる方法として示されていました。
【ブレスと身体の使い方】
ブレスについては、フランス語の aspirer という言葉を用いながら、掃除機のようにしっかりと空気を吸い込むイメージが紹介されました。2拍で吸って2拍で吐く練習から始まり、拍数を変えたり、短いブレスを加えたりすることで、さまざまな状況に対応できる息の使い方を確認していきました。また、普段演奏している曲の中で「吹く」と「吸う」を入れ替える練習も紹介され、ブレスを音楽の流れの中で意識的に扱う方法が示されました。さらに、口の中の広さや息を吐くときの重心(片足立ちで目を閉じて行うエクササイズ)にも注意が向けられ、単に多く吸うだけでなく、身体全体を安定させながら息を使うことの重要性が強調されました。正しい姿勢で演奏する重要性にも言及がありました。
【トーン・クオリティ】
音色については、ロングトーンで極めて小さな音量、ほとんど息だけに近い p から始め、徐々にクレッシェンドして f まで広げ、そこから再び p へ戻る練習が取り上げられました。ただし、音量を大きくすることのみが目的ではなく、あくまで美しい音の範囲を保つことが重視されています。この練習に慣れてからは、音量変化の途中で音を変え、スラーでつなぐ練習も加えられました。たとえば F–E–F のような単純な音型を用いながら、音量、音色、息の流れ、音のつながりを同時に確認していく内容です。ここでも、自分の音を細かく、厳しく聴き分ける姿勢が求められていました。
【フレキシビリティとアーティキュレーション】
特に興味深かったのは、フレキシビリティとアーティキュレーションの練習です。レッスンのほぼすべての場面で、アーティキュレーションの明晰さについては厳しい要求がなされました。スラー、テヌート、スタッカートを明確に吹き分けること、そしてそれらをあらゆる音型の中で使い分けられるようにすることに重点が置かれていました。フランス語で souplesse という言葉で表される、スラーを含む「滑らかさ」は、単純な倍音列のリップスラーだけでなく、あらゆる音型におけるしなやかな音のつながりを意味します。レッスンでは、単純な音型を用いながら、スラー、スタッカート、テヌートを組み合わせる方法が示されました。たとえば F–C–F–C のような音型、あるいはそこからさらに音域を広げる音型を用い、4音をスラー、次の4音をスタッカートにするなど、同じ素材をさまざまな形に変化させながら練習しました。これらはもちろん、段階的に複雑に、速くなっていきます。ここで重要なのは、音型そのものの複雑さや速さではなく、息の流れを保ったままアーティキュレーションを変えること、そしてスラーとタンギングの違いによって音質が崩れないようにすることです。こうした基礎を徹底して練習することが、フランスの管楽器作品にしばしば求められる「明晰さ」の生命線であることが強く感じられました。
【曲の練習】
上述の基礎的なテクニックについては、個人レッスンの中でもしばしば言及されましたが、それらはもちろん、曲を充分に活かすための「ツール」として位置づけられています。曲中では、常に長いフレーズを作ること、そしてそのために楽譜に書かれた指示をできる限り具体的に再現することが強調されました。特にダイナミクスに関しては、大小のレンジを可能な限り広く追求すること、なかでも p の表現を明確に作ることが求められました。技巧的な難しさを前面に出すのではなく、最終的には音楽そのものを聴かせることこそが重要である、という姿勢が一貫していました。
演奏会と修了ディプロマ、次回への期待
最終日には、ゲネプロの後、藤田朗子さんのピアノにより、受講曲による受講生演奏会が行われました。受講生の皆さんは4日間という短い期間ながら、ワルランさんの的確な指摘を受け、それぞれに磨きのかかった演奏を披露しました。休憩を挟んで行われた講師演奏会では、ワルランさんを中心に、多彩なプログラムが披露されました。
1. ジョゼフ・ボダン・ド・ボワモルティエ《ソナタ第2番》:ファビアン・ワルラン、橋本晋哉(テューバ)
2. ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト《ソナタ KV 292》第2楽章:ファビアン・ワルラン、橋本晋哉(テューバ)
3. ディエゴ・オルティス《レセルカーダ第1番》:橋本晋哉(セルパン)
4. パウル・ヒンデミット《ソナタ》:ファビアン・ワルラン(テューバ)、藤田朗子(ピアノ)
5. ロベルト・シューマン《アダージョとアレグロ》:ファビアン・ワルラン(テューバ)、藤田朗子(ピアノ)
6. ローランド・セントパリ《ベリー・グッド・モーニング》:ファビアン・ワルラン(テューバ)、藤田朗子(ピアノ)
7. ガブリエル・フォーレ《夢のあとに》:ファビアン・ワルラン(テューバ)、藤田朗子(ピアノ)
最後には、受講生全員とワルランさんの指揮によるテューバ・アンサンブルで、レナード・バーンスタイン《マリア》が披露され、4日間のアカデミーを締めくくる華やかな場となりました。
受講生への修了ディプロマ授与を経て、ファビアン・ワルランさんを講師に迎えた4日間にわたる「テューバアカデミー2026」は、受講生・聴講生に多くの学びと刺激をもたらし、成功裡に幕を閉じました。合宿形式による集中した環境、ワルランさんによる実践的な指導、そして楽器や演奏について多角的に学べる機会は、初開催のアカデミーとして大きな意義を持つものでした。今回の経験が参加者それぞれの今後の演奏につながっていくことを願うとともに、次回以降の開催にも期待が高まります。