和久井 仁氏 インタビュー|NHK交響楽団オーボエ奏者
NHK交響楽団で20年以上にわたり演奏を続けてきた和久井仁氏。野球少年だった幼少期、偶然のようで必然だったオーボエとの出会い、東京藝術大学で培われた音楽観、そしてオーケストラ奏者として音楽に向き合ってきた姿勢。その語り口からは、音楽そのものへのまなざしが浮かび上がってくる。
野球少年からオーボエへ
ー オーボエを始められたきっかけを教えていただけますか?
小学校の時は、ものすごく野球をやっていて、完全に野球少年でした。高校野球が大好きで、よく観ていましたし、応援も高校野球の一部だと思っていたんです。
中学は中高一貫の男子校に入り、新入生歓迎会で、吹奏楽部が野球の応援音楽を演奏しているのを聴いた瞬間に、ビビビっと来ました。夏になると野球の応援にも行くと聞いて、「ああ、これだ」と思いました。
中学1年生でクラリネットを始めて吹奏楽部に入りましたが、部員が増えてきて「オーボエが必要だよね」という話になり、中学2年生になるときに先輩から「オーボエをやれ」と言われたんです。
実は入部の際、希望楽器を書くときに、ホルンを希望していたのですが、楽器に詳しくなくて「ホルン」と「オーボエ」を間違えて書いてしまいました。
オーボエとクラリネットは似ているから、まずクラリネットになったのですが、その後、僕が「オーボエ」と書いたことを覚えていた先輩が、「お前、オーボエやりたかったんだろう」と言われ、そのまま流れでオーボエをやることになりました。
きっかけは、完全に名称を間違えたところからです。
野球好きがきっかけで、野球の応援音楽を演奏する吹奏楽部に入部したと語る和久井氏。
― オーボエを「続けてみよう」と思われたのは、どんな瞬間や理由からだったのでしょうか?
吹奏楽部の指揮をされていた方がコントラバス奏者で、海上自衛隊の音楽隊に客演されていたことがあり、そのつながりで、中学2年生の時に海上自衛隊の方からオーボエを教えていただいていました。
その後、中学3年生から元NHK交響楽団の似鳥健彦氏にオーボエを習い始めました。似鳥氏は〈ビュッフェ・クランポン〉のイングリッシュホルンを吹かれていて、昔のカタログにも掲載されていた方です。
高校生になった頃に、似鳥氏に「東京藝術大学を目指してみないか」と声をかけていただいて、背中を押していただいて、その気になってしまった、という感じですね。
実は、似鳥氏に習うことになったきっかけも、たまたま中学の先輩が似鳥氏の遠い親戚で、「つてがあるよ」と言われたことでした。
中学1年生でクラリネットを始め、その中でオーボエという楽器を知りました。オーボエを続けてみようと思った背景には、吹奏楽部で活動する中で、他校の生徒がオーボエを演奏しているのを聴き、その音色に自然と魅力を感じていたこともあったと思います。
「いい音」を超えて ― 「音楽」を見つめるということ
― 東京藝大時代に受けられた指導のなかで、ご自身の音楽観を形づけるうえで特に影響を受けたと感じることがあればお聞かせください。
特に影響を受けたのは、ファゴット奏者の中川良平氏です。サンフランシスコ交響楽団の首席ファゴット奏者として長く活躍され、帰国後、僕は4年間、中川氏から室内楽を教わりました。
オーボエはもちろん小島葉子氏や小畑善昭氏から学び、影響を受けましたが、藝大時代を振り返ると、「何が自分に一番影響を与えたか」と言えば、中川氏の存在がとても大きかったと思います。
オーボエの魅力に目が向きすぎると、「オーボエのいい音」を出すことが目的になってしまう。でも音楽はもっと大きなものだ、と。「オーボエっぽい音でいいよね」という演奏ではダメで、そのフレーズの中にたまたまその音があるだけでいい、と常に言われていました。オーボエだからこう、クラリネットだからこう、ということは絶対にあってはいけない。そのためにオーボエが上手くならなければいけない。
少し抽象的ですが、そうしたことを4年間かけて学びました。特に「フレーズが小さくならないこと」。今吹いているフレーズは、中川先生から学んだものだと感じています。
― 今、「理想の音」として大切にしているものはどのようなものでしょうか。
僕が理想としているのは、倍音が豊かな音です。
奏法も大切ですが、リードは本当に重要で、95%は材料だと思っています。材料は探してもなかなか見つからないので、とにかく作り続けて、当たりを待つしかない。良いリードは、響きが豊かで、音程が取りやすく、柔軟性があります。
― 大学卒業後、すぐに東京佼成ウインドオーケストラに入団されていますが、入団に至るまでの経緯についてお聞かせいただけますか。
当時、東京佼成ウインドオーケストラのコンサートマスターを務めていらっしゃった須川展也氏(現・東京藝術大学招聘教授)が、ちょうどオーボエ奏者を探されていた時期で、藝大の試験を聴いてくださっていたんです。その際に、「ちょっと東京佼成ウインドオーケストラに吹きに来ない?」と声をかけていただいたのがきっかけでした。
そこからエキストラとして演奏するようになり、そうした機会を重ねる中で、皆さんに評価していただきました。その後、大学在学中に招待オーディションを実施していただき、大学卒業と同時に入団することになりました。
藝大での学生時代、オーボエで「いい音」を出すことを目的にするのではなく、大きなフレーズを意識することの大切さを学んだという和久井氏。
NHK交響楽団で磨かれるもの ― 憧れ、責任、そして音色の継承
― NHK交響楽団は入団前どのような存在でしたか?そして、20年以上在籍された今、その想いに変化はありますか。
中学3年生の頃から教わっていた似鳥氏や、東京藝術大学で師事した小島氏はいずれもNHK交響楽団のスタープレイヤーでしたので、当時から自然と憧れがあり、いつか自分もその一員になりたいという想いを抱いていました。
現在は、学生や聴いてくださる方々にとって、僕が当時感じていたように、「憧れのオーケストラ」だと思っていただける存在であり続けられるような演奏をしなければならない、という責任を感じています。そのために、日々努力を重ねています。
― NHK交響楽団で20年以上演奏を続けてこられる中で、ご自身の中で「変わってきたこと」と「変わらず大切にしていること」を教えてください。
入団当初は先輩ばかりで、正直なところ怖さもあり、とにかく必死についていくことしか考えていませんでした。今、ふと周りを見渡してみると、自分自身が上の世代になっていますが、気持ちは当時と何も変わっていません。ただ、下の世代にはとても優れた奏者が次々と入ってきているので、足を引っ張らないように努力を続け、常に演奏の水準を保つことが大切だと感じています。
― NHK交響楽団らしい音色というのは、どのように受け継がれていくのだと考えられますか。
なんとなく、音色は少しずつ似てくるものだと思います。オーディションで入団する奏者を選ぶ以上、団員それぞれに音色の好みもありますし、そうした点も影響しているのでしょうね。あまりにも方向性が違うと、選ばれにくいということもあると思います。
また、一緒に演奏を重ねていく中で、お互いの音から影響を受け合い、自然と似てくる部分もあるのではないでしょうか。僕たち自身も、先輩方から多くの影響を受けて今がありますし、そうした積み重ねの中で、オーケストラの音色は脈々と受け継がれていくのだと思います。
― イングリッシュホルン奏者として取り組まれる際、オーボエとは異なる表現や心構えがあれば教えてください。
イングリッシュホルンはソロ楽器なので、思い切って演奏することを大切にしています。2nd オーボエを吹いているときとはまったく感覚が違いますし、1st オーボエを吹いている奏者と近い意識で臨んでいると思います。2nd の感覚のまま吹いてしまうと、どうしても弱くなってしまうので、気持ちをしっかり持って演奏するようにしています。
イングリッシュホルンを演奏したいと思うようになったきっかけには、オーボエを始めた頃に教わっていた似鳥氏の存在も大きくありますね。
イングリッシュホルンは楽器の下部が丸くなっている構造上、音がこもりやすいので、あえて明るい音色で吹きたいと考えています。なかなか難しい部分ではありますが、できるだけ明るく響かせたい。一方で、オーボエはもともと明るい音色の楽器なので、少し柔らかく、ダークな方向を狙っていて、そこは逆のイメージですね。
― 2nd オーボエとしての役割をどのように捉え、日々の演奏で特に意識されている点は何でしょうか。
1st が気持ちよく演奏できるように、常に気を配っています。ハーモニーを吹いているときはもちろんですが、自分が演奏していない場面でも、呼吸を合わせたり、あえて気配を消したりと、状況に応じた関わり方を意識しています。
一緒に吹いている中で、「ここは 2nd が少し頑張ったほうが、1st が楽に吹けるな」と感じる場面もあります。そういうときはしっかり支えますし、逆に引くべきところでは引く。
2nd はつい「控える」ことばかりを意識しがちですが、1st にも少し力を抜きたい瞬間は必ずあるので、そうした場面では自分が少し前に出るなど、力量の出し入れを大切にしています。
2017年に発売された“ヴィルトーズ”を、NHK交響楽団の演奏で使い始めた頃の和久井氏。サントリーホールにて。
〈ビュッフェ・クランポン〉 との出会い
― 〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエとの出会いに加えて、現在お使いの楽器についても教えてください。
中学1年生で吹奏楽部に入り、最初はクラリネットを始めました。中学2年生の頃には、〈ビュッフェ・クランポン〉 のクラリネットを購入しようと考えていて、“R13” を選定していただき、購入まであと一歩というところまで進んでいたんです。ところが、購入する直前に先輩から 「オーボエに変われ」 と言われてしまって、楽器店に 「 “R13” はやめて、オーボエに変更してください」 とお願いしたことがありました。今思えば、それが 〈ビュッフェ・クランポン〉 というブランドとの最初のご縁になりかけた出来事だったと思います。
ただ、オーボエのほうがクラリネットよりも高価で、同じ価格帯で購入できるオーボエがなく、最初に手にしたオーボエはプラスチック管のものでした。
その後、NHK交響楽団に入団して7〜8年ほど経った頃、当時 1st オーボエを務めていた青山聖樹氏が 〈ビュッフェ・クランポン〉 を使用されていて、彼が吹いているときは、僕も音色を合わせたいと思い、“Prestige(プレスティージュ)” を使うようになりました。それが、自分で初めて 〈ビュッフェ・クランポン〉 の楽器を購入したタイミングです。
2015年に東京で開催された国際ダブルリードフェスティバルで、“Virtuose(ヴィルトーズ)” が発表された際に、「これはいいな」 と直感的に感じて、商品化されたらぜひ使ってみたいと思っていました。2017年に発売されてからは、おそらくプロの奏者として日本で最初に “ヴィルトーズ” を使い始めた一人だと思います。
“ヴィルトーズ” はとにかく楽に吹けて、とても自然に音が出ると感じました。倍音が非常に豊かで、音色も本当に素晴らしい楽器だと思います。
― 長年〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器を使い続けてくださっている理由を教えてください。
やはり、〈ビュッフェ・クランポン〉 の伝統は本当にすごいと思います。創業からそれほど間を置かずにオーボエの製作を始めていて、数年前にはウィーンの楽器博物館で 〈ビュッフェ・クランポン〉 がオーボエ制作を始めた頃の初期の楽器を目にする機会もありました。
そうした長い歴史を受け継いできた楽器だからこそ、これからも大きな期待を寄せていますし、“ヴィルトーズ” のような革新的なモデルにも積極的に取り組んでいる点は素晴らしいと思います。伝統を大切にしながら、これからも挑戦を続けていってほしいですね。
〈ビュッフェ・クランポン〉の伝統あるオーボエ製作の歴史と、革新を続ける姿勢の両面に魅力を感じているという和久井氏。
毎日の積み重ね ― リード、メンテナンス、本番への準備
― 長く第一線で演奏されてきた中で、リードづくりやリード選びにおいて特に大切にされている考え方があれば教えてください。
リードは形も非常に大切です。僕はこの30年以上、ずっとリードについて研究してきていて、現在使っているリードの型はすべて自作しています。これまでに型も100本以上は作ってきました。その中で完成した型は、楽器店で取り扱っていただいているものもあります。
また、形だけでなく、チューブとの組み合わせも重要です。ただ、先ほども触れましたが、最終的にはやはり材料によるところが大きいと感じています。どんなに形が良くても、材料が良くなければうまくいきません。材料については、当たりに出会うのを待つしかない、という感覚ですね。
― 辛抱強さが必要ですね…。
そうですね…。毎日、リードを作っています。朝起きてまずリードを作り、リハーサルなどで外出している時間以外は、家にいるときはずっと作業をしています。夜にお酒を飲む時間になるまで、という感じですね。
リードづくりは自分のためだけではなく、生徒のリードも作っています。ただ、生徒のリードを作ることが、結果的に自分自身のリードづくりにも必ず活きてくると感じています。数を作れば作るほど経験を積むことができますし、その積み重ねが何より大切だと思っています。
息抜きとしてゴルフをしています。家にいると、ついずっとリードづくりをしてしまうので、意識的に外に出るきっかけとしてゴルフをしている、という感じですね。
― 楽器本体の調整やメンテナンスで、特に意識していることがあれば教えてください。
楽器のメンテナンスについては、自分なりに勉強を重ねてきましたので、基本的な調整は毎日行っています。演奏している最中にも気になるところがあれば、その都度調整するようにしています。タンポの角度合わせなどについては、〈ビュッフェ・クランポン〉のテクニカルサポートにも伺っています。
もう他界されていますが、かつて 〈ビュッフェ・クランポン〉に「伝説的」と言われるリペアの方がいらっしゃって、ご退職後は広島に住まれていました。その方のもとに通いながら、少しずつ楽器のメンテナンスについて教えていただいていたんです。数年前にその方が亡くなられた際、ご家族から、当時教わっていた内容を書き留めたものをいただき、そうした資料も参考にしながら、自分なりに学びを積み重ねてきました。
ただ、奏者の皆さんには、メンテナンスは季節ごと、年に4回程度は行ってほしいと思っています。少なくとも年に2回くらいは、オーボエをきちんと扱える専門の方のもとを訪れて、楽器を見てもらうことが大切だと感じています。
― 和久井さんが考える「本番で安心して吹ける状態」とはどのような状態でしょうか?
やはり、準備がきちんと整っていることだと思います。リードの状態もそうですし、練習も含めてですね。
どこかに不安が残っていると、それがそのまま緊張につながってしまいます。結局、緊張の正体は「不安」なのだと思います。
「奏者の方々には、季節ごとに専門知識のある方に楽器を見てもらってほしいですね」と、笑顔で語る和久井氏。
次世代への想い
― 学生を指導される際に、特に伝えたいと思っていらっしゃることは何でしょうか?
楽器に対しても、楽曲に対しても、常に研究する姿勢を持って、深く掘り下げていってほしいと思っています。
今はオンラインのサービスを通じて、さまざまな音楽を簡単に聴くことができますよね。何十通りもの演奏に触れられる環境が整っているのは、とても恵まれたことだと思います。だからこそ、いろいろなものを見て、聴いて、試してほしい。ただ、最初に聴いた演奏だけで満足してしまう人も少なくありません。一方で、そうした情報をうまく使いこなしている人ほど、演奏の伸びも大きいと感じています。
― 長年のユーザーとして、〈ビュッフェ・クランポン〉が200周年を迎えたことへの想いをお聞かせください。
伝統を大切にしながらも、新しいことに挑戦し続け、これからもより良い楽器を作り続けてほしいと思います。
ありがとうございました。