山本 楓氏 インタビュー|読売日本交響楽団 オーボエ奏者
読売日本交響楽団のオーボエ奏者として活躍する山本楓氏。東京藝術大学、同大学院を経て英国王立音楽院に留学し、2019年には日本音楽コンクール第1位および瀬木賞を受賞。留学中に師からかけられた「嫌われない演奏より、心を動かす演奏を」という言葉は、山本氏の演奏観に大きな影響を与えたといいます。本インタビューでは、オーボエとの出会いから留学経験、読売日本交響楽団での演奏まで、音楽との向き合い方について伺いました。
心を動かす演奏を求めて
難しい楽器だからこそ惹かれた
―まず、オーボエとの出会いについて教えてください。
小学生の頃、兄がジュニアオーケストラで打楽器をやっていて、その演奏会を聴きに行ったのが最初だったと思います。そのときにオーボエの音を初めて聴いて、「素敵な音色だな」と思ったのがきっかけでした。遠くから見ると楽器が銀色に光って見えて、「銀の縦笛をやりたい」と言っていた記憶があります。
―実際に始められたのは中学校からでしょうか。
はい。中学校に入って吹奏楽部に入りました。ただ、学校にオーボエが備品としてなかったので、最初はフルートを始めたんです。銀色の管楽器だったので、「フルートを吹くのもいいな」と思っていました。
その後、中学2年生になって、念願だったオーボエを始めることができました。実際に吹いてみると、音を一つ出すだけでも本当に苦労して、「こんなに難しい楽器なんだ」と感じました。でも、そのときにむしろ続けてみたいと思ったんです。難しいからこそ挑戦してみたい、という気持ちがありました。
舞台上でキーが輝く銀の縦笛に心を惹かれ、その音色に魅せられてオーボエを始めたと語る山本氏
仲間との活動が広げた音楽の世界
―東京藝術大学時代の経験の中で、現在の活動につながっている出来事はありますか。
大学2年生の頃に、同級生たちと「ぱんだウインドオーケストラ」という吹奏楽団を立ち上げました。今も続いている団体なんですが、そこでの経験はすごく大きかったと思います。吹奏楽のオリジナル作品に焦点を絞り、日本初演の曲にも挑戦しましたし、例えば指揮者なしで立奏で演奏をしたり、かなり実験的なこともやっていました。
卒業後にはなりますが、この吹奏楽団では、山田和樹氏を指揮者に迎え、東京オペラシティで自主公演も行いました。山田氏は本当に妥協がなく、一音一音を徹底的に作り込んでいく方なんです。要求に応えようとすると毎回ヘトヘトになってしまうのですが、その音楽を一緒に作り上げていく過程がとても楽しくて。リハーサルを重ねるたびに、オーケストラ全体の音がどんどん変わっていくのを体感できたことが、とても印象に残っています。あの経験を通して、改めて音楽のすごさを感じましたし、さらに音楽にのめり込んでいったような感覚がありました。
―学生時代に特に影響を受けた先生や環境について教えてください。
藝大時代に大きな影響を受けたのは、教授をされていた小畑善昭氏です。授業がある日はいつも学校にいらっしゃる先生だったので、何かあればすぐ相談していました。本当に「歩く辞書」のような方で、音楽史や和声のことなど、どんなことでも答えてくださるんです。とても頼れる存在でした。
それから、オーボエ科の先輩・後輩にもとても恵まれていました。私が1年生のとき、4年生に金子亜未氏が、また一つ下の学年には荒木奏美氏がいらっしゃいました。偶然ではあるのですが、現在はそのお二人と同じ読売日本交響楽団で演奏しています。金子氏には上から引っ張り上げていただき、荒木氏には下から押し上げてもらうような形で、本当に優秀な方々に囲まれて学ぶことができた環境だったと思います。
「ぱんだウインドオーケストラ」に山田和樹氏を指揮に迎えた自主公演後の一枚
「嫌われない演奏より、心を動かす演奏を」
―その後、英国王立音楽院に留学されていらっしゃいますが、留学を決めた経緯を教えてください。
もともと留学には興味があって、ドイツの学校なども調べていたんですが、先生とのご縁やタイミングがなかなか合わなくて。ちょうどその頃、東京藝大と英国王立音楽院の交流が活発になって、短期留学としてロンドンに行く機会に恵まれました。
そのときに出会ったのが、後に長期留学でもお世話になるセリア・ニックリン氏です。一ヶ月のレッスンのあと、「短期間では教えきれないから、もっと長く来たらいい」と言ってくださって。それがきっかけで長期留学を決めました。
―その留学の中で、特に印象に残っている言葉はありますか。
長期留学して間もない頃のレッスンだったと思うのですが、先生に「何に怯えているの?」、「嫌われないように演奏しているように聞こえる」と言われました。そして、「嫌われない演奏をするより、たとえ嫌われたとしても人の心を動かす演奏をしなさい」と。その言葉は、私にとってとても大きなものでしたし、その後の演奏の向き合い方を考える大きなきっかけになりました。
―その言葉はすぐに演奏に影響しましたか。
すぐに変われたわけではありませんでした。でも振り返ってみると、日本にいる頃はいろいろな先生にレッスンを受けていて、それぞれ違うことを言われるんですね。その中で、うまくバランスを取ろうとしていた部分があったんだと思います。
「この先生にはこう言われた」「あの先生にはこう言われた」と、その間で演奏を作ってしまっていた。自分の中で十分に咀嚼できていなかったんです。結果として、どこか継ぎ接ぎのような演奏になっていたのかもしれません。それを見抜かれたのだと思います。
それ以来、いろいろなアドバイスを受けても、自分がどう表現したいのかを考えるようになりました。たとえ全員に好かれなくても、自分の考えを持って表現する勇気を持とうと意識するようになりました。
セリア・ニックリン氏とロンドンでのカフェにて
芯と響きをどう作るか
―山本さんが理想としているオーボエの音色はどのようなものですか。
オーボエを始めた頃から、ずっとイメージの根底にあるのは「芯があって、その周りに柔らかい響きがある音」です。少し抽象的かもしれませんが、基本的にはそのイメージを持っています。
―音色やフレージングを作る上で意識されていることはありますか。
ずっと同じように美しい音が続くと、どうしても単調になってしまうと思うんです。なので曲の様式や時代、また和声やアンサンブルの中での自分の役割に応じて、音色を使い分けることを大切にしています。
それから、音のタッチ感もいろいろな種類があるといいと思っています。例えば鉛筆画のような空気を含む繊細なタッチのときもあれば、ポスカのようにしっかり塗り込むようなタッチのときもある。そういう「筆幅」を使い分けるような感覚ですね。
―そうしたイメージはどのように広げていくのでしょうか。
私は美術が好きなので、美術館に行って絵画からインスピレーションを受けることもあります。映画を観たり、旅先で新しい風景を見たり、いろいろな方と会話をする中でイメージが広がることもあります。音楽だけに限らず、さまざまなものから刺激を受けるようにしています。
オーケストラの音を聴くということ
―現在は読売日本交響楽団で演奏されています。印象に残っている経験はありますか。
読響の皆さんは本番での爆発力が本当にすごくて、毎回圧倒されることが多いです。
特に印象に残っているのは、2024年のヨーロッパツアーですね。ドイツとイギリスで計8公演を行いました。ベルリン・フィルハーモニーやエルプフィルハーモニー・ハンブルクなど、素晴らしいホールで演奏する機会をいただいて、本当に貴重な経験でした。
―ホールごとの響きの違いも大きいのでしょうか。
はい。本当にそれぞれ全然違います。客席で聴かせてもらうと、「思ったより響いている」と感じることもありますし、「意外と音が通っていない」と感じることもあります。そういうときは、息の入れ方やメンタルの持ち方を調整するようにしています。
2024年、読響ヨーロッパツアーにて。ドイツ・ベルリン・フィルハーモニー前での荒木奏美氏との一枚。
表現を制限しない楽器
―現在使用されている〈ビュッフェ・クランポン〉“Légende(レジェンド)”との出会いを教えてください。
“レジェンド” に替える前は、学生時代から別のメーカーの楽器を使っていたのですが、音程がとても安定した楽器でした。ただ、オーケストラの中で演奏する場合は、必ずしも「442が正しい」というわけではなくて、周りの音に柔軟に合わせる必要があります。その柔軟さをもう少し自然に出せる楽器を探して、いろいろ試した中で直感的に自分に合うと思ったのが “レジェンド” でした。
それから〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器の吹奏感は、イングリッシュホルンを使っていた頃から好きでした。イングリッシュホルンは2014年頃から愛用しています。
今はこの “レジェンド” をオーケストラでもソロでも使っていますが、どちらでも満足して使っています。
―どのような点に魅力を感じましたか。
音程の柔軟さと、響きの豊かさですね。響きが豊かだと、オーケストラの中で吹くときに、周りの響きとよく溶け合って、とても吹きやすいと感じました。
―読響には同じく〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器をお使いの荒木奏美氏もいらっしゃいますね。
はい。荒木氏も同じメーカーの楽器を使っているので、音の方向性が近く、合わせやすいと感じることは多いですね。それから、楽器について悩むことがあったときに相談できるのも心強いです。荒木氏の方が長く〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器を使っていらっしゃるので、いろいろ教えていただくこともあります。
―楽器を選ぶ際に大切にしていることは何でしょうか。
オーボエは不器用な楽器で、だからこそ面白いところもあるんですが、こっちを直すとあっちが気になるという風に、完璧な楽器を求めると難しくなってしまうと思います。自分の長所や短所を理解した上で、どういう演奏をしたいのか。そのバランスを考えて選ぶことが大切だと思っています。
私は音量がすごく大きいタイプではないので、少しアクセルを踏んだときにしっかり鳴ってくれる楽器の方が、自分の幅を広げられて好きです。それから音色にはこだわりがあるので、自分のイメージする音が出る楽器かどうかも大事ですね。一番理想なのは、自分の表現を制限しない楽器です。リードの設定もそうですが、自分の音楽をそのまま音にしてくれるような楽器が理想だと思っています。
―リードやチューブについてのこだわりはありますか。
チューブは、楽器を変えたときにロレーの46ミリに変えました。今のところこの楽器には合っていると感じています。リード作りは毎日決まったペースで作るタイプではなくて、まとめて作って、それをできるだけ長く使うようにしています。
音程の柔軟さと豊かな響きに魅力を感じて選ばれた ”レジェンド”
緊張と向き合う仕事
―コンディションを整えるために意識していることはありますか。
演奏家は常に緊張と向き合う仕事だと思うので、本番以外の時間はできるだけリラックスするようにしています。
それから身体的な負荷も大きい仕事だと思います。リード作りや譜読みで目を酷使したり、演奏中は長時間同じ姿勢でいたりするので、身体のメンテナンスは意識しています。自分でストレッチをしたり、整体に通ったりしてケアしています。
演奏会は誰かにとって特別な一日
―演奏する際に心に置いていることはありますか。
私たちは毎週のように本番がありますが、お客さんにとってはその日が特別な日かもしれません。もしかしたら一生に一度のコンサートかもしれない。そう考えると、必ず「また来たい」と思ってもらえるような演奏会にしたいと思います。コンサートホールという空間も、日常とは切り離された特別な場所ですよね。そういう感覚を自分自身も忘れないように心がけています。
2024年、読売日本交響楽団での演奏中の山本氏 ©読響/撮影:藤本崇
音楽を志す人へ
―これから挑戦していきたいことはありますか。
演奏活動はもちろんですが、最近は試験やコンクールの審査をする機会も増えてきました。ついこの前まで自分が審査される側だったので不思議な気持ちもありますが、若い方が自分の力を試したり将来を考えたりする場でもあると思うので、そういう挑戦の機会に少しでも役立てるような活動ができたらと思っています。
―審査する立場になって感じたことはありますか。
審査する側になって感じるのは、印象に残る演奏というのは、審査しているという感覚ではなくて「音楽を聴いている」という感覚になる演奏だということです。どうしてもオーディションだと「オーディションの演奏」になりがちですが、一歩引いて、音楽をどう表現したいのか、空間をどう作るのかを考えている方は印象に残ります。ただ、それは意識だけですぐできるものではなくて、日々の積み重ねや、いろいろ悩んだ経験があってこそ辿り着くものだと思います。
―若い奏者へのメッセージをお願いできますか。
音楽の道は楽しいことばかりではなくて、落ち込むことも多いと思います。それでも続けていられるのは、やっぱり音楽が好きだからだと思います。音楽で生きていくには実力だけでなく、運やタイミングも必要です。
焦る気持ちもあると思いますが、いろいろなものに心を開いて、たくさん感じて、考えて、学び続けてほしいと思います。
―〈ビュッフェ・クランポン〉は2025年に創業200周年を迎えましたが、この節目について、メッセージをいただけますか。
200周年というのは本当にすごいことだと思います。音楽の発展の歴史とともに歩んでこられたブランドなのだろうと想像すると、改めてその重みを感じます。これからも少しでもお力になれたら嬉しいですし、今後も共に歩んでいけることを楽しみにしています。
インタビュー中、終始温かく柔らかな笑顔で語ってくださった山本氏
ありがとうございました。