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レミ・カロン氏 インタビュー|〈ビュッフェ・クランポン〉 ダブルリード部門責任者 「190年にわたる伝統の先にある「いま」のオーボエづくり」

今年創業200周年を迎えた〈ビュッフェ・クランポン〉は、1825年の創業以来クラリネットを、そして1840年代以降は約190年にわたりオーボエの開発・製作を続けてきたメーカーです。
そのダブルリード部門を現在率いているのが、ルブラン、〈リグータ〉、〈パルメノン〉、そして〈ビュッフェ・クランポン〉といった、フランス木管楽器製作の歴史を支えてきたブランドで経験を積んできた技術者、レミ・カロン氏です。
彼のこれまでの経歴とともに、〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエがどのような思想のもとに誕生し、伝統を受け継ぎながら進化してきたのかについて語っていただきました。

キャリアの原点と、〈リグータ〉や〈パルメノン〉で培われた経験

―ビュッフェ・クランポンのダブルリード部門の責任者という現在のポジションに至るまで、どのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか。

私はルブランの工場で、クラリネット技術者の見習いとしてキャリアをスタートしました。工場で3〜4週間働き、その後2週間は学校(ヨーロッパの音楽関係職人技術研究機関ITEMM)で学ぶというサイクルを繰り返す日々でした。

この工場での2年間で、幸運なことにクラリネット製作のすべての工程に携わる機会に恵まれました。木部の加工、ボディ、キー製作、仕上げ、修理に至るまで、楽器づくりの全体像に触れられたことは、私にとって本当に貴重な経験でした。

その後、さらに難しいことに挑戦したいと思い、(学校で教えていらした)フルート製作者、ミシェル・パルメノン氏(Michel Parmenon)の工場にどうしても入りたいと、何度もお願いしに行きました。

しかし最初のうちは彼に「まだ他を見なさい」と断られました。彼は「違うものを見て学ぶことが本当に大切だ」と言いました。今振り返ると、その言葉は、私がこれまでに受けた中でもっとも価値のある職業上のアドバイスでした。

その言葉どおり、私は次に〈リグータ〉で2年間、見習いとしてオーボエの工場で働くことにしました。本来は修理と仕上げを中心に担当する予定でしたが、ここでも木部加工、ボディ、キー製作など、あらゆる工程に関わる機会に恵まれました。ちょうど多くの熟練職人たちがキャリアの終盤に差しかかっていた時期で、彼らの豊富な経験を直接学べたのは、本当に幸運だったと思います。

見習いとしての計4年間の経験を経て、ようやくパルメノン氏が私の入社を認めてくれ、〈パルメノン〉の工場で働けることになりました。パルメノン氏がちょうど引退の準備に入っていた時期で、彼は私にあらゆることを伝えるために多くの時間を割いてくれました。その後、私は〈パルメノン〉の工場を引き継ぎ、ピエール・エルー氏(Pierre Helou)とともに〈パルメノン〉のフルートを作り続け、改良し、発展させていきました。

レミ・カロン氏

さらに当時、パルメノン氏はヨーロッパの音楽関連技術機関である ITEMMで、プロフェッショナル向けフルートの修理指導や、フルート製作の研修を行うフルート専門家を務めていたのですが、「君なら私の代わりを務められる」と言ってくださり、私が〈パルメノン〉に入社してから約1年で、そのポジションを任されることになりました。それから15期にわたり、年に8〜9回、2日間の授業を行いながら、工場での仕事と教育の両方を続けました。

2019年に〈パルメノン〉はビュッフェ・クランポン・グループに加わりました。私はフランス中部のオルレアンで〈パルメノン〉のフルート製作を継続するとともに、グループブランドである〈パウエル〉フルートのアフターサービスも担当しました。その後、3年前にビュッフェ・クランポン・グループ CEO のジェローム・ペロー氏(Jérôme Perrod)からダブルリード部門の統括を任され、現在のポジションに就いています。かつて見習いとして働いた〈リグータ〉を、いまはダブルリード部門の一部として再び見る立場になりました。

ヨーロッパの音楽関連技術機関と、楽器づくりの教育

―日本には楽器製作に関する国立の学校はありませんが、ITEMM とはどのような教育機関なのでしょうか。

ITEMMは「Institut technologique européen des métiers de la musique(ヨーロッパ音楽職業技術研究所)」の略で、音楽を取り巻く仕事に特化した教育機関です。木管・金管、ギター、ピアノ、アコーディオンなど、楽器そのものを扱うコースがあり、一方では商業やサウンド・エンジニア、舞台スタッフといった職能に関するディプロマもあります。音楽という世界に関わる様々な仕事を学べる場です。

木管・金管の技術者養成課程は、基本的に企業と契約して、働きながら学ぶ「見習い」の形式をとっています。1年制の全日課程もあり、そこでは学校で学ぶ時間を中心にしながら、1年のうち数週間は1〜2社の現場で実務に触れます。学校には大量の楽器と工具が揃い、常勤の技術者が常に現場にいて、外部から専門家が教えに来ることもあります。音響学や図面などの科目もあり、楽器に対して自分が何をしているのかを理解するための「知的な土台」を与えてくれます。

しかし、フランスにおいて楽器の技術者になる道は、 ITEMMで学ぶことが唯一というわけではありません。世界中で楽器の技術を学べる学校の数も、学生も足りていないのが現状ですから、〈ビュッフェ・クランポン〉を含め世界中のメーカーで、他分野から別の知識や技術を持つ人がきて、社内の熟練者から訓練を受けて技術者になる、という道も多くあります。

〈ビュッフェ・クランポン〉ではトレーニング・スクールの仕組みもあり、すでに働いている人がより高度な作業の訓練を受けたり、志願者が数か月のトレーニングを経て適性があればそのまま採用されることもあります。こうした教育と現場が近い距離にあることは、フランスの楽器づくりの大きな強みだと思います。

アーティストと対話しながら、楽器の細部まで丁寧に調整を行うレミ・カロン氏

フルートからオーボエ制作へ ― 「チューニング」とテスターという存在

―フルート部門からダブルリード部門に移られたとき、特に大きな挑戦になったのはどの部分でしたか。

約15年フルートの世界にいたあとで、オーボエに戻ることになりましたので、多くのことを「思い出す」必要がありました。ただ、〈パルメノン〉やフルート部門で扱っていたクオリティは、ダブルリードの世界が期待する水準を上回るほど高かったので、技術そのものはすでに身についていました。

私にとって本当に新しかったのは、オーボエの「チューニング」、つまり内径の最終調整です。以前は熟練したチューナーがそれをすべて行っていて、私はそれを見て理解しようとしている立場でした。ですから、最終的に内径を作るこの特殊な「感覚」を、自分のものにする必要がありました。

チューニング・セッションでは、単に工具の正しい使い方を知っているだけでは不十分です。「これは低音域に影響する」「この音が低い」といった技術的な判断に加えて、テスターであるアーティストとの関係が何より重要になります。

複数のテスターがいて、技術者も複数いて、その全員のあいだに信頼があり、「同じ方向」を向いている必要があります。テスターは音や吹奏感について語り、技術者はそれを技術に翻訳します。私は途中からその世界に加わったので、お互いを知るために最初のセッションはゆっくり時間をかけました。

コンサートでも、初めて一緒に演奏するより、何度も共演して互いを良く知っている音楽家同士のほうが、より良い結果になることが多いですよね。チューニングでも同じで、テスターと技術者が「デュオ」として機能して初めて、本当に生きた改良ができるのだと思います。

2025年秋の来日時、ビュッフェ・クランポンのテスターであるマチュー・プティジャン氏(左)、レミ・カロン氏(中央)、弊社テクニカルサポートの青柳亮太(右)の3名が、本社から届いた楽器の最終調整を念入りに行っていた。

各オーボエモデルの開発にあたり込めた狙い

―〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエ “Prestige(プレスティージュ)”、“Virtuose(ヴィルトーズ)”、“Légende(レジェンド)” は、それぞれどのような狙いで開発されたモデルなのでしょうか。

“プレスティージュ” は 1992 年に、技術者のルネ・ルシュー氏(René Lesieux)とオーボエ奏者のジャン=ルイ・カペザリ氏(Jean-Louis Capezzali)によって開発されました。

〈ビュッフェ・クランポン〉は 1825 年の創業当初は「クラリネット製作」として登記されましたが、1841 年には会社の定款を変更し、「オーボエも製作する」と明記しています。つまり、1825年から1841年のあいだのどこかの時点でオーボエづくりを始めており、およそ190年にわたってオーボエを作り続けていることになります。

1990年代当時、〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエはすでに良い楽器でしたが、「最良」とまでは言えませんでした。そこで本気で新しいモダン・オーボエを目指して開発が始まり、完成したのが “プレスティージュ” です。わずかな改良を重ねながら、今なお世界中で高い人気を保っていて、木製もグリーンライン※も世界各地で奏者に演奏されています。現在〈ビュッフェ・クランポン〉が展開するすべてのオーボエモデルの基となっているのは、この “プレスティージュ” だと言えるでしょう。

その後、“プレスティージュ” は大きく評価を高め、ついにはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の舞台にも到達しました。アルブレヒト・マイヤー氏が長年にわたり愛用していたことは、〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエが世界最高峰の場で確かな実力を示し、広く認められたことを象徴する出来事だったと言えるでしょう。

”プレスティージュ” は広がりのある豊かな響きでありながら、輪郭のはっきりとした音色を持ち合わせており、どのようなレパートリーにも柔軟に対応します。

※グリーンライン®はビュッフェ・クランポン・グループが開発したグレナディラを再合成した素材で、温湿度の変化による割れの問題が起こりづらく、信頼性、耐久性と力強い鳴りを兼ね備えています。

“ヴィルトーズ” は “プレスティージュ” を出発点としながら、音色のアイデンティティをより豊かに、パワフルに、そして投射性のある(音がしっかりと遠くまで届く)方向へと発展させたモデルです。なかでも特に重要だったのが、管体のカット位置そのものを変更したことでした。

従来のように G と G♯ の間で管体を切る設計では、両方のトーンホールに十分なスペースを確保することが難しく、結果として G♯ は高く、G は低くなりがちです。これはどのメーカーでも起こりうる課題で、それぞれが独自の工夫で抑え込んでいる部分でもあります。

“ヴィルトーズ” では、こうした制約から抜け出すために、トーンホールに必要なスペースを確保できる別の位置にカット位置を大胆に移動しました。これにより、音程の精度はもちろん、スイートでよりダイレクトな反応、そして音色の均質性を追求することが可能になりました。同時に、音の密度や豊かさを高めることも意図しています。

ただし、管体のカット位置を変えるというのは製作上きわめて挑戦的な試みで、4種類の新しい型を一から作り直す必要があるなど、制作は非常に高度で複雑なものでした。それでも、この大胆な設計変更の結果として生まれた楽器は現在も高く評価され、多くの奏者から支持を得ています。

”Virtuose”はベルにキーがないため、材質の違うオプションベルを選択することができ、シーンに合った演奏者好みの音色を使い分けることも可能です。

“レジェンド” は2021年のコロナ禍に開発されました。出発点はやはり “プレスティージュ” ですが、“ヴィルトーズ” とは別の方向性で開発しています。〈ビュッフェ・クランポン〉らしい豊かな響きと、高い投射性は保ちつつ、奏者に求められる息の量はやや少なく、それでいてしっかり応えてくれる吹奏感を目指しました。

”レジェンド” の成功を受けて、さらに新たな発展形として “レジェンド ハイブリッド” モデルも開発されました。上管にはグリーンライン、下管にはグレナディラを採用した構造で、素材の組み合わせが持つ可能性を最大限に引き出すべく、内径設計も一から見直しています。特に、オーケストラで求められるソロ・オーボエの役割を意識しながら、安定感と表現力を両立させることを目指したモデルです。

内径設計に異なるアプローチを採用したことで、“プレスティージュ”、“ヴィルトーズ”、“レジェンド”の3モデルには、それぞれ個性ある音色や吹奏感が生まれました。しかしどのモデルにも、〈ビュッフェ・クランポン〉らしさはしっかりと感じていただけるはずです。奏者の好みや奏法に合わせて最適な一本を選べるようにすることが私たちの目指すところです。

”レジェンド”はかつてない温かな音色でに加え、そのレスポンスの良さにより、経験豊富なオーボエ奏者にも、初めてプロフェッショナルオーボエを使用する学生の方にも適しています。

何を変え、何を変えないか改良の基準

―各モデルのアイデンティティを保ちながら改良を続ける際、何を守り、何を変えているのでしょうか。

楽器を長いあいだ「まったく同じ」状態に保つことはできません。演奏スタイルも、ホール環境も、アンサンブルの形も変わっていきます。しかし、変えることは時に「すでに良いものをなぜ変えるのか」と受け止められてしまう危険もあります。ですから、何を守り、どこを変えるかを決めるのは簡単ではありません。

私たちにとって大事なのは「市場の要請」です。世界中の奏者と時間を過ごし、同じ指摘が複数の地域、複数の奏者から繰り返されるようになったときに、「ここはモデルとして適応が必要だ」と判断します。改良はいつも非常に小さな単位で行われます。キーの開きをわずかに変えたり、内径の一部を少し磨いたりする程度です。大きく変えるなら、それはすでに「新しいモデル」です。

こうした小さな変更も、必ずテスターや信頼しているアーティストと一緒に進めます。個別の楽器に対しては、その人のためだけに特別な調整をすることもありますし、多くの奏者にとって有益であると判断できた段階で、初めて生産に反映します。私たちはアーティストの「表現の道具」を作っていますから、自分たちの都合だけでモデルを変えることはありません。耳を澄ませ、少しずつ、必要なところだけを変えていくのが、〈ビュッフェ・クランポン〉のやり方です。

終始穏やかな語り口のレミ・カロン氏だが、その言葉の随所から楽器への深い情熱が伝わってくる。

「最古のフランスのオーボエメーカー」として

新しいホールやステージ環境が生まれれば、奏者の要請も変わりますから、私たちはできるだけ多くの奏者とつながり続けて、その声に耳を傾けておく必要があります。一方で、工場の中の「技術」もまた変化しています。

オーボエの管体の製作について言えば、10年ほど前は本当に伝統的な手作業で、トーンホールをひとつずつ開けていました。とても長く、複雑で、一貫性を保つのが難しい工程でした。現在では、可能な部分はすべて CNC加工(コンピュータ数値制御技術を使用した加工)に移行しています。

フランスのマント・ラ・ヴィルにある〈ビュッフェ・クランポン〉の工場には CNC マシンがあり、一本の管体を作るためのプログラムだけで9,000行に達することもあります。投資は莫大ですが、そのおかげで基礎の部分を常に同じ状態に保つことができ、音響の均質性や精度、一貫性が大きく向上しました。

内径の作り方に別のアプローチを採用した結果、3つのモデルはそれぞれ音色と吹奏感に少しずつ違いが生まれていますが、いずれも〈ビュッフェ・クランポン〉らしさは感じられると思います。奏者の好みや吹き方に合わせて選べるようにする、というのが私たちの考え方です。

フランスのマント・ラ・ヴィルにある工場にて、製作工程に向き合うレミ・カロン氏

―〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエ製作における最大の強みは何だとお考えですか。

一番の強みは、非常に長く、大きな経験を持っていることだと思います。今年、〈ビュッフェ・クランポン〉は200周年を祝いました。

〈ビュッフェ・クランポン〉は、現存する最古のフランスのオーボエメーカーです。創業からほどなくしてオーボエ製作を始め、それ以来、オーボエの発展のさまざまな段階に関わってきました。トリルキーやオクターブキーの発展など、多くの局面で〈ビュッフェ・クランポン〉は重要な役割を果たしてきました。

そして今も、たとえば “ヴィルトーズ” ひとつを取っても複数の特許(管体の接合部の位置に関するものなど)を持っているように、オーボエの分野で革新を続けています。フランスとドイツには大きな楽器制作チームがあり、何十年も働く熟練者と新しい世代の技術者たちが一緒に仕事をしています。ノウハウが失われることはなく、伝統が次の世代へと受け継がれていく。その大きな流れそのものが、〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエにとっての最大の強みだと感じています。

〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器職人、マント・ラ・ヴィル 1930年

―2019年に〈リグータ〉がビュッフェ・クランポン・グループに加わりましたが、〈リグータ〉と〈ビュッフェ・クランポン〉は今後どのように共存していくと見ていますか

2つのブランドは、とても良く共存していると思いますし、2つのブランドをグループの傘下に持っていることは大きな幸運だと感じています。

両方とも学生向けからプロフェッショナルモデルまでを持ち、どちらもフランスのブランドで「近い世界」を共有していますが、音のアイデンティティや吹奏感は異なります。私たちにとって、そうした違いがあることは良いことです。さまざまなモデルの組み合わせによって幅広いレンジを提供でき、世界中の奏者に「必ずどこかに自分に合う1本がある」と言えるからです。お互いを補い合う関係にある、と言って良いでしょう。

来日中、日本のテクニカルサポート担当・青柳亮太と技術面について熱心に意見を交したレミ・カロン氏。奏者の声をグループ全体で技術開発に反映できることは、〈ビュッフェ・クランポン〉の大きな強みである。

―最後に、日本のオーボエ奏者の皆さまにメッセージをお願いします。

日本のオーボイストの皆さんには、心から感謝しています。私たちはすでに皆さまから大きなご支持をいただいており、そのことにとても満足しています。世界中の奏者が私たちの楽器を演奏してくれることは非常に重要で、日本には「新しい」という意味での強いモダンな音楽の伝統があります。クラシック音楽の歴史全体から見れば比較的新しい流れかもしれませんが、存在感はとても大きいと思います。

日本のオーボエ奏者のレベルは、私たちにとって非常にチャレンジングで、刺激的です。日本の市場が何を求めているのか、その声に耳を澄まし、共有し、経験し、注意深く聴くことができるのは、本当にありがたいことだと思っています。本当に、ありがとうございます。

ありがとうございました。

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