カルロス・フェレイラ氏|ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 首席クラリネット奏者が語る「音色」と「成長」の真髄
コンセルトヘボウ管弦楽団の日本公演で来日したポルトガルのクラリネット奏者、カルロス・フェレイラ氏。数々の国際コンクールで優勝・上位入賞し、32歳で世界屈指のオーケストラの首席奏者となった氏に、演奏観と歩みを伺いました。
世界最高峰で響かせる音 ― 音色、作品との向き合い方
今年(2025年)8月にコンセルトヘボウ管弦楽団のクラリネット首席奏者に就任されましたね。入団試験に挑戦し、合格されたときのお気持ちを教えてください。
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団は、私にとってベルリン・フィル、ウィーン・フィルと並ぶ世界最高峰のオーケストラであり、幼い頃からの夢でした。12年ほど前、初めてこのオーケストラの音を聴いて涙を流した体験は、今でも忘れられません。試験には約50名の優れた奏者が世界各地から参加しており、私にとって大きな挑戦でした。合格が決まったときは、誇りと幸福が一気に押し寄せました。
2022年に録音アルバム「XX–XXI」をリリースされました。CDのコンセプト(「過去と現在、現在と未来」)をどのように捉えていますか?
収録曲には、録音が多くない作品を選びました。レナード・バーンスタインのソナタ、ボフスラフ・マルティヌーやジョセフ・ホロヴィッツのソナティナなどです。これまでとは異なる解釈が可能だと感じたからです。
興味深いのは、いくつかの点でこれらの作曲家の人生が楽曲とパラレルになっているところです。
バーンスタインは同性愛者/両性愛者で、彼のソナタは、タングルウッド滞在中に、当時交際していたクラリネット奏者のために1941年に書かれた作品。ドラマティックで深い表現世界を持っています。
プーランクは1961年の作品で、彼は正規の専門教育を受けていないため、独自の書法やアイロニカルな発想が見られますが、第2楽章「ロマンツァ」は格別に美しい音楽です。非常に深く、真剣な表情を見せる場面は、本当に素晴らしい。
マルティヌーはチェコ出身で、内戦を逃れ、ポルトガルを経てアメリカへ亡命しました。そうしたこともあって、私にとっても少し縁を感じる作曲家です。
ジョセフ・ホロヴィッツもまた戦争を逃れてロンドンに移住しました。彼はウィーン生まれでユダヤ人だったので、第2次世界大戦を避けてイギリスに向かったのです。数年前に亡くなりましたが、2019年に実際に姿を見かけたことがあります(話す機会はありませんでしたが)。
ペルコス・ミュージックレーベルより発売。音楽の未来を照らす重要作として注目されている。
収録されている作品はどれも、作曲家たちが人生のなかで経験したドラマティックな出来事を反映しているように思います。同時に、マルティヌーの第3楽章のように伝統音楽の要素も多く含みますし、ホロヴィッツもジャズ的な側面を持っています。バーンスタインも、第2楽章の序奏では多くの変拍子が用いられていますね。いずれの作品でも、テンポが落ちて音楽が静かになる場面では、常にドラマティックで非常に深い表現が現れます。
2020年に書かれた私の故郷の村の名を冠した「Suite Duas Igrejas」という作品も収録しています。作曲者は、私と共演しているピアニストで、彼が私に献呈してくれた曲です。どこか“時代を超えた”雰囲気を持つ作品で、嵐、重荷、総括、アシンメトリーという4つの楽章で構成されています。
実は、このディスクのタイトルを「Allegro tristamente」にしようかと考えていた時期もありました。収録されている作曲家たちは皆、とても喜びに満ちた側面と、同時に深い悲しみの側面を併せ持っていて、そのどちらもが作品に反映されていますから。「Allegro tristamente」は、プーランクのクラリネット・ソナタ第1楽章の標題でもあります。「アレグロ(快活に)」と「トリスタメンテ(悲しげに)」という、ある意味で二律背反の言葉の組み合わせですよね。でも、この4人の作曲家の「魂の在り方」を表すのに、とてもしっくり来る言葉だと感じています。
しかし、最終的につけたタイトルは20世紀と21世紀、という意味合いで、2つの世紀の橋渡しのようなイメージです。1曲は1941年、別の曲は1961年頃、さらに1980年代の作品もあって、そこに2020年に書かれた《Suite Duas Igrejas》が加わる。マルティヌーの作品も60年代ですから、20世紀のさまざまな時期から21世紀までをつなぐ構成になっています。
「磁力ある演奏(magnetic playing)」と評されるその音色作りには、日々どのような準備・ルーティンがあるのでしょうか。
音色は演奏家の名刺のようなものです。もちろん音色そのものよりも、「その音色で何を語るか」が重要ですが、自分だけの音を持つことは演奏家の大切な責務だと思います。子どもの頃、音色は私の弱点でした。そのため、ロングトーン、フラッタータンギングを用いた息のコントロール、レガート時の息のスピード、響きの感覚を磨く練習などを徹底的に行ってきました。
特に効果が大きいのは、目を閉じ、触覚と聴覚に集中する練習です。クラリネットの音は、口腔、舌、喉、肺、横隔膜といった“見えない領域”で形成されるため、意識を深く内面に向けることが重要です。集中していると2〜3時間があっという間に過ぎ、曲を吹かずとも満足してしまうほどです。
「作曲者の意図を尊重しながら、自らのパーソナルな才能とバランスをとる」という演奏観について、具体的な曲を挙げてお話しいただけますか。
モーツァルトの協奏曲を例にお話ししましょう。
まず大前提として、作曲家の意図と古典派の様式を尊重することが必要です。同時に、モーツァルトはオペラをたくさん書いている作曲家なので、歌手たちはしばしばかなり自由に歌いますよね。私はその自由さを、テキスト(楽譜)を尊重しながら、ある範囲で取り入れたいと思っています。
意味のないことは決してしません。作品をさらい始めるとき、最初はとにかく「できる限りシンプルに」演奏します。そのうえで、少しずつ“スパイス”を加えていくイメージです。「これはカルロス・フェレイラの印だ」と自分のなかで感じられるものを、少しだけ乗せていく。でも常に、テキストと様式への敬意を忘れないことを前提にしています。
版はベーレンライターやペータースなど複数を参照しています。協奏曲の提示部、ちょうど1ページ目の終わりまでの部分には、実に多様なキャラクターが登場します。そのキャラクターの変化を「200%」表現するつもりで吹きたいと思っていますが、同時にシンプルさも保ちたい。
何かを誇張しすぎてカリカチュア(風刺画)のようになってしまうことは、私の目標ではありません。あくまでメッセージを伝えるためであって、奇をてらうことが目的になってはいけないと思っています。
オーケストラ首席奏者として、またソリストとして、「アンブシュア」「息の支え」「音の線」などの観点から、最も大切にしていることを教えてください。
まず、しっかりと「息を吸う」ことが何より重要です。ここが、多くのクラリネット奏者にとって最大の問題点だと思います。これから吹こうとするフレーズに応じて、どう呼吸をするかを考えなければなりません。
たとえば、プーランクのソナタ第3楽章のようにアレグロではじまり、いきなり高めの音にアクセントがついているような場合には、素早く息を準備する必要があります。一方で、長いフレーズを吹くときには、ゆっくり時間をかけて静かに吸います。そのうえで、息を吐いていきます。
もう一つ本質的なのは、「吹き始める前に口を閉じていること」です。息を吸うタイミングは早めにとり、少なくとも次の音を出す半拍前までには口を閉じておくべきです。音の出だしがうまくいかないのは、息を出す瞬間にまだ口が完全に閉じていないせいであることがとても多い。これが第一のポイントです。
次に「息」そのものについて。息は風船のようなものだと考えています。風船に空気を入れたあと、指を離して一気に空気を出すこともできるし、指先で少しずつ緩めて空気の出方をコントロールすることもできますよね。私はこのイメージをよく生徒に伝えます。
息の流れ(エアの量・スピード)をコントロールすることで、フレーズの長さや張り、緊張感を自在に変えられる。まさにそれがフレーズと同じなのです。そのために、腹筋やとくに横隔膜といった「収縮させる筋肉」を使います。腹筋に適度な緊張を保たせると、横隔膜が上がり、持続的な息の流れをつくることができます。
その意味で、ソン・フィレ(ロングトーン)の練習は非常に重要です。同じ音で長く吹き続けるとき、あるいは音を替えながら吹き続けるときにも、常に同じ質とテンションの息を維持する必要があるからです。
ディミヌエンドでよくある誤りは、息のテンションまで一緒に落としてしまうことです。ディミヌエンドの記号を見たら、まず「前方への矢印」をイメージしてほしい。つまり、息はむしろ前に向かって、よりしっかりと送る必要がある。そうしないと音程もフレーズの意図も崩れてしまいます。
3つ目は「フレーズ(音の線)」でしたね。でもこれは、今お話した「息」と完全に結びついています。正しく息を扱うことができれば、フレーズは自然と立ち上がってきます。
原点から未来へ ― クラリネットとの出会い、コンクールの意味、教育者としての哲学
クラリネットを初めて手にしたきっかけを覚えていらっしゃいますか?
ポルトガルには吹奏楽団が多く、兄が村のバンドで演奏していました。その姿に影響され、5歳で音楽を始め、11歳まではE♭クラリネットで練習していました。最初に渡されたB♭クラリネットは指が届かず、無理に広げた指が戻らなくなって泣いてしまったこともあります。それを見て先生がE♭クラリネットを持ってきてくれました。
初めてのレッスンで「音楽とは、音を通して感情を伝える芸術である」と書かれた紙を渡されました。この言葉は今も私の中心にあります。私にとっては、自分の楽器を通して“何かのメッセージ”を伝えることが絶対に欠かせません。これは、自分のなかで明確な「使命」のように感じていることです。お客さまがコンサートに来られたとき、私たちの音楽によって、日常のさまざまな問題を完全に忘れてもらいたい――そう思っています。夫婦関係の悩み、子どものこと、家族の病気、お金の心配など、一日中頭から離れないような不安が誰にでもありますよね。私の目標は、そうした現実から少し離れた“別のメッセージ”を音楽によって届けることです。コンサートの2時間のあいだ、聴衆が音楽の中を旅し、想像し、夢を見ることができるように。それこそが、音楽の使命――「音を通して感情を示すこと」なのだと思います。
ヴェルサイユ音楽院で教えていらっしゃいます。指導において、どのような工夫をされていますか?
私は多角的な視点でレッスンを組み立てます。生徒によって必要な言葉が異なりますが、目標は「自立」です。問題をどう発見し、どう解決し、どう発展させるかを自分で考えられるよう導きます。
「こうしなさい」と指示するだけでは、理解が浅くなり誤った方向に進むこともあります。そこで私は、「課題は何か」「目標はどこか」「どう解決するか」を生徒自身が考えるプロセスを大切にしています。
演奏家としての長期的な成長のために、日々の練習以外で重視すべきことはありますか?
そうですね、「長く続ける」という意味ではいろいろあります。もちろん、楽器の練習をたくさんすることは絶対に必要です。年齢を重ねると、20歳のころには簡単にできていたことが、今(32歳)になると少し難しく感じられる瞬間もあります。
だからといって本当にできなくなったわけではないのですが、考え方や、音楽の中で何を重視するかが変わってきているのだと思います。難しい曲をさらっているとき、ふと「20歳のころはもっと楽に感じていたのに」と思うこともありますが、それでも楽器を練習する情熱を持ち続けることが重要です。
同時に、「自分の教養を深めること」も非常に大事だと思います。本を読むこと、作曲家の人生について学ぶこと、美術館に行って絵画を観ること――こうした芸術は、音楽と深く結びついていますし、他のアーティストたちを知ることにもなります。また、さまざまなテーマのポッドキャストを聴くこともよくしています。
こうした小さな積み重ねが、アーティストとしての長期的な成長にとても大きな意味を持つのだと思います。
国際コンクール(ARD、ジュネーヴ、WEMAG など)での経験を積まれていらっしゃいますが、若い奏者が結果(受賞・合格)以外に大切にすべきことは何でしょうか?
まず、準備そのものが私たちを成長させてくれる、ということです。準備の過程で、自分自身について、演奏について、多くのことを理解するようになります。それだけで、すでに価値のあることです。
私は、人生のあらゆる側面で常に成長しようとするべきだと思っています。生活の質、睡眠の質、あらゆる“クオリティ”を高めていくこと。音楽においても、それはまったく同じです。
そして、若い音楽家にとって非常に重要だと思うのは「メンタルを鍛えること」です。
スポーツ選手、特にオリンピックを目指すアスリートにはメンタルコーチがいますよね。4年に一度、メダルを狙うチャンスは一度きり。その瞬間にピークを合わせるために、栄養士やメンタルコーチとチームを組んで準備します。
私たち音楽家も、子どもの頃から人前で一人で演奏するという、かなり厳しい状況にさらされています。ときには自分自身に対して、とても厳しい「心の中の声」を向けてしまうこともあります。その意味で、メンタルを整える作業は本当に大切です。
私がよく勧めているのは ― そして自分自身も実践しているのですが ― 毎日の練習の終わりに、「その日に自分がうまくできたことを3つ書き出す」ということです。最初は難しいかもしれませんが、続けているうちに、自分の中のポジティブな要素を見つけるのがだんだん簡単になってきます。
ヨーロッパでは、一般的に「謙虚であるように」と教育されるので、自分を褒めることはあまりしません。「いやいや、そんな大したことは」と言うのが普通です。でも、自分がしている「良いこと」を認識し、それをちゃんと知っていることも大事です。
ポジティブであるというのは、傲慢になることではなく、「これは自分がうまくできている」という事実を静かに認めること。その姿勢は、とても重要だと思います。
世界各地での演奏旅行では、環境の変化にどう対処されていますか?
事前の特別な準備は、実はあまりしていません。私はヨーロッパ在住なので、まずはヨーロッパ時間で眠るべき時間にきちんと寝る、ということを基本にしています。
現地に到着したら、時差ボケ対策として初日か2日目くらいは、メラトニンか「ヴァレリアン」(ハーブ系の睡眠補助)を必ず持参して飲むようにしています。それに加えて、私は、スポーツが本当に重要だと思っています。一日を通して大きなエネルギーを与えてくれますから。とくに早朝に運動すると、そのあとしっかり目が覚めて、エネルギーに満ちた状態で過ごせます。外に出て少し歩いたりするのも良いですね。
もうひとつのコツは、朝早く目が覚めてしまったときの過ごし方です。時差ボケで朝4時や5時に目が覚めてしまうことがありますが、8時半になったらカーテンを開けて、きちんと一日をスタートさせること。そこで生活リズムをずらし過ぎないようにしないと、時差ボケがずっと尾を引いてしまいます。
〈ビュッフェ・クランポン〉の可能性 ― 音色美、これからの挑戦
〈ビュッフェ・クランポン〉のアーティストとして活動されていますね。〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器を選ばれた理由と、現在の使用機種について教えてください。
〈ビュッフェ・クランポン〉のクラリネットは、私の人生の中でずっとそばにある存在でした。
このブランドの楽器は、音色と色彩の面で最も大きな可能性を持っていると感じています。今は優秀なメーカーがたくさんあり、多くのメーカーが「吹き手にすぐに完成された音を与える」ことを目指しているように思いますが、私はそれは少し違うのではないかと考えています。
先ほどもお話ししたように、私たちは作曲家の「魂のありよう」、そして日常生活の中での経験を表す役割を担っています。作曲家が書いた音楽は、必ずしも常に「美しいもの」だけではありません。ときには荒々しく、汚れた感情も含まれている。
ですから、「きれいな音」も「汚れた音」も、そのどちらも出せることが重要です。丸く温かい音色から、少し攻撃的で鋭い音色まで、幅広いスペクトルを持っている必要があります。プーランクのソナタとブラームスのソナタで、同じ音色を使うわけにはいきません。
〈ビュッフェ・クランポン〉のクラリネットは、どのモデルであっても、その圧倒的に広い音色とニュアンスのレンジを与えてくれます。そこがまず大きな魅力です。
もう一つ、あまり語られることが少ないけれど私がとても重要だと思っている点があります。それは、この楽器が「声楽のように自然に歌える」ということです。
息のラインを上下させるようなフレーズ ― たとえば、声楽のレガート・ラインをそのままなぞるようなフレーズ ― を吹くときにも、楽器がそれに素直についてきてくれる。もちろん、先ほどお話ししたような腹筋や横隔膜の支えは必要ですが、そのうえで、息を“風”のように扱うことができます。
海辺で風がうねるような音を想像して、息を送ると、とても美しい波のような音が生まれます。他のメーカーのクラリネットでは、同じことをしようとすると、もっと強く吹き込まないと反応せず、音がすぐには鳴らなかったり、響きが少なかったりすることがあります。その点で、〈ビュッフェ・クランポン〉のクラリネットは、群を抜いていると感じています。
私が現在使用しているのは“レジェンド”です。
今後、挑戦してみたいレパートリーやコラボレーションはありますか?
そうですね。来年、新しいCDの録音を予定しています。19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した、黒人の作曲家の作品を中心に取り上げるつもりです。そのほかにも、頭の中にはたくさんの企画があります。作品委嘱もしたいですね。男性作曲家だけでなく、女性作曲家にも新作をお願いしたいと考えています。すでにいくつか具体的なアイディアはあるのですが、まだ詳細はお話しできません。とても優れた、演奏家としても作曲家としてもよく知られた人物と、もしかするとかなり大きなプロジェクトが実現するかもしれない、という段階です。
最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
練習で行き詰まったときこそ、クラリネットを始めた頃の喜びを思い出してください。最初に音が出た瞬間、家族の笑顔、初めての発表会……。奏法の変化に忍耐が必要なときも、その原点が支えになります。
音楽は絆であり、楽しみです。クラリネットには世界を支える力があります。どうかその力を信じて歩み続けてください。
ありがとうございました。
関連情報|カルロス・フェレイラ氏が演奏する〈ビュッフェ・クランポン〉のクラリネットは、ビュッフェ・クランポン・ジャパンの「クラリネットショールーム」または全国の公認特約店にてご試奏いただけます。