バスティアン・ボーメ氏|世界的ユーフォニアム・ソリストが語る音色と演奏の核心
世界的ユーフォニアム奏者として活躍する一方、パリ警視庁音楽隊のユーフォニアム・ソリストを務め、さらにリヨン国立高等音楽院の教授として次世代の音楽家を育成しているバスティアン・ボーメ氏。
16回目の来日となった今回は、ユーフォニアム演奏の基盤となる「呼吸」をはじめ、学生への指導、キャリア形成、そして音楽家として生きていくための考え方について話をうかがいました。
日本に来るたび感じる 「変わらない温かさ」
―今回の来日で特別に感じたことはありますか。
2年前とまったく同じ気持ちでした。日本に来ると、人の温かさや雰囲気の良さをすぐに感じます。毎回、「帰ってこられて本当にうれしい」と感じます。今回の来日について、特別に何かを感じたというわけではありませんが、それは日本が以前と変わらず素晴らしい国であることの証だと思っています。
ユーフォニアム演奏の中心にある 「できるだけリラックスした呼吸」
―(2年前のインタビューでも呼吸の重要性について語っていらっしゃいましたが)ユーフォニアムにおいて、呼吸はどのような意味を持つのでしょうか。
ユーフォニアムの演奏において、呼吸は「すべて」です。音色も、音程も、音域も、すべては呼吸次第で変わります。呼吸が自然で自由であれば、音もまた自然で自由になります。どのように呼吸し、どのように空気を送り込むか。それが、すべての出発点です。一見すると簡単に思えるかもしれませんが、体の中は目に見えない分、実際には最も難しい部分でもあります。
―演奏時に理想とする呼吸の状態は、どのようなものでしょうか。
とにかく「できるだけリラックスすること」です。私たちは毎秒、無意識のうちに呼吸をしていますよね。演奏も本質的にはそれと同じで、特別な呼吸をするわけではありません。ただ、息の量やスピードが変わるだけです。私は毎朝、大きく息を吸い、ただ吹くという時間を必ず設けています。体を起こし、エアマシンのスイッチを入れて動かすような感覚ですね。落ち着いて呼吸することで音は安定し、フレーズも自然につながっていきます。
―呼吸法を習得するために、どのような練習を行ってきたのでしょうか?
私は練習を大きく2つの段階に分けて行っていました。まずは、4拍で吸って4拍で吐くことから始め、5拍5拍、6拍6拍……と、最終的には10拍10拍まで伸ばしていきます。これは、いわば「空気を取り込む容量」を広げるための練習です。
次に、10拍で吸って吐いたときと同じ空気量を、3拍、2拍、1拍といった短い時間で吸う練習をします。時間は短くなっても、必要な空気の量は同じ。演奏中には、「3拍しかないのに、10秒分の空気が必要になる」ような場面が頻繁にありますからね。空気の容量を増やすこと、そしてその容量を短時間で扱えるようにすること。この2つがとても大切です。
日本で暮らしてみたいと語るほど、日本を好きでいてくださるボーメ氏。
ユーフォニアムは 「アンプ」 のような存在
―学生に呼吸について教えるとき、最も大切にしていることは何ですか。
まず大切なのは「リラックスすること」、そして「無音で吸うこと」です。肩を上げたり、余計な力を入れたりして呼吸をすると、音にも緊張が表れてしまいます。
私はよく、ユーフォニアムを「アンプ」に例えます。スマートフォンからBluetoothでスピーカーに音を送ると、スピーカーはその音をそのまま大きくして返しますよね。ユーフォニアムも同じで、私たちが送り込んだ音を、そのまま増幅して返してくれる楽器です。だからこそ、まず自分の息がリラックスしていれば、楽器もリラックスした音を返してくれます。そして、呼吸と音楽の「雰囲気」を一致させること。穏やかなフレーズを吹くのであれば、呼吸もまた穏やかであるべきです。
学生時代の9時間練習──「技術で冷蔵庫に満たす」という考え方
―コンセルヴァトワール時代の練習法や、練習するうえで特に大切だと考えていることについて教えてください。
学生時代は、午前9時頃から12時頃まで練習し、昼休憩を挟んで夕方6時頃まで、ほぼ毎日8〜9時間を練習に充てていました。午前中はウォームアップと基礎練習、午後はレパートリー練習というように分けて取り組んでいました。練習することこそが「自分の到達したい場所へ行くための唯一の方法」だと考え、その思いを持って日々の練習に向き合っていました。
音楽家としては、技術と音楽性の両方が欠かせません。まずは「技術のマシンになる」ことを意識していました。技術について考えなくてもよくなれば、あとは音楽性を高めることだけに集中できます。だからこそ、今学生を指導する際も、まずは技術的に「マシン」になってほしいと伝えています。それができれば、その先で音楽性について語ればよいのです。
私はよく「料理人の冷蔵庫」の話をします。冷蔵庫が空であれば、どれほど有名な料理人でも料理は作れませんよね。音楽も同じで、技術は冷蔵庫の中身です。技術がしっかり満たされていれば、どんな曲でも思いどおりに表現できます。
私たちは技術者ではなく音楽家です。だからこそ、まずは技術を磨き、そのうえで音楽を奏でることに集中することが、非常に重要だと考えています。
―現在はどのように練習していますか?
家庭を持ち、以前のように何時間も練習できるわけではありませんが、2〜3時間の練習時間が確保できるときは、学生時代と同じような構成で練習しています。どんなときでも変わらないのは、「ウォームアップだけは絶対に欠かさない」ということです。まずは技術を維持するための練習や舌の使い方を確認し、その後に、次に控えているコンサートの曲を練習します。
練習時間が短い日は、呼吸とフレキシビリティを高める練習を重点的に行います。30分しか時間がなくても、それだけで十分です。学生時代は「休む」という選択肢を考えたこともありませんでしたが、今では休むことも唇や頭をリフレッシュさせる大切な時間であり、成長の一部だと感じられるようになりました。
2025年秋、ビュッフェ・クランポン・ジャパンで開催されたリサイタルの一場面。会場を温かな音色が包み込んだ。
教育者として大切にしていること──「学生をアーティストへ」
―リヨン国立高等音楽院での指導で重視している点は?
リヨンで学ぶ学生たちは、パリ国立高等音楽院で学ぶ学生と同様、すでに非常に高いレベルにあります。だからこそ、私の役目は、彼らの演奏レベルをさらに引き上げ、その先にある「より優れたアーティスト」へと導くことだと考えています。
学生が、指導者になりたい、オーケストラで活躍したい、室内楽に取り組みたいなど、それぞれ自分なりの道を見つけ、その道へ進んでいけるよう手助けをしたい。そのために、私は教師であると同時に、「コーチ」でありたいと思っています。
また、何も考えずに練習するのではなく、自分にとって本当に必要な練習を、戦略を持って構成することの大切についても伝えています。リヨンの学生たちはすでに十分な情熱を持っていますから、自分が目指していることを実現するには、どのような練習が必要なのか、その意味を理解し、整理し、自分自身で考えられるようになってほしいと思っています。
さらに、好奇心を持ち、常にオープンでいることも重要です。ユーフォニアムの作品だけでなく、音楽全般に目を向け、クラシックに限らず、ジャズやコンテンポラリーなど、さまざまな音楽に触れることで、視野を広げてほしいと伝えています。
学生たちは、コンセルヴァトワールを卒業する時点で、本当の意味で音楽業界で活躍する準備ができていなければなりません。卒業後は、誰かが常に先生としてそばにいてくれるわけではありません。最終的には、彼ら自身が「自分の先生」になる必要があります。
コンセルヴァトワールに学生として入学し、数年が経つと、彼らは「アーティスト」へと変わっていきます。その姿を見ることが、私にとって何よりの喜びです。技術がしっかりと身につくことで、彼らの中にある創造性が自然と表れてくる。学生としてではなく、ソリストとして演奏し始める瞬間や、そうした変化を目の当たりにできることを、とても嬉しく感じています。
インタビューの中で、オープンなマインドと好奇心の大切さを繰り返し語っていたボーメ氏。
日本の若い奏者について──「驚くほど純粋な音」
―日本の学生や若い演奏家について、どのような印象がありますか。
日本の奏者の音には、とにかく「純粋で美しい」という印象があります。日本の先生方が、音色に非常に強いこだわりを持って指導されている点にも、いつも感銘を受けています。音の美しさや規律の高さには、日本の文化が色濃く反映されているように感じます。また、日本のユーフォニアム教育は、世界的に見てもトップクラスだと思います。
音楽性については、日本とフランスでは違いがありますが、どちらが良いということではなく、それぞれの文化の違いが音楽に表れているのだと思います。
―言語の違いによって、音色にも違いが生まれると思われますか。
実際に一度テストしてみたいと思うほどですが、音の違いには、ほぼ間違いなく言語の影響が大きいと考えています。スペイン、イギリス、日本、中国、そしてヨーロッパ各国などを訪れる中で、国ごとの音の違いをはっきりと感じてきました。各国の発音や舌の使い方、喉の動きが、そのまま音に表れているのだと思います。
キャリア形成へのアドバイス──「良い人間であれ」
―国際的なソリストになるまで、どのような戦略を持っていましたか。
まずは練習すること、そしてコンクールに挑戦し、勝つこと。それがソリストとして活動していくために知名度を高める、ほぼ唯一の方法だと考えていました。また、経験を積み、自分を知ってもらうために、無償でも演奏できる機会を積極的に探していましたし、自分の演奏を録音することも行っていました。
その後、ベッソンのアーティストとしてビュッフェ・クランポンと一緒に仕事ができるようになり、スポンサーがついたことで、活動の幅が広がり、より仕事がしやすくなったと感じています。
ただし、何よりも大切なのは、本当に小さなことを一つひとつ積み重ねていくことだと思います。自分の住んでいる町、県、国、そしてその先へと、少しずつ名前を広めていきました。
―国際的なソリストを目指す方々へのアドバイスはありますか。
ぜひ、多くの人に出会ってほしいと思います。今の時代、技術的に優れているだけでは、活躍するためには十分とは言えません。同じくらい高いレベルの奏者が二人並んだとき、どちらが選ばれるかといえば、コミュニケーションが取りやすく、一緒に楽しい時間を共有できる、人柄の良い人です。だからこそ、社交的であることは非常に重要だと思います。これは奏者に限った話ではありませんが、音楽の世界においても同じことが言えると感じています。
日本滞在中のリサイタル後にはサイン会が行われ、観客一人ひとりと丁寧に交流されたボーメ氏。ユーフォニアムを始めたばかりの中学生が目を輝かせてサインを求める場面もあり、幅広い世代に支持されていることをあらためて感じさせる光景であった。
最後に、日本の若いユーフォニアム奏者へ
―日本のユーフォニアム奏者へメッセージをお願いします。
これは日本の奏者に限った話ではありませんが、若い奏者へのメッセージとして、まずは自分の目標をはっきりと言葉にし、書き出してみてほしいと思います。現在地からその目標に向かうまでには、さまざまな選択肢があるはずです。その中で、ぜひ戦略を持って行動してほしい。何も考えずに7時間練習するよりも、目的を持って2時間練習するほうが、ずっと意味があります。
世界で活躍するソリストになるために特別な秘密はありません。ただ、練習すること。それに尽きます。
そして、自分で限界を作らず、挑戦し続けてほしいと思います。限界というのは、ほとんどの場合、私たち自身の頭の中で作っているものです。恐れず、怖がらずに、ぜひ挑戦してほしいですね。
このインタビューの中でも、さまざまなメッセージをお伝えしてきたと思いますが、何より大切なのは、好奇心を持ち続けることです。ユーフォニアムの世界だけに閉じこもらず、幅広く学んでほしい。スポーツでも何でもいいので、ぜひ趣味を持ってください。オープンな姿勢で、自分の人生を豊かにしてくれるものを見つけてほしいと思います。
今は、CDやオンラインを通して、世界中のさまざまな奏者の演奏に触れることができる時代です。憧れの奏者の音色に出会い、「自分もあのように吹きたい」と思い、努力することはとても大切なことだと思います。ただし、そこで終わらせてしまわないでほしいです。他の演奏から多くを学びつつも、最終的には自分自身の感性や発想を大切にし、自分の中にあるクリエイティビティを育ててください。そして、誰かの真似にとどまるのではなく、ぜひ自分らしい音楽の世界を形作っていってほしいと思います。
Be open to everything.
ありがとうございました。
バスティアン・ボーメ氏が使用されている楽器:
〈ベッソン〉ユーフォニアム ”ソヴリン BE967T”