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はだしで大活躍中! テューバ界のマルチタレント

テューバのソロイスト、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学教授、指揮者、カバレットアーティストなど、ジャンルを超えて活躍する器楽奏者として知られるアンドレアス・ホフマイヤー氏。2025年春、日本国内でのリサイタルと、EXPO 2025 大阪・関西万博「ザルツブルクDAY」への参加のために来日したホフマイヤー氏から、ご自身の演奏や楽器についてお話を伺いました。

取材・執筆:佐藤拓、通訳:石坂浩毅(テューバ奏者)

いつもはだしで演奏されますよね?

ホフマイヤー(敬称略):オーケストラバックのソロの公演で、うっかり靴を家に忘れて来てしまったのが最初。黒い靴下も履いてなかったので、そのままはだしで演奏したら、いつもはプログラムばかり見ているお客さんたちが目を丸くしてこちらを見ている。「あ、この手があった!」と(笑)。

ヴァイオリンのコパチンスカヤもはだしで演奏するので有名です。

ホフマイヤー:彼女は床を感じたいからだと言っているけれど、私は靴を忘れたから。

はだし以外でも驚いたのは、ホフマイヤーさんのプロモーションビデオ。ヘリコンを肩にかついでミュンヘンのガスタイク(同市最大のコンサートホール)の屋根からロープで降りて来るシーンには仰天しました。

ホフマイヤー:テューバを持って東京タワーに登るというのはどう?

日本じゃ絶対に許可が下りません。

ホフマイヤー:そう? それは残念だな。だったら、富士山に登ってテューバを火口に投げ入れるってのは? どこかのバンドがステージで上からピアノを落っことしていたけれど、楽器を壊す動画も絶対にヒットするよね(笑)。

トーク付きのショーでも人気を博していらっしゃいますが、テューバではあまり前例がないと思います。

ホフマイヤー:そうしたソロコンサートを年に100公演やっています。19のプログラムで回しているので、同じプログラムを10回とはやらない。最近は指揮活動もどんどん増えているほか、本も2冊書き、俳優として映画に出ないかという話も来ている。そのためには来年まで5キロ痩せなきゃいけないけれど、これは実現しないかもね(笑)。

アンドレアス・ホフマイヤー氏。5歳からピアノを、12歳から小さな町のバンドでテューバを始めた。最初の先生はバンドのクラリネット奏者。「少しだけテューバが吹ける町で唯一の人でした」。15歳で元バイエルン国立歌劇場のロバート・トゥッチ氏に師事したことでテューバへの道が開けた。その後、ディートリヒ・ウンクロット、イェンス・ビョルン=ラーセンに師事。ソロの世界ではミヒャエル・リントにも大きな影響を受けた。

原曲の譜面そのままで……

コンサートのプログラムもテューバを超えていますね。ヴァイオリンやフルートの超難曲が並んだり。

ホフマイヤー:自分でやってみたいと思ったら、アレンジせずに原曲の譜面をそのまま演奏します。

ト音記号でもそのまま?

ホフマイヤー:もちろん、原曲のパート譜のまま。今回(日本で)やったアントニオ・バッツィーニの「妖精の踊り」(ヴァイオリン曲)は、さすがに読み替えが大変で、へ音記号に直したけれども。

 テューバのレパートリーから選ぶことはほとんどなくて、再来週、ヴォーン・ウィリアムズのテューバ協奏曲を演奏するけれど、これは頼まれたからで、自分ではまず選ばない。コンチェルトをやるなら、モーツァルトのヴァイオリン・コンチェルトかクラリネット・コンチェルトなんかをそのうちやってみたいですね。

学生時代から何でも吹いていたのですか?

ホフマイヤー:ソロを吹くのは好きだったけれど、ヴィルトゥオーゾものには興味がなかった。高校時代、先生からいきなり「コンサートに出ろ」といわれて変奏付きの超難しい曲を渡され、無理矢理練習しないといけなくなって以来、こうした曲を吹き始めるようになった。

当時の目標は、もちろんオーケストラに入ること?

ホフマイヤー:もちろん、そうです。私はいろんなオケで仕事もしました。オケも楽しいですよ。何が楽しいって、なにしろヒマだから、仲間にいたずらしたりするのがね。横のバストロ奏者が眠りこけてたら、こっそりテューバのマウスピースに差し替えてみたり、ティンパニの上にわざと小銭を落としてみたり……(笑)。良いオケで同僚たちの美しい音楽が聴けるのは素晴らしい体験ですよ。でも、テューバを吹く上では、オーケストラはつまらない。私はメロディを吹くのが好きだし、それを強みに思ってもいるのに、そうした出番は自分には回ってこない。ソロフルートやソロクラリネットの人たちを羨ましいと思ったものです。自分の強みを発揮できるのはオケではない、そう感じて以来、オーケストラで吹くことはしなくなりました。

モーツァルテウム音楽大学の学生たちを引き連れ、「大阪・関西万博」のオーストリアパヴィリオンのプロジェクトの一環で演奏するために来日。同コンサートでは大阪音大の学生たちと共演した(氏はアンサンブルを指揮)。アンサンブルの指導で汗だくになるほど熱が入った姿を見せ、共演した両国の学生達の交流を温かい眼差しで見守っていたのが印象的だった。

口の周りの筋肉は使わない

今回のリサイタル(2025年5月22日・文京シビック 小ホール)では2時間以上にわたり、アンコール曲も含めて14曲を吹き切りましたが、そのパワーはどこから出てくるのですか?

ホフマイヤー:普段なにもないときは、子供と遊んだり、だらっと過ごしてるんです。仕事が立て込んで忙しくなるほど、モチベーションが湧いて力が生まれる。1日2公演なんて場合も、勝負となれば、どこかから力が湧いてくる。だから、超忙しいか、何もないか、極端な方が私は好きですね。

本番の日に向けて仕上げて行くようなこともなく?

ホフマイヤー:正直言って、私は基本的にはほとんど練習しません。今回の日本のプログラムはきつかったからそれなりに練習しましたが、仕事の多くはトーク付きのショーで話す時間が多く、体力はそれほど必要としないんです。

アンブシュアや唇のケアなどにも気を遣わずに?

ホフマイヤー:そもそも私は唇の力を使って吹いていませんからね。口の周りの筋肉を使わない奏法で吹いている。高い音でも唇を巻くことはしない。ギターで言うなら、弦を巻いて張るのではなく、ただフレットを押さえるだけ……口笛を吹くのと全く同じ吹き方です。

呼吸法のトレーニングなどは? ゆっくりとしたメロディを、ホフマイヤーさんのようにレガートで美しく吹くにはブレスコントロールのトレーニングも必要だと思いますが。

ホフマイヤー:息そのものをトレーニングするよりも、口を開いたまま吹けるようにするのが秘訣なんです。口を開いたままにすれば、柔らかく繊細なアンブシュアが作られて、息を自然に通して吹けるようになる。とにかく、唇の振動する部分を潰してしまわないこと。口を開けっぱなしにして、振動が逃げないようにする。そして、これは異論もあるけれど、私はマウスピースに口をしっかりと当てることを意識します。

ハープやヴァイオリンとのデュオでも活動されていますが、音量のバランスをとるのが難しくはないですか?

ホフマイヤー:これは、とても難しい。楽器の発音や響き方が異質なものどうしの組み合わせですからね。でも、それだけやりがいがある。お客さんから観たら、まるで小枝の上に象が乗っかって踊っているような驚きと面白さがあると思う。そんな軽やかな演奏も、まさに私の腕の見せどころです。

文京シビックホールのリハーサルで演奏するホフマイヤー氏。マウスピースに口をしっかりと当てている。この日は本番の舞台衣装をホテルに忘れたが、靴とは異なるためか取りに戻った。

〈B&S〉“Fanny”モデル

軽やかに演奏できる楽器も重要になりそうですね。いまお使いの楽器(〈B&S〉3100WG “Fanny”)はそうした要求に応えてくれる?

ホフマイヤー:こんなにキラキラした音でクリアに軽く吹ける楽器は他にないと思う。倍音がとにかく豊かで、どんな場面でも私を支えてくれています。

Fanny”モデルの開発に関わったのですか?

ホフマイヤー:いえ、元々は3100WGシリーズの中で、ゴールドブラスの特別仕様モデルとして作られていたものです。私が大学生になってF管を買わなければいけなくなったとき、フランクフルトのメッセにたまたま中古で出ていたこの楽器を見つけた。とにかく素晴らしい楽器で、すぐに購入しました。以来、今に至る27年間、その同じ楽器をずっと吹き続けています。

Fanny”(ファニー)の名前の由来は?

ホフマイヤー:私が吹き始めてから、この特別モデルを標準モデルにしたいといわれ、私が名付けました。バイエルンのバンドにはテューバに女性の愛称を付ける習慣があるんです。それで私が「シュテファニー」の「ファニー」にしようと。これまでいろんなFテューバを試したけれど、幸運にも私が最初に手にしたこの楽器が一番素晴らしいですね。

F管は難しい楽器だとよくいわれますが。

ホフマイヤー:低音、Fからその下のCまでが出にくく難しいとよくいわれる。でも、頬を固くせず、楽に吹ければ難しいことは全くありませんよ。

F管を購入したい学生たちにアドバイスするとしたら?

ホフマイヤー:最初から良い楽器を買うことです。これはとても大事なことです。良いテューバは何十年経っても価値が落ちることがない。最初から価値あるものを使うことを勧めます。

アンドレアス・ホフマイヤー氏の使用されている〈B&S〉3100WG Fテューバ “Fanny

クリエイティブな音楽家を育てたい

最後に、ホフマイヤーさんのように超絶技巧を駆使してソロを吹きたいと思う学生は多いと思いますが、そんな学生たちにアドバイスできることは?

ホフマイヤー:二つあります。一つは、本番を、それもできるだけ大きな本番を多く経験すること。もう一つは、テューバ以外も含めて素晴らしい演奏家の演奏をたくさん聴くこと。テクニックは誰でも身につけられるものです。最初は吹けそうに思えなくても、吹けるところだけを、音3つだけ、4つだけでもいいから最小単位に小分けし、吹けるところを根気よく増やしてつなげて行くことです。それをやらないと、吹けない部分は一生かかっても吹けないでしょう。もちろん音楽性や想像力、潜在的な意識にあるものなどは才能の問題なので、それを伸ばせるかどうかは環境にも左右されるけれど。
 私の学生たち(ホフマイヤー氏はザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学教授)はソロにもたくさん取り組みます。私の仕事は「音楽家」を育てること。テューバ奏者としてだけでなく、音楽家として自立できれば、どんなジャンルでもお金を稼いでいくことができますからね。そのためには、クリエイティブな音楽家をめざすこと。クラシックの枠にとらわれずに、様々なことに挑戦して欲しい。仕事はいつの時代でも限られています。限られた仕事の中で、それでも食べていけるようになること。仮にストリートミュージシャンになったとしても、ただ演奏するだけじゃなく、どうお客さんとコンタクトをとり、どのように振る舞えば多くの人たちを引きつけることができるのかを考える。そうした力を総合的に身につけることができるようになって欲しいと思っています。

写真左から:佐藤拓氏(取材・執筆)、アンドレアス・ホフマイヤー氏、石坂浩毅(テューバ奏者・通訳)

アンドレアス・ホフマイヤー氏の使用されている楽器
〈B&S〉3100WG Fテューバ “Fanny
〈Melton Meinl Weston〉Bbテューバ “Fafner”

Tuba Showroom
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