ブログVol.14 – シャリュモー、クラリオン、アルティッシモ音域:クラリネットの音域と、レジスター切替の科学
国際的なクラリネット奏者として多彩な演奏活動を行い、パリ地方音楽院やローザンヌ高等音楽院で教鞭をとるフローラン・エオー氏。エオー氏がフランスで執筆中のブログの日本語版を、シリーズ化してお届けいたします。
クラリネットの音域構造と倍音の仕組み
今日はやや専門的な話題をご提案します……もし難しく感じたら、遠慮なく動画へ直接進んでください。
まずは簡単な音響学の復習です。
音は、基音と、それに付随する倍音(部分音)の系列から成り立ちます。
クラリネットの特徴は、この倍音系列のうち奇数次の倍音しか発生しないことにあります。
フランス語で「カナール(canard=鴨)」と呼ばれるのは、この奇数倍音の一つが意図せず突出して鳴ってしまう現象――いわゆる“裏返り”――のことです。
基音「ド」から得られる一連の“裏返り”は次のとおりです。
最初に現れる奇数倍音は第3部分音のソで、基音より完全12度上に位置します。
フルートの場合は、最初に現れるのが第2部分音のド(1オクターヴ上)です。
このため、クラリネットには、フルートのような「オクターヴ・キー」ではなく、「12度キー」(レジスターキー)が備わっているのです。
基音(すべて「第1音」)によって形成される領域と、それに加えて喉音(スロートトーン)で構成される中音域とが一体となって、クラリネットの低音域「シャリュモー」を形づくります。
シャリュモー、クラリオン、アルティッシモ各音域の特徴と演奏法
第3部分音(12度上)が高音域「クラリオン」を構成します。12度キー(レジスターキー)は、この倍音を選別して発音するための仕組みです。
さらに、第5部分音(17度上)は超高音域「アルティッシモ」(仏語:スュル・エギュ)を形成します。
この音域では、左手人差し指孔を開放することで、特定の倍音を選びやすくなります。
基音から離れるほど、倍音はわずかに低め(フラット気味)に出やすくなるため、アルティッシモ音域では第4キー(A♭/E♭キー)などによる音程補正が必要になります。
この領域では、同じ音でも異なる倍音系列を利用する複数の運指が存在します。
例1:アルティッシモの ソ は、低音のラの第3倍音(第7音)として得ることができます。(図内の「12」はレジスターキーを指す)
この場合、本来ファ♯に相当する音を、第4キー(A♭/E♭キー)+左手薬指開放という組み合わせで、2つの音孔を開けることでソへと導いています。
例2:同じ ソ を、ミ の第2倍音(=第5音)として出すことも可能です。
この運指は、例えば第5キー(H/F♯キー)を用いて音程を微調整することを前提としています。
レジスター切替と息圧コントロールのコツ
レジスター(音域)の切り替えは、初学者にとって最大級の難関の一つです。
ラ⇄シ(A⇄B)の切り替え、12度跳躍、あるいはアルティッシモ音域では、上級者にとってもなお繊細なコントロールが求められます。
以下に、ト長調(G-Dur)の音階を例に、レジスターの切り替え位置を示します。
マークされた箇所は、レガートや音のコントロールの面で特に難所です。とりわけ下行時には、切り替え区間で息圧をわずかに緩め、軽い陰圧(デプレッション)を作ることで安定しやすくなります。
“ロボット・クラリネット”での実験
次の動画では、人工演奏装置による実験を紹介します。
冒頭のシャリュモー音域は問題なく再生されますが、最初のシャリュモー→クラリオンの切り替え(約26秒付近)で、ロボットは早速“洗礼”を受けます。
クラリネット奏者の技とは、このレジスターの難所を息圧の精密な調整によって乗り越えることにほかなりません。
とはいえ、これは決して容易なことではありません。
出典:YouTube「ROBOCLARINET – UNSW」
機械式クラリネットロボット「ROBOCLARINET」による演奏実演。UNSW(ニューサウスウェールズ大学)による研究プロジェクトの一環と考えられ、人工口・息圧制御・指操作による音響性能を可視化した映像です。
どれほど精巧なロボットでも、クラリネット奏者の技術を脅かす段階には、まだ到達していません。
※ 本記事は、フローラン・エオー氏のご承諾のもと、2011年8月26日に公開されたブログ記事を株式会社 ビュッフェ・クランポン・ジャパンが翻訳したものです。翻訳には最新の注意を払っておりますが、内容の確実性、有用性その他を保証するものではありません。コンテンツ等のご利用により万一何らかの損害が発生したとしても、当社は一切責任を負いません。