ミシェル・アリニョン氏 教授法 第10章:重音奏法(マルチフォニックス)
重音奏法(マルチフォニックス)や超高音域は、どのような感覚と技術によって支えられているのか。本章では、パリ国立高等音楽院元教授ミシェル・アリニョン氏が、倍音、舌の位置、口腔内コントロール、そして空気の速度と圧力の関係を、ジョゼフ・マルキの逸話も交えながら語ります。ハインリッヒ・メッツェナー元教授による記録をもとに、現代奏法の理解を深める示唆に富む対話をお届けします。
※本記事は、Cladid-Wiki(Haute École Spécialisée de Lucerne, HSLU)に掲載された
「Michel Arrignon — Pédagogie de la clarinette」
(執筆:Heinrich Mätzener/2018年5月4日・マント=ラ=ジョリー)の
公式日本語翻訳版です。
著者 Heinrich Mätzener 氏および Camille Arrignon 氏の許可のもと、
ビュッフェ・クランポン・ジャパンが翻訳・編集を行っています。
HM:これについては、これまでも多少触れてきました。というのも、倍音を鳴らすことも、舌の位置の問題だからです。たとえば、ファ(低音) を吹いて、次に ド₂、そして ラ₂、さらにその後に続く倍音を ― レジスターキーを使わずに ― 出そうとすると、口腔内のコントロールを働かせることになります。そして、それはマルチフォニックスを行うときと同じ技術なのです。
MA:ええ、その通りです。実際、最も難しいのは ― 決まった運指のないマルチフォニックスです。つまり、低いミ、ファ、ソを基音とする倍音、そしてより広く言えば、シャリュモー音域の倍音です。この場合は基音そのものが土台になっているので、どこかのキーを押してしまうと、その基音が失われてしまいます。ですから、まさにおっしゃる通りです。
HM:低音のための舌の位置と、高音のための舌の位置を混ぜ合わせ、それを息の流れのコントロールと組み合わせる、ということですね。
MA:そう、それに加えて ― 期待される結果を自覚することも重要です!たとえば学生に教えるとき、やるべきことを丁寧に説明して、見せてあげても、本人に目指す結果への意識がなければ、できるようにはならない。とはいえ、そこまで心配することではありません。本当に必要になれば、最終的には誰でも自分なりの解決策を見つけますから。 ― 必ず!
HM:その通りですね。現代音楽でも、最初は「これは不可能だ」と思っても、時間をかければ、必ず何かしらの方法を見つけられます!
MA:ええ、その通りです。
10.1. 超高音域
Le suraigu
HM:超高音域の音というのは、結局のところ、すべてシャリュモー音域の倍音なんですよね。私は ド₄ 普通に出すことができます。時には、使用する器材(リードとマウスピース)によっては、レ₄、レ♯₄ まで出せます。でも、中には ファ₅ まで吹く人もいますよね!
MA:ええ、ファ₅ ― ええ、私も聴いたことがあります!私自身はそこまではいきませんが、状況によっては レ や レ♯ までは出せます。
超高音域を吹くには、少ししっかりした、ただし硬すぎないリードが必要です。では、どんなアンブシュアかというと、それはマルチフォニックスと同じです。つまり、最高音域を吹くときの感覚をそのまま使うのです。そうすると、「ああ、出せるんだ」とわかります。
難しいのは、むしろ、しばしば非常に複雑になる運指のつなぎのほうです。音そのものを出すことは、それほど難しくありません。ここでも、重要なのはイメージの持ち方です。10年か15年ほど前までは、私にとって超高音は本当に厄介でした。とても不自由で、ひどく苦手意識がありました。でもある日 ― これはあなたを笑わせるかもしれませんが ― クラリネットとは直接関係のないことをきっかけに分かったんです。
数年前のことですが、私はフランクの《ヴァイオリン・ソナタ》を練習していました。
HM:ヴァイオリンのための、ですか?
MA:ええ、ヴァイオリンのためのソナタです!私はどうしても吹いてみたかった。もちろん、最初はできませんでした。でも、どうしてもやりたかったので続けたんです。そしてある日、気づいたんですよ!舌の位置 ― そう、まさにそこが決め手だったんです。そこがポイントで、そうすれば、かなり容易に高音まで行けるんです。
HM:すごいですね!
MA:いえいえ、すごくなんかないですよ! 偶然なんです。私はこの曲が大好きで、ただ自分のためにやっていただけなんです。誰にも聴かせませんでした。当時の私の超高音は、とても不安定でしたからね……。もう少しだけ説明すると、これは速度の問題なんです。
HM:空気の速度、ですね。
MA:ええ、舌をリードのすぐ近くに置いた状態での空気の速度です。
HM:舌の形や位置はどうですか?
MA:舌を後ろに引けば引くほど、口腔内の空間は大きくなります。でも、超高音を出すには、その逆――つまり空間を小さくしなければなりません。
HM:空気の出口の形を変えるために、ということですね。
MA:以前、ある日、変イ調クラリネット(A♭管) を吹く奏者を聴いたことがあるんです。吹奏楽団の一員でしたが、信じられないような吹き方で、私は「どうやってるんだ?」と本当に不思議に思いました!
HM:私も試してみましたが、ほんの少しだけです。
MA:私も試しました。でもやはり ― 全く音が出ませんでした!低音の ミ すら、何も。理由は同じです。使っている器材がまったく違う、特別なものなんです。マウスピースは閉じていて、まるでリコーダーを吹いているような感じです。自然に鳴る ― 圧力をかけないんです。唇でも息でも、余計な圧をまったく加えない
HM:面白いですね。あんなに高い音を吹いているのに、低音域よりもずっと圧力が少ないなんて!でも、空気の流れはずっと速い。
MA:とても速いんです!
10.2. ジョゼフ・マルキ
Joseph Marchi
MA:このクラリネット奏者、ジョゼフ・マルキという人のことをご存じかどうかわかりませんが (*) 、彼は「マルキ・システム」と呼ばれるものを考案した人です。クラリネットにキーを一つ加えることで、High C(contre-ut)よりさらに上まで上がれるようにしたのです。最初は別の製作者と組んでいましたが、その後ここ、〈ビュッフェ・クランポン〉でも仕事をしていました。よく覚えています。
興味深いのは、そのキーを考案したこと自体ではありません。むしろ、やがて彼自身が、そのキーがなくてもできるということに気づいた点です。なぜできたのか。キーを使って吹くうちに、別の吹き方そのものにも慣れていったからです。
(*) 参考文献:Joseph Marchi, Guy Carrière, Méthode moderne de clarinette(現代クラリネット教則本), Valencia, Piles, 1971.
10.2.1. 超高音域では:空気は速く、圧力は低く
Pour le suraigu : air vite, pression basse
MA:失礼、ここは大事なので強調させてください。彼は簡単なマノメーターのようなものを使っていました。そこから細いチューブが出ていて、それを口に入れると、圧力がメーターに表示されるのです。
そして、これから言うことは本当に驚くべきことです。シ1、ミ2、シ2あたりまでは圧力はかなり強い。ところがシ2から先は下がりはじめる。高音域のミ3、ファ3、ソ3では、ほとんど圧力がない。さらにシ♭3、ラ3、シ3、ドでは、いっそう少なくなるのです。
20年、25年前の私は、これとはまったく逆のイメージを持っていました。高音へ行けば行くほど、もっと圧をかけるのだと思っていたのです。ところが実際には、口の中にその小さなプラスチックのチューブを入れて吹き、メーターを見ると、「そんなはずはない」と思うほどでした。
HM:高音域では圧力が低いんですね……。
MA:高くなればなるほど、下がるのです。
HM:そして空気の速度も要因になりますね。圧力、速度、空気の量――その三つをよいバランスに保つ必要がある。
MA:たぶん、電流の理屈に近いのでしょうね。
HM:ええ。気体や水でも同じです。ヴェンチューリが示したように、流体や気体の粒子が加速する領域では、圧力は低下します。
MA:そう、それです。私は専門家ではありませんが、一定の要素がある一方で、変化する要素もある。そして、それは必ずしも私たちが思っている通りではありません。正確に説明はできませんが、そこにはそうした法則との対応があるし、流体の話とも通じるところがあるのだと思います。
空気の速度は非常に速い。空気の量はごくわずか。こうした感覚は、長い時間をかけて身につけてきたものです。
HM:クラリネットの管の中に振動を起こし、エネルギーを与えるには、ほんの少し空気を通すだけで十分なのですね。
MA:きっとあなたもご覧になったことがあるでしょう。私も見たことがありますが、そのことを詳しく語れる立場ではありません。ただ、不思議なことに、クラリネットの中では振動がベルの手前で止まり、そこからマウスピースのほうへ戻っていくのです。本当に奇妙です。
私はIRCAM(イルカム = フランス国立音響音楽研究所)の研究者たちやアンサンブル・アンテルコンタンポランと仕事をしたことがありますが、彼らはそのことに強い関心を持っていましたし、今もきっとそうでしょう。もちろん理論はあります。しかし理論が前提にしているのは、仮想的な一本の管です。私たちが使っているのは、そうした仮想の管ではありません。
木の厚みを半分にしただけでも、まったく別のものになってしまいます。〈ビュッフェ・クランポン〉と一緒に“Elite”というクラリネットを作ったとき、ボアではなく木の厚みを薄くしたことがありました。とても興味深い試みでしたが、それまで知っていたものとはまったく違うものになりました。
(*) 編集注:原文は do3 となっているが、前後の文脈上は do4 に相当する可能性がある。
原文:Michel Arrignon — Pédagogie de la clarinette(Cladid-Wiki / Haute École Spécialisée de Lucerne)
執筆:Heinrich Mätzener(2018年5月4日/マント=ラ=ジョリー)
日本語訳・編集:ビュッフェ・クランポン・ジャパン
翻訳および公開は、Heinrich Mätzener 氏および Camille Arrignon 氏の許可に基づいています。
本文
このページは 「ミシェル・アリニョン教授法 — クラリネット教育における哲学と実践」 シリーズの一部です。