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テューバ奏者 佐藤潔氏

佐藤 潔氏 インタビュー|東京都交響楽団で35年、テューバと低音に向き合った軌跡

1991年に東京都交響楽団へ入団し、2025年3月31日をもって退団したテューバ奏者・佐藤潔氏。オーケストラ奏者としての35年、東京藝術大学時代からアメリカ留学で受けたトミー・ジョンソンの厳しいレッスン、そしてテューバの「低音」と真正面から向き合う姿勢まで。長年の経験に裏打ちされた言葉から、テューバという楽器の本質と演奏への考え方が立ち上がります。

長年在籍された東京都交響楽団を2025年に退団されたのですね。

僕の世代は60歳が定年ですが、その後5年間の再雇用を経て3月31日で退団いたしました。

佐藤さんが都響に入られたのは……。

35年ほど前です。1990年の11月にオーディションがあり、試用期間が明けて団員になったのが91年の3月1日から。僕が31歳のときでした。

初めてのプロオケですか?

いいえ、その前に新星日本交響楽団に1年間在籍していました。今は合併して東京フィルになっているし、実際に東京フィルには居たことがないのにそう書くのも変だと思って、プロフィールには書いていません。
90年の3月31日で都響前任者の安元弘行さんがお辞めになって、11月にオーディションがあって、という流れですね。

入団当初はどんな感じだったのですか。

それまでと違う人間が入ってくるわけですから、やはりお互いに違和感はありましたね。
それで、よくコントラバス首席の方に意見を聞きに行っていました。そうすると「自分たちとしてはもうちょっとこうしてくれるとありがたい」というような話を弾きながらしてくれて、それは目から鱗の経験でとても大きな影響を受けました。

トロンボーンではなく、コントラバスだったのですね。

トロンボーンと合わせるのはもちろんですが、同じ音や音型を演奏することが多いコントラバスの人たちがどういう演奏をしたいと考えているのか、あるいは音の形やニュアンス、音程をどうしたいと思っているのかにも興味を持ちました。

佐藤潔氏

トミー・ジョンソンの厳しいレッスン

話は遡りますが、東京藝大時代のお話を聞かせていただけませんか。

一浪して入ったのですが、テューバは1年生が2人しかいなかったんですよ。2年生がユーフォニアム2人、3年生は今では考えられませんが該当者なし!、4年生がユーフォニアム2人でした。その一つ上の学年に東京佼成ウインドオーケストラテューバ奏者だった小倉貞行さんがいらっしゃいました。

僕は高校2年生の秋ごろから当時N響の多戸幾久三さんのレッスンを受けに東京へ出てくるようになって、その帰り道に東京藝大に顔を出して練習など見学していたんです。そこで小倉さんにロジャー・ボボのレコードを聴かせていただいたことが、本当にカルチャーショックでした。「これ、本当にテューバなの?」ってね。

僕が東京藝大に入ったときには小倉さんはもう卒業されていて、カリフォルニアに留学してロジャー・ボボのもとで勉強なさっていました。それで、インターネットなど無い時代でしたからエアメールで「ロジャー・ボボのレッスンではどんなことをしていますか?」「今どんなエテュードを使っていますか?」などやりとりして、教えてもらったことを真似していました。

それで卒業後にアメリカに留学したわけですね。

はい。ところが、その時期ロジャー・ボボは学校で教えるのを辞めていたので、紹介されたのが、彼の親友で南カリフォルニア大学で教えているトミー・ジョンソンでした。いざ行ってみたら、ブラスクインテットを吹きなさい、ウインドアンサンブルを吹きなさい、オーケストラを吹きなさいと、いろいろなことがセッティングされていて、たくさんのリハーサルをしなければならならない。当然全部英語です。周りは僕より若いけれど、すごい才能を持つ人たちばかり。

ただ経験という部分では僕の方が多少あったから、それを必死に伝えようとしました。周りのみんなも僕のなかなか出てこない英語やカタカナをじっと待って聞いていてくれましたね。発音を直されたり、言い回しを教えてもらったりしながら、なんとか馴染めるようになりました(笑)。

ちなみにトミー・ジョンソンは主にハリウッドのスタジオで活躍した人で、一番有名なのは『ジョーズ』ですけれど、ハリウッド映画の華やかりし頃のサウンドトラックは、全て彼が吹いていました。

きっと一度は耳にしたことがあるテューバなんですね。

彼によって、ハリウッドではテューバの概念が変わったそうです。以前は録音機器が優秀でなかったこともあり、コントラバスなどの低音がうまく録音できなかったので、それを補強するためにベルが前を向いたテューバを複数入れるのが通例でした。

ところがトミー・ジョンソンが現れたことで、テューバという楽器を単独の楽器として扱う作曲者が増えていったそうです。僕が高校生のときにロジャー・ボボの音をレコードで聴いた時に「これ、本当にテューバの音なの?」と思ったのと同じように、全てに音がはっきり、くっきり聴こえてくる。まるでレーザービームのように遠くまで届くのです。その「ハッキリ、クッキリ」した音は、トミー・ジョンソンのレッスンでも常に聴けました。

テューバのサウンドとしては独特ですね。

ロジャー・ボボとトミー・ジョンソンが高校生の頃、その地域にはテューバの先生がいなかったためにトロンボーンの先生に習っていたそうです。そのため使うエチュードも全部トロンボーンのもので、それをオクターブ下で吹く。だから彼らの頭の中にあるサウンドのコンセプトはきっとトロンボーンなんでしょうね。それに比べると自分の音は全然ハッキリと聞こえない。日本の同世代の中では割としっかりした音が出せると思っていたのに、レッスンでは「音が全部ディミヌエンドしているから、もっとまっすぐ吹きなさい」「もっとクリアーなアタックで」とか言われてました。

レッスンではどんなことをしたのですか。

「自分の得意なことだけやっていてもダメ」ということで、ものすごく高い音やものすごく低い音をエチュードで吹かされました。例えば、レッスンのたびにトロンボーンのロッシュ(原曲:ボルドーニ)の『メロディアス・エチュード』を1オクターブ下と2オクターブ下、後半のレッスンでは楽譜通りで、それからコープラッシュの『60のエチュード』とブラゼヴィチの『70の練習曲』とブルームの『36の練習曲』から計4曲が毎回の課題として出されました。

トロンボーンの1オクターブ下はともかく、2オクターブ下でも練習しなければならないんですね。

そうですね。ペダルトーン付近の音域まで、日常的に吹くということをしていました。しかも単に「この音が出ますよ」ではなく、きちんと旋律にしなければならない。下の加線4本のFやその下のDなどを当たり前に吹かされて、「もう少しテンポを早くできるかな?」と言われたり。しかもコース修了のリサイタルに向けて課題はどんどん増えていき、朝ご飯を食べたら学校に行って夜11時くらいまで練習して、帰ったら夜ご飯を食べて寝る、という生活が続きました。先生からしたら特に大変なことをやらせているという意識はないのでしょうがそうせざるを得ない環境。言えば「無言のスパルタ」ですね⁉︎ 僕も基本的に負けず嫌いだから、周りの学生たちに負けないようにがんばっていましたけれど、ときには過呼吸で左半身が痺れるようなこともあって、「このまま続けて大丈夫なのかな?」と思うこともありました。

でも、相当鍛えられたのではないですか。

それをやったからと言ってすべての人がいい結果に結びつくかどうかわかりませんが、僕はすごく鍛えられましたね。低い音を吹くためにどれだけ息を吸わなければならないかとか、吹き続けるためにどう息を使うのか、などを身に付けられたと思います。

それから、当時は知らなかったことですが、オーケストラではショスタコーヴィチやプロコフィエフなど、下の加線が4本、5本などの音域がよく出てくるわけです。そのときになって「こういうときに役に立つのか」とわかりました。

超低音は3種類のアンブシュアを使い分けて吹く

それにしても、そこまで低い音を出すのはなかなか難しいですよね。

「T.J.(=トミー・ジョンソン)シフト」と言って、低い音を出すときにマウスピースを当てる位置を変化させるんです。具体的には上唇をより多く振動させるために、マウスピースが上に動きます。それもできるようにはなったのですが、僕はシフトして切り替えるのではなくペダルトーンからすべての音域をつながり持って吹けるようにしたいので、それほど使う場面は多くありません。しかし「T.J.シフト」を使うことで低音でもはっきりとした音が出せるので、それもできたほうが良いと考えています。

たとえばブリテンの《青少年のための管弦楽入門》の冒頭が加線5本のDなんですよ。それをfではっきり吹かなければならない。そういうときには「TJシフト」を使うと最初からバーンと音が出るんです。

いくつかのアンブシュアを使い分けているわけですね。

僕の場合は3種類は使えるようにしています。普通の音域から下がっていってB♭くらいまでは続けて旋律線を吹けるノーマルなタイプ。ペダル付近からその下のFくらいまではっきり吹くためのT.J.シフト。もっと下の音域になると、逆にマウスピースの位置を少し下げて下唇を振動させるようにしています。楽器によってはこれで加線2本のCの2オクターブ下まで出せます。

そんな低い音、使うんですか?

実はウィリアム・クラフトがロジャー・ボボのために書いた《エンカウンターII》という曲の中に出てきます。まあ、ほぼそれだけのための秘密兵器みたいなものです(笑)。

現在、武蔵野音楽大学と昭和音楽大学で教えていますが、どのようなことを重視していますか。


基本的には、自分がトミー・ジョンソンにもらったような刺激を与えたいと思っています。自分自身も受けた良い意味での厳しいレッスンを経験してもらいたいと思うのですが、今の学生さんは忙しいんですね。たくさんのカリキュラムが組まれているから、朝から晩まで1人で練習するわけにもいかず、1週間で何冊ものエチュードを準備してくるのは過酷かもしれません。

それでも毎回の課題はかなり多いので、きっと学生からは「面倒くさいおやじだな」と思われているんじゃないでしょうか。でもレッスンでは僕も一緒に吹くんですよ。だから学生もやらないわけにはいかない。だって、目の前のおやじが吹いているのだから、若者が吹けなくてどうする。まあ時代遅れかもしれないけど、それもある意味では「無言のスパルタ」ですね⁉︎僕はそうやって育てていただいたおかげで、様々なジャンルの仕事ができるようになったと思います。そこは学生たちにきちんと伝えたいですね。
テューバの「低音」と真正面から向き合ってほしい。

ところで、テューバ吹きの中には楽器コレクターがけっこういますが、佐藤さんは?

まあ、そこそこ、でしょうか。C管で言えば大学3年生のときに買ってもらったミラフォンの186CCは手放さないで持っています。その後ルドルフ・マインルの3/4と5/4を買いました。〈メルトン・マイネル・ウェストン〉の“2000”も長い間使っていました。それからヴァルター・ニルシュルのヨークタイプと4/4のハンドメイドの楽器ですね。F管は留学中に買ったB&Sのペラントゥッチ第一世代の楽器と、ヴァルター・ニルシュルが2本、ヤマハYFB-621のプロトタイプ。それに〈メルトン・マイネル・ウェストン〉のチンバッソとトラベルテューバくらいでしょうか。

都響では、団の楽器として〈メルトン・マイネル・ウェストン〉の“5450THOR”(C管)と“45SLP”(F管)を買ってもらいました。これは、例えばエキストラに誰が来ても吹きやすい楽器ということで選びました。もちろん自分でも使っていました。

“5450THOR”は非常にバランスのよい、信頼できる楽器です。その前に自分でも“2165”という楽器を使っていました。ニューヨーク・フィルのワーレン・デックのために作られた楽器ですが、個人的に彼が大好きで、追いかけていたんです。それを元にアラン・ベアが監修したのが今の“6450”ですね。ちなみにF管の“45SLP”もワーレン・デックが使っていた楽器ということで選びました。

“5450THOR”は、ブルックナーの交響曲第7番第2楽章でこの楽章だけ舞台上を下手に移動してワーグナーテューバとコラールを吹くときなどに使ったのが思い出深いです。下手にマウスピースもセットした“THOR”を置いて、そこまで歩いて移動していきなり吹くという厳しいミッションでした。あとは現代曲で激しい跳躍があったり、突然ffやppを吹かなければならないときにも、この楽器の機能性に助けられましたね。ミュートを付けても安心して吹けるし、万能な使いやすい楽器だと思います。

佐藤さんの、B&S〉や〈メルトン・マイネル・ウェストン〉のブランドや音に対するイメージはどのようなものですか。

どちらも楽器のクオリティが非常に高いので、安心して使える楽器だと思います。イメージとしてはやはりドイツ人の好みが強く影響しているような気がしますが、往年の頑固な音色は少し薄まってきて、インターナショナルなものになっているのではないでしょうか。いずれにせよ、僕としては楽器の持つイメージの中で吹くのではなく、それを打ち破って自分の音色を追求して行けたら良いなと思っています。

最後に、これからを担う若いテューバ奏者にメッセージをお願いします。

今の学生を見ていると、大きな問題が2つあるように思います。まずレッスンというものは「できないものを先生ができるようにしてくれるもの」という意識があるのではないでしょうか?しかし今日お話ししたように音楽大学のレッスンは自分で充分に練習して準備した結果を聞いてもらい、アドバイスを受けて学習し成長していくものですからそれを理解してほしいです。

もう1つ、最近はソロコンクールを受ける機会が増えました。そのため難しい曲に挑戦してがんばって難しいフレーズを吹き、厳しい高音域の音を出す。しかしコンクールの課題曲などに多くの練習時間が取られてしまうことで、基礎練習やエチュードやオーケストラスタディが少し隅に追いやられているような気がします。勿論ソロを吹くなと言うつもりはありませんが、ソロの練習に集中して作り出された音は、僕にとってはあまり豊かな音に感じられないんです。

テューバでどんなに高音をがんばってもピッコロトランペットより高い音が出るわけがありません。テューバが存在する大きな理由のひとつは他の金管楽器では出せない低音域を豊かに演奏できることだと思います。例えばバストロンボーンでも同じ音域は出せますが、テューバで吹くのとは明らかに違うサウンドになりますよね。そのことに真正面から向き合ってほしいと思っています。

ありがとうございました。

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