フレンチトランペットが選ばれる理由 — フランス奏者の実践・音色・文化背景
フランスの多くのオーケストラで、近年、フレンチトランペットが自然に選ばれる光景が広がっています。とりわけフランスのレパートリーにおいては、編成規模を問わず、「この音色でこそ成立する」と感じる奏者が確実に増えてきました。編成の規模や音楽の性格に応じて、奏者自身が楽器を選び取っていく ― その判断の積み重ねのなかに、フレンチトランペットの本質が息づいています。
アドリアン・ジャミネ氏 インタビュー・シリーズの最終回となる本稿では、開発者ジャミネ氏へのインタビューを通じて、フランス・レパートリーにおける必然性、そして他ジャンルへと広がる際の「選択の基準」に焦点を当てながら、フレンチトランペットが、いま演奏現場でどのように受け止められているのかを探ります。
現場が語る“不可欠”への道
いまフランスの現場で起きている変化
ジャミネ氏が設計したCトランペット(実音がCで鳴るトランペット。フランスでは教育やオーケストラで伝統的に重視されてきた)には、
・ 最もフランス的な響きを体現する“アルフレッド”、
・ パワフルなトランペットにフランス的なエッセンスを加えた“リュドヴィック”、そして、
・〈アントワンヌ・クルトワ〉との協働から生まれ、全体のバランスに配慮した“コンフリュアンス”
があります。
これらの楽器は実際の演奏現場で、どのような奏者に、どのような場面で選ばれているのでしょうか。
その使われ方は、オーケストラや奏者との「相性」によって実にさまざまです。
ドイツのロータリー・トランペット(主にドイツ・オーストリア系で用いられる回転式バルブのトランペット)のように楽団全体で導入されるケースもあれば、特定のレパートリーを大切に演奏したいという思いから、奏者自身が個人的に購入し使用する場合もあります。
とりわけ興味深いのは、中規模から室内オーケストラ程度の編成において、楽器と編成のバランスが非常に良い形で成立している点です。
比較的小さなホールでコンパクトなレパートリーを演奏する場面では、“アルフレッド”が驚くほど自然にオーケストラに溶け込みます。
ブルターニュ国立管弦楽団の二人の奏者は、「従来の楽器は編成に対して大きすぎ、実際の響きとは合っていなかった」と気づき、“アルフレッド”を試したところ、理想的にフィットしたと語っています。
さらに注目すべきなのは、フランス音楽に限らず、他国のレパートリーにまで“アルフレッド”が用いられるようになっている点です。ロワール地方のオーケストラでは、思いがけない作品で使用され、その結果、きわめて魅力的な響きが生まれたといいます。
以下はその一例として、該当の音源をお聴きいただけます。
参考音源|ロワール地方のオーケストラの演奏例
作品:ストラヴィンスキー《プルチネルラ》等(管弦楽組曲)
演奏:フランス国立ロワール管弦楽団
※以下のリンクから音源をお聴きいただけます。(フランスのトランペット情報サイト「TROMPETTE ACTUS」の記事にリンクしています)
演奏を聴く
写真右:ファビアン・ボリック(ブルターニュ国立管弦楽団首席奏者)とトランペット“アルフレッド”。中規模編成のオーケストラにおいて、自然な響きとバランスが評価され、実際の演奏現場で使用されている。
もっとも、こうした使われ方は“アルフレッド”に限った現象ではなく、オーケストラ活動全体を見渡すと、用途に応じて楽器を使い分ける奏者も少なくありません。
“リュドヴィック”は、フレンチトランペット特有の明瞭な発音を核にしつつ、編成規模やレパートリーの幅が広い現代オーケストラの現場で、柔軟に対応できるモデルとして位置づけられています。
それに対し、“コンフリュアンス”は、音程の安定感と音の並びの良さにより、レガートをかけやすく、精度の高い演奏を持続しやすい特性を備えています。高度な技術と集中力が求められる現代作品の現場で評価されている理由も、そこにあります。
実際、超絶技巧を要するレパートリーを数多く演奏するクレマン・ソニエがテスターを務め、演奏に用いていることは、このモデルの性格を端的に示していると言えるでしょう。
こうした特性から、フレンチトランペットの美学を大切にしながら、幅広い活動に対応したい奏者が、“リュドヴィック”と“コンフリュアンス”という組み合わせを現実的な選択肢として選んでいる姿も見受けられます。
もっとも、その選択がどの奏者にとっても同じように成立するわけではありません。
フレンチトランペットは、強い音圧で一気に鳴らすことを前提とした楽器ではなく、比較的少ない息でも音が立ち上がる設計が特徴です。そのため、とくに“アルフレッド”や“コンフリュアンス”のように、フレンチトランペットの美学を色濃く反映したモデルでは、短時間の試奏だけでは本来の特性を掴みにくく、息の入れ方や吹き方の調整、いわゆる「適応」の時間を必要とする場合があります。
一方で、“リュドヴィック”は、そうしたフレンチの要素を保ちながらも、現代オーケストラ奏者の身体感覚に自然に馴染むよう設計されており、比較的スムーズに移行しやすいモデルとして位置づけられています。
こうした前提がある一方で、楽器が世に出たあとは、奏者それぞれの現場において、想像を超える使われ方が生まれていきます。その広がりは、作り手にとっても大きな刺激です。
結果として、これらの機種は伝統的なオーケストラ作品にとどまらず、ジャンルを横断する演奏の場でも用いられるようになっています。
楽器は、奏者の判断と経験の中で位置づけられていく。
クラシックの枠を超えたレパートリーでは、どのような場面でその特性が生きていると感じていますか。
近年とくに顕著なのが、クロスオーバー系のプログラムにおける使われ方です。
とりわけ、映画音楽やブロードウェイ作品を想起させるタイプのレパートリーを、シンフォニックな文脈で演奏する場合、“アルフレッド”をハイパート(トランペット・セクションの中で、とくに高音域を担当するパート)専用として用いることが、非常に効果的だと感じています。
これらの作品は、高音域が長時間にわたって要求されるうえ、十分な遠達性(音量の大小ではなく、音がオーケストラの中や客席まで明瞭に届く性質)も必要とされるため、このような構成によって、パート全体に大きな演奏上の余裕が生まれるのです。
実際に使用した奏者達からは、「ハイパート(高音域)だけ“アルフレッド”で吹くと、全体がぐっと楽になる」という声が聞かれます。
もっとも、こうした効果は、誰にとっても即座に現れるものではありません。
とくに、現代的な大型トランペットに慣れた奏者の場合、息の使い方や音のイメージを調整するための適応期間が必要になることもあります。多くの奏者は、その過程を経てはじめて「無理に吹き込まなくても音楽が成立する」感覚を獲得していきます。
フランス音楽で「選ばれる必然」— 誇りとしてのフレンチトランペット
フランス音楽のプログラムを組む際、トランペット選びはどのような問題として立ち上がってくるのでしょうか。
現在、フレンチトランペットは広く認知され、多くの奏者が積極的に使用しています。独奏の場合、まず“アルフレッド”や“コンフリュアンス”を試し、レパートリーに応じて複数の楽器を使い分ける奏者もいれば、「フランス音楽はすべてこの一本で」と決めて演奏する奏者もいます。
いずれの場合も共通しているのは、フランスの奏者たちが、自国のレパートリーをフレンチトランペットで演奏することに確かな誇りを感じているという点です。その誇りの示し方が奏者によって異なるところも、非常に興味深い部分でしょう。
たとえば、トマ・ルルー(テューバ奏者/ソリスト)の兄であるロマン・ルルー(ソリスト)は、機会があれば必ず“アルフレッド”を選びます。「自分はアルフレッドで吹いている」と明確に語り、フィルハーモニー・ド・パリとの共同制作CDでも、最後のデュオで私とともに“アルフレッド”を演奏しています。
また、ダヴィッド・ゲリエ(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団首席奏者)は、オルガン奏者とのデュオ活動において“アルフレッド”を使用しています。
クレマン・ソニエ(アンサンブル・アンテルコンタンポラン首席奏者)は、〈アントワンヌ・クルトワ〉の“コンフリュアンス”(設計:アドリアン・ジャミネ氏、テスター:クレマン・ソニエ氏)を用い、高度な演奏技術を要する現代音楽作品を鮮やかに演奏しています。
このように、歴史と美学を背景に「なぜ自分はこの楽器を選ぶのか」を物語として示す奏者もいれば、特別な説明をせず、「ただ好きだから」という理由で使い続ける奏者もいます。
その両者が自然に共存していることこそ、フレンチトランペットがすでに演奏文化として定着している何よりの証と言えるでしょう。
実演で見る — フレンチトランペットが選ばれる瞬間
以下の実演映像では、実際の演奏環境の中で、それぞれの奏者がどのような場面でフレンチトランペットを選び、どのように響かせているのかを確認できます。
参考動画1|ロマン・ルルーによるトランペット“アルフレッド”の演奏
動画タイトル:Romain Leleu – trompette – Colombier Emmanuel – Polish Baltic Chopin Phil – G. Tchichinadze – Live
YouTubeチャンネル:Romain Leleu
演奏曲:ミシェル・コロンビエ作曲「エマニュエル」
出演:ロマン・ルルー、ジョージ・チチナゼ(指揮)、ポーランド・バルト海フレデリック・ショパン・フィルハーモニー管弦楽団
参考動画2|ダヴィッド・ゲリエによるトランペット“アルフレッド”の演奏
動画タイトル:Jean-Baptiste Robin – Parchemins de cendre
YouTubeタイトル:Éditions Billaudot
演奏曲:ジャン=バティスト・ロバン作曲、Parchemins de cendre(灰の写本 / トランペット“アルフレッド”からインスパイアされて作曲された。
演奏:ダヴィッド・ゲリエ(トランペット)、ジャン=バティスト・ロバン(オルガン)
参考動画3|クレマン・ソニエ氏によるトランペット“コンフリュアンス”の演奏
動画タイトル:We Are French Touch 2023 – Plein Cadre – Adrien Jaminet et Clement Saunier
YouTubeチャンネル:Bpifrance
演奏曲:ロベール・エリクソン作曲「クリール」(Kryl)
演奏:クレマン・ソニエ
「もう元には戻れない」— 音色が変えた美学と演奏体験
フレンチトランペットを使い「このレパートリーには当然フランスのトランペットを使います」と語るアーティストが、以前より増えてきていると感じますか。また、そうした奏者たちからは「もう元には戻れない」という言葉も聞かれますが、その変化は演奏のどのような部分に現れているのでしょうか。
はい、確実に増えています。それだけでなく、「この楽器のおかげでフランス音楽をもっと演奏したくなる」と語る奏者が増えているのが大きな変化です。
象徴的なのがシンフォニック・レパートリーです。マーラーのような作品はドイツ式トランペットが活躍し、夢のような作品群ですが、一方でフランス作品は洗練され、繊細な書法によってやや地味に感じられることもあります。
しかし“アルフレッド”で吹くと、「この少し削ぎ落とされた音楽を、新しい光の中で再発見できる」と多くの奏者が語ります。
マーラーを吹くときとは異なる歓び — より透明で純度の高い音楽に向き合う体験が得られるのです。
参考音源|レミ・ジュスメがトランペット“アルフレッド”を吹くラヴェルのピアノ協奏曲
演奏曲:Maurice Ravel, Piano Concerto in G Major, M. 83: I. Allegramente
演奏:アレクサンドル・タロー(ピアノ), ルイ・ラングレー(指揮), フランス国立管弦楽団
出典: Warner Classics
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つまり、いまでは「フランスのレパートリーはフランス式トランペットで吹く」が自然な選択になりつつあるのでしょうか。
ええ、その通りです。一度この楽器を使い始めると、「もう元には戻れない」と語る奏者が多いのです。他のトランペットで演奏すると「塩の入っていない料理」のように物足りなく感じる、と。
この「体感」を共有してもらうため、レミ・ジュスメとともに特別な形式のマスタークラスを行っています。歴史的背景を簡潔に解説し、作品ごとに“アルフレッド”で吹いてもらうと、20〜50人の聴講者から一斉に「おおっ」という反応が起こります。
この瞬間に、フランス式トランペットの意味が一気に伝わるのです。
教育現場に広がる影響 — 文化としての「定着」
そうした演奏体験の変化は、コンセルヴァトワール(フランスの国立・地方音楽院)での教育にも影響を及ぼしているのでしょうか。
プロを目指す学生にとって大きな影響があります。彼らはフランスのレパートリーを「意識的に」学び直し始めています。「フランスのコンチェルトとは何か」「どう演奏すべきか」を改めて問い直すようになったのです。
そして、フランス音楽への理解が深まることで、ロシア、ドイツなど他国のレパートリーにも異なるアプローチが必要だと気づくようになりました。同じ鳴らし方でどの音楽も吹いてしまうのではなく、文化に即した音作りを意識するようになる。
これはフレンチトランペットが教育に与えた最も興味深い影響です。
フランスを超えて — いま、フレンチトランペットが求められる理由
こうした変化は、フランス国内に限った現象なのでしょうか。フランス音楽以外、アメリカやイギリスのレパートリーを演奏するとき、音の美学という点でどのような違いが出てきますか。
ここから先は奏者の選択です。フランスに滞在した作曲家の作品 — ストラヴィンスキーなど — には“アルフレッド”が驚くほど自然に合うものがあります。
編成が比較的小さく、パート数が多すぎない作品では、楽器の「ちょうど良いサイズ感」がオーケストラに美しく馴染みます。アメリカの大型トランペットでは控えめに吹かざるを得ない場面でも、“アルフレッド”は無理なく響きを整えてくれるのです。
クロスオーバーやジャズの領域でも高い評価を受けており、今後さらに用途が広がると確信しています。
ありがとうございました。