フレンチトランペットの美学 ─ アドリアン・ジャミネ氏が語る伝統と響き
フレンチトランペットの開発者として、アドリアン・ジャミネ氏は独自の音色観と文化的背景をもとに、この楽器の美学を語ります。本記事では、「フレンチトランペットとは何か」という根源的な問いに対し、音色・文化・構造面からその本質を探ります。
「シャンパンの音」が示すフレンチトランペットの美学
先日ピエール・デゾレ氏(ボルドー国立管弦楽団 首席トランペット奏者)より、フレンチトランペットの特長は「シャンパンのような音」だ、というお話を伺いました。「シャンパンのような音」とは、具体的にどのような音色や鳴り、オーケストラ内での存在感を指すのでしょうか。
まず遠達性(いわゆる飛び・鳴り= 音量とは異なる「通り方」)についてですが、フレンチトランペットの音は非常に強い遠達性を備えています。そして切れ味があり、はっきりとした、きわめて精密で明晰な響きを持っています。
フランス語という言語自体がそうでしょう。フランス語には “T” や “D” といった硬質の子音が多く、明瞭なアーティキュレーション(音の立ち上がりや発音の明確さ)を特徴としています。ここで言う子音は、奏法で言えばタンギングの輪郭に近い感覚です。日本語にも共通する側面がありますが、こうした「はっきりとした子音」が、音に「きらめき」を与えるのです。
そのため、フレンチトランペットの音は、よくアーティキュレートされ、明るく透明感がありながら、決して攻撃的にはなりません。
「シャンパンのような音」という表現は、本当に的確だと思います。私自身もよくこの喩えを使いますが、発泡感、軽やかさ、エレガンス ― それらすべてが、フレンチトランペットの響きを象徴しているのです。
参考動画1|ニコラ・シャトゥネ氏によるトランペット吹き比べ
パリ国立歌劇場管弦楽団のスーパーソリスト、ニコラ・シャトゥネ氏が自身の作品を、一般的な設計のトランペットと、〈アドリアン・ジャミネ〉“アルフレッド”で演奏。フレンチトランペットに特徴的な輪郭(発音)やきらめきが、音の立ち上がりや響きの質感の違いとして、耳で追いやすい参考例です。
美学を支える文化 — アルバンから続く「エコール」の系譜
音響面と演奏・奏法の面から、フレンチトランペットとはどのようなものだと定義されますか。
フランスで若い奏者に話すとき、私はよく彼らが使っているメソッドを例にとります。
「アルバンの教則本を知っていますか?」(アルバン:日本ではアーバンの名で知られる)と聞くと、皆「知っている。」と答えます。
そこで私はこう言います。
「アルバンこそがフランス式金管の『神話的な出発点』であり、フランス金管楽器の創始者のような存在です。」と。
つまり、私たちはその長い遺産の果実なのです。若い奏者には「君はこの歴史の果実なのだ」と伝えます。
ジャン=バティスト・アルバン(1825-1889/教育者・作曲家)、ウジェーヌ・フォヴォー(1886-1957/奏者・教育者)、モーリス・アンドレ(1933-2012/国際的ソリスト)など、偉大なトランペット奏者たちの系譜があり、その延長線上に今日の奏者がいるということです。
そして「楽器そのものの歴史」と「演奏の学校」(= エコール。教育機関というより、奏法や美意識の系譜)は、常に強く結びついてきました。
ここからは、製作者としての私自身の感覚になりますが、私は美食が好きで、フランス料理と同じように、伝統と洗練が共存するところに魅力を感じます。ある料理には「正しい味わい方」があるように、フレンチトランペットにも、その文化を知ってはじめてわかる美学があります。知らずに自然とやっていることもあれば、一度文化を理解すると、同じ行為でもまったく違う味わいになる。フレンチトランペットとは、まさにそうした感覚に近いのです。
フレンチトランペットの音色を聴くことができるいくつかの音源、動画をご紹介しましょう。
参考音源1|Delerue: Fanfares pour tous les temps: I. Pour un temps de danse
楽曲:ジョルジュ・ドルリュー作曲、ファンファーレ
演奏:モーリス・アンドレ(トランペット)、ジョルジュ・ドルリュー(指揮)
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参考音源2|Hubeau, Trumpet Sonata [Chromatic] : III Spirituel
楽曲:ジャン・ユボー作曲、トランペットソナタ・「半音階」
演奏:モーリス・アンドレ(トランペット)、ジャン・ユボー(ピアノ)
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出典: Warner Classics International
参考音源3|Le tombeau de Couperin, M. 68: IV. Rigaudon – Orchestration by Maurice Ravel, M. 68A/4, naïve, a label of Believe Group
楽曲:モーリス・ラヴェル作曲、クープランの墓
演奏:クリスティアン・マセラール(指揮)、レミ・ジュスメ(トランペット“アルフレッド”)、フランス国立管弦楽団
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出典:naïve, a label of Believe Group
フレンチトランペットの音を支える「構造の核心」— ボアとベルの関係
技術的な要素として、フレンチトランペットで最も決定的なポイントは何でしょうか。
フレンチトランペットといえば、私にとっては何よりまずC管(運指はB♭管と同じで、実音が全音高く出る調性)です。
フランスのオーケストラ文化ではC管が基準となってきました。そこからさまざまなバリエーションが生まれていきますが、その出発点は常にC管にあります
そして設計上で最も重要なのは、細いボア(内径)と小ぶりなベル。
この2つが音の本質を決定づけます。
実はフランスでは、「ボアとは何か」という点について混乱が非常に多く、私は頻繁に説明する必要があります。多くの奏者が、ボアとマウスパイプを混同しているためです。
トランペットには3つの主要なパートがあります。1つ目はマウスパイプとそのチューニングスライド、2つ目はピストン部分のブロック、3つ目はベルです。「ボア」とは、このうちピストンブロック内部を通る管の太さのみを指します。
さらに言えば、ここから第3ピストン、そしてチューニングスライド周辺までの領域が、音響に大きな影響を与えます。水抜きキーの位置、コルクの厚み、支柱の位置、第3ピストンの内部構造 ― こうした要素のすべてが音に作用します。
フレンチトランペットの核心は、この「少し小さめの穴」の在り方にあります。
写真左:〈アドリアン・ジャミネ〉“アルフレッド”のボア
写真右:左が〈B&S〉“TC-LINE 3137TC”、右は〈アドリアン・ジャミネ〉“アルフレッド”
製作者の哲学 —「レシピをつくる料理人」として
精密な設計要素を突き詰める作業を、ご自身はどのように捉えていらっしゃいますか。
私はよく自分の仕事を美食に喩えます。
つまり、私の仕事はレシピを考える料理人のようなものです。料理のレシピではなく、トランペットのレシピを作るという意味で。
そして料理人と同じように、最良の素材=各パーツを選び、職人たちと信頼関係を築くことが、仕事の重要な部分です。
こうした姿勢があるため、私は日本文化にも深い親近感をおぼえます。
皆さんと話していると、文化としての感覚の近さを強く感じます。
ありがとうございました。
C管トランペットの成立、ピストンの発明、教育とレパートリーの継承── フレンチの響きが、どのように現代の「前提」になったのかを辿ります。