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アドリアン・ジャミネ氏 ─ 失われたフレンチトランペットの復興と創造の軌跡(後編)

ブレティニー=シュル=オルジュの小さな地下室から始まったアトリエは、やがて多くのフランスを代表するソリストたちが集う場となっていきました。
戦後に途絶えかけたフレンチトランペットの系譜が、どのようにして現代の演奏現場へとつながっていったのか。本後編では、その具体的な道筋をたどります。

地下室から響いた未来 — フランス式金管を再び世界へ

伝説との出会い — オーベルタンの遺産が導いた“アルフレッド”開発の核心

フレンチトランペットを復活させるにあたり、アルフレッド・オーベルタンの古いトランペットとの出会いが、最初の開発機種 “アルフレッド” の核になったと伺いました。どのように彼の仕事を知り、そのどこに惹かれたのでしょうか。

フランスには、アルフレッド・オーベルタン(1874–1957)という、20世紀初頭のフレンチトランペットを象徴する伝説的な製作家がいます。修復の仕事を通じて彼の楽器に触れる機会は何度もありましたが、文献を調べ始めると、作品の存在感とは対照的に、製作者としての実像がほとんど語られていないことに気づきました。その意味で、彼の存在は想像以上に謎めいていたのです。

パリ・フィルハーモニー(シテ・ド・ラ・ミュジーク/フランスを代表する音楽資料を収蔵する施設)の資料室に通い、アーカイブに残された記事や図面を読み進めると、オーベルタンがまずピストン製作(楽器の心臓部)からキャリアを始め、そこから独自のトランペット設計へと発展していた軌跡が見えてきました。
フランスを代表する金管専門誌「Le Brass Bulletin」が1980年代に彼を大きく特集していたことも、その影響力の大きさに比して語られてこなかった存在であること、すなわち──後年に「神話化」されていった背景を裏付けるものでした。

そして、私にとって大きな意味を持ったのが、モーリス・アンドレの存在でした。彼はいくつかの若い頃の録音でオーベルタンのトランペットを用いています。特にモーリス・プラネルの協奏曲(フランス近代を代表する協奏作品)の録音では、フレンチトランペット特有の「きらめく響き」が刻まれており、私にとってフレンチトランペットの象徴でした。

こうした歴史的背景と音響の記憶が、“アルフレッド” 開発の核心を形づくっていきました。
オーベルタンとの出会いは、語られてこなかった系譜を、あらためて掘り起こすための決定的な導きだったのです。


参考音源| モーリス・プラネルの協奏曲(モーリス・アンドレ演奏)
画像をクリックするとSpotifyのページが開きます。
楽曲:Planel, Trumpet Concerto, I Largement
演奏:Maurice André, Maurice Suzan, Orchestre Philharmonique de L’ORTF
出典:Warner Classics International

モーリス・アンドレのCDジャケット

響きの証明 — “アルフレッド” が初めてホールで鳴った日

こうして完成した“アルフレッド”が、初めてホールで演奏されるのを聴いたとき、それはどのような瞬間だったのでしょうか。

オーベルタンの楽器を参考に設計した“アルフレッド” は、まず工房で、多くの協力者によって試奏されました。マルク・グジョン(パリ国立歌劇場管弦楽団スーパーソリスト)、ダヴィッド・ゲリエ(ベルリンフィルハーモニー管弦楽団首席奏者)といった一流奏者が極めて細かなニュアンスまで伝えてくれましたが、工房という閉ざされた空間では真価は完全には測れません。

本当の意味での試練はコンサートホールでした。

それは、パリがロックダウン下にあった時期のことです。
当時ダヴィッド・ゲリエが所属していたフランス放送フィルハーモニー管弦楽団のコンサートで、私は観客のいない客席にひとり座り、初めて“アルフレッド”がホールで響く瞬間を聴きました。
工房の音とはまったく異なる、開かれた音響空間。自分の手から生まれた楽器が舞台で息づくその瞬間、胸が震えました。

翌日から電話が鳴り止まず、なかでもロジェ・デルモットの言葉は忘れられません。

「いま、70年ほど耳にしていなかった音を聴いたよ。」

ボルドー管弦楽団は放送を聴いただけで購入を決め、後日に試奏したうえで正式採用しました。当時はポスト・コロナで活動が制限されていたこともあり、ラジオ演奏への反響はいつも以上に大きく、“アルフレッド” の存在は一気に広がりました。

フランス放送フィルハーモニー管弦楽団での“Alfred”の初演風景
フランス放送フィルハーモニー管弦楽団での“アルフレッド”の初演。ロックダウン中のパリで、ジャミネ氏が唯一の観客だった。

未来へのレゾナンス ― トップ奏者と紡ぐ文化の復興とこれから

日常的に連絡を取り合うアーティストとの関係は、楽器づくりにどのように影響していますか。

“アルフレッド”を育てたのは、トップ奏者たちとの日常的な対話です。
マルク・グジョンとは毎日のようにメッセージを交わし、天気の話から冗談まで、家族のように語り合います。
ダヴィッド・ゲリエは天才肌で連絡は少なめですが、その一言は非常に濃密で、要求は極めて具体的です。

奏者との関係は、単なる「ユーザーとメーカー」ではありません。
彼らの生活や価値観を理解し、音楽そのものと向き合うなかで、楽器はともに育っていきます。

象徴的なのが私自身の結婚式でした。
日頃から音楽を共にしてきた奏者たちが集い、新郎の入場ではマルク・グジョンとクレマン・ソニエ(アンサンブル・アンテルコンタンポラン首席奏者)が演奏し、新婦の入場では二コラ・シャトゥネ(パリ国立歌劇場管弦楽団スーパーソリスト)とレミ・ジュスメ(フランス国立管弦楽団首席奏者)が演奏してくれました。

列席していた奏者のひとりが、こう言ってくれました。
「ここ15年でいちばん美しいトランペットのコンサートだった」と。

そして、その場にいた奏者たちは、口々にこう語ってくれました。
「僕たちがこんなに楽しいのは、君のおかげなんだ。
君には人をつなげて幸せをつくる才能がある。」


それは私にとって、かけがえのない言葉でした。

彼らにとってそれは特別な演出ではなく、ごく自然な関わりだったのだと思います。
そうした日常の延長線上に音楽があり、その関係性のなかで、楽器もまた、音楽とともに育っていくのだと感じています。

アドリアン・ジャミネ氏の結婚式。 写真左:クレマン・ソニエ氏(左)とアドリアン・ジャミネ氏(右) 写真右:XXX(要確認)
アドリアン・ジャミネ氏の結婚式。
写真左はクレマン・ソニエ氏(左、アンサンブル・アンテルコンタンポラン首席奏者)とアドリアン・ジャミネ氏(右)のツーショット

参考動画1|プーランク作曲「エッフェル塔の花嫁花婿」より
YouTubeチャンネル:Romain Leleu
曲目:Les mariés de la tour Eiffel: Discours du Général/Eiffel Tower Polka (Arr. for 2 Trumpets and Piano by Don Stewart)
演奏:アドリアン・ジャミネ、ロマン・ルルー(トランペット)、ジュリアン・ジェルネ(ピアノ)

伝統を未来へ ― フランス式金管に託す願い

“アルフレッド”開発後、〈アドリアン・ジャミネ〉ブランドとして“リュシアン”、“ジェルマン”、“リュドヴィック”、“T.O.M.A.”を発表され、さらに〈アントワンヌ・クルトワ〉ブランドでは“コンフリュアンス”、“T.O.M.A.”、“ベルクール”の設計を手がけられました。
なぜ〈アントワンヌ・クルトワ〉とのコラボレーションを選ばれたのでしょうか。


“アルフレッド”がフランス国内で広まり、フレンチトランペットの復活が現実のものとなったことで、私はさまざまな賞をいただき、メディアでも頻繁に取り上げられるようになりました。それに伴い、世界各国のトランペットメーカーから、コラボレーションの打診を受ける機会が増えていったのです。その中の一社が、フランスの金管楽器ブランド〈アントワンヌ・クルトワ〉を擁する、ビュッフェ・クランポン グループでした。

〈アントワンヌ・クルトワ〉は、19世紀から現在に至るまで継続している、フランスで唯一の金管楽器ブランドです。
創設者アントワンヌ・クルトワ(1770–1855)は、現在世界中で用いられているペリネ式ピストンを、フランソワ・ペリネ(1805–1861)とともに開発した人物でもあります。

さらに、1950年代にはロジェ・デルモットが看板奏者を務めていました。この事実は、私にとって象徴的でした。

こうした歴史的・文化的な文脈を踏まえると、〈アントワンヌ・クルトワ〉とのコラボレーションは、私自身の歩みと自然に重なり合うものであり、ぜひ実現したいと考えたのです。

長期的ミッションである「毎年フランス式金管の新モデルを生み出す」という願いには、どのような想いが込められているのでしょうか。

“アルフレッド”を起点に、複数のモデル開発やコラボレーションを重ねるなかで、私の関心は次第に、より長い時間軸でのものづくりへと向かっていきました。

それこそが、私たちの会社の存在意義です。フランス式金管に新しい息吹を吹き込み、その歴史と遺産を誇りとして語ってほしい。そして、私のいない未来にも楽器が奏で続けられるなら、これほど幸せなことはありません。

奏者の名前は残っても、職人の名前は忘れられがちです。だからこそ私は、自らの時代に「証人として関わりたい」と願っています。
そして、関わるすべての人が「自分も歴史の当事者だ」と感じてくれる ― それが何よりの喜びです。

世界の奏者へ ― フレンチトランペットを手に取るあなたへ

最後に、まだフレンチトランペットを吹いたことのない奏者へメッセージをお願いします。

音楽は文化間コミュニケーションの媒体です。
フレンチトランペットを通して、フランスの音と歴史、その文化的感性に触れてほしいと思います。

また、フランスの奏者には、このトランペットを積極的に外へ持ち出してほしいと願っています。
文化的な交流が、健全で豊かな形で広がっていく未来を信じています。

私は、これから先のための「種」をまいているつもりです。
いつかそれが、美しい未来として芽吹くことを願っています。

ありがとうございました。


関連動画|〈アドリアン・ジャミネ〉“アルフレッド”の紹介動画
YouTubeチャンネル:Adrien Jaminet
BGMにはフランス放送フィルハーモニー管弦楽団による“アルフレッド”の初演の録音が使用されている。

アドリアン・ジャミネ氏 インタビュー・シリーズ
① 原点とアトリエ創設 / ② “Alfred” 誕生 / ③ 美学と構造 / ④ フランスの系譜 / ⑤ 選ばれる理由
次章に続く| フレンチトランペットの美学と構造
音色観、文化的背景、そして設計の核心── フレンチトランペットの美学を、構造と思想の両面から掘り下げます。
フレンチトランペットの美学 ─ アドリアン・ジャミネ氏が語る伝統と響き
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フレンチトランペット ショールーム | French Trumpet Showroom
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