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ヨルゲン・ファン・ライエン氏 インタビュー|〈アントワンヌ・クルトワ〉“クリエイション アムステルダム”とトロンボーンの未来

コンセルトヘボウ管弦楽団の日本公演で来日したトロンボーン奏者 ヨルゲン・ファン・ライエン氏。ソリストとして世界各地で活躍しながら、トロンボーンの普及とレパートリー開拓にも力を注ぐ氏に、現代のトロンボーン教育の変化、新作レパートリーとの向き合い方、そして〈アントワンヌ・クルトワ〉 B♭/F テナーバストロンボーン “クリエイション アムステルダム”開発の舞台裏についてうかがいました。

※ 本記事は、〈アントワンヌ・クルトワ〉“クリエイション アムステルダム”の開発背景や思想について、編集部がヨルゲン・ファン・ライエン氏に行ったロングインタビューをもとに構成しています。

グローバル時代のトロンボーン教育と“耳”の鍛え方

各国でソロやマスタークラスを行うなかで、奏法や音楽観、あるいは教育の在り方において、国際的なトレンドの変化をどのように感じていらっしゃいますか。
 
 私が学生だった20〜30年前と大きく違うのは、やはりグローバル化とインターネットの存在だと思います。そのおかげで、世界中どこでもトロンボーンの水準が大きく上がりました。どこにいても優れた教師や良いアドバイスにアクセスできるようになったからです。私の学生時代は、基本的に「一人の先生のところへ行き、その先生が良い教師であることを祈る」しかなかったんです。
 
 もう一点付け加えると、いまの学生たちは世界中ほぼすべてのトロンボーン奏者の演奏を YouTube や Spotify で聴くことができます。これは素晴らしいことですが、同時に「批判的に聴く」という姿勢を失ってしまうリスクもあります。私が学生に「その曲を練習しているけれど、録音は聴いた?」と聞くと、「はい、聴きました。YouTube の最初に出てきたものです」と答えることがよくあります。それが良い演奏の場合もあれば、そうでない場合もあります。ですから、「誰の演奏を聴いているのか」「何が優れていて、何がそうでないのか」を意識し、無作為に適当な録音を選んで真似するだけにならないよう、批判的な耳を持ち続けることが大切です。
 
具体的に、「この曲を学ぶならこの人の演奏を聴きなさい」「このスタイルならこの奏者を」といった形で、特定の奏者やスタイルを学生に勧めることはありますか。
 
 学生たちとはそういった話もしますが、あまりガチガチに方向づけはしたくありません。私が勧めるのは、とにかく「できるだけ多く聴きなさい」ということです。そして「聴こえている(hearing)」だけでなく、「聴いている(listening)」状態になりなさい、と。ただ音が耳に入っているだけでは何も処理されません。きちんと意識を向け、自分なりの意見を持って聴くことが大切です。学生には、私のコピーにも、誰か別の奏者のコピーにもなってほしくありません。たくさん聴いたうえで、自分が本当に好きなものは何かを見極め、自分自身の道を見つけてほしいのです。

作曲家との協働がひらくトロンボーンの新しい地平

ライエン氏のために、様々な楽曲が作曲されてきました。新しい作品の誕生をとおして、どのようなことを目指していらっしゃるのでしょうか。
 
 新しい作品の目標は、それがトロンボーンのレパートリーとして定着することです。レパートリーになって初めて、多くの人がその曲を演奏するようになります。ですから、私だけでなく多くの同僚たちと協力して、トロンボーンのレパートリーに少しずつ作品を加えていこうとしているわけです。もし初演されても二度と演奏されないのであれば、それまでの労力は大きいのに、結果として何も残らないことになってしまいます。
 
 クラシック音楽は「博物館」であってはならず、「生きた芸術」であるべきだと思います。過去の名作を演奏し続けることは素晴らしいし、博物館でレンブラントの絵を見るような尊い経験だと思います。ですが、それと同時に「現代美術館」の役割も必要です。クラシック音楽の世界の中に、過去の作品を大切に展示する空間と、新しい作品を生み出していく空間の両方が存在しなければならない。私たち音楽家は「新しいものを生み出すこと」と「過去の偉大な作品を守ること」の両方を担っているのだと思います。

長年にわたり、多くの作曲家と新作の制作をされてきましたが、その過程で特に印象に残っているエピソードがあれば教えてください。
 
 新しい曲を新しい作曲家と一緒に作り上げていく、ということについて、私が本当に好きな点が2つあります。
 
 1つ目は、そもそも私は新しい音楽、新しい音が大好きだということです。トロンボーンに限らず、どんな楽器のためのものであっても、作曲家たちがどのようなアイディアを持ち、どんな新しい書き方をするのかを聴くのが好きなんです。
 
 2つ目は、楽器の可能性そのものを発展させる手助けができる、という点です。私は作曲家たちに、「トロンボーンでは不可能かもしれない」「トロンボーンでは思いつかない」と彼らが考えるようなことに、あえて挑戦してもらうようにしています。実際に本当に不可能な場合もありますが、そのときは「その効果を出したいのであれば、こう書き換えれば、もしかすると実現できるかもしれません」とこちらから提案することができます。お互いにアイディアを出し合いながら、少しずつ先に進んでいくわけです。これまで関わってきた多くの作曲家との作業のなかで、「これは無理でしょう」「これはやりすぎだ」と言われた場面が何度もありました。でも「この音を変えてみましょう」「半音下げましょう」「テンポを少し落としてみましょう」といった調整を加えることで、実現可能になることも多いのです。
 
 それから、もう1つ付け加えると、こうして生まれた作品は、どれもその作曲家にとって非常にパーソナルな作品になっています。そこには必ず背景となる物語があるんです。例えば、ジェイムズ・マクミランの作品はとてもシリアスな曲です。彼の5歳で亡くなった孫娘の追憶のために書かれた曲なので、非常に深い感情が込められています。譚盾(タン・ドゥン)は、もっと楽しく祝祭的な音楽を書きたいと考えていました。ビデオゲーム的なサウンドや若い世代を意識したノリの良さを取り入れた作品です。ブライス・デスナーはロック・ギタリスト出身で、リズムが強くグルーヴ感のある音楽を書きます。このように、1曲ごとに作曲家の背景や個性が反映されていて、それぞれが独立した「ひとつの物語」になっているのが、とてもおもしろいところだと思います。
 
作曲家と一緒に仕事をする際、ご自身の希望やアイディアもお伝えになると思いますが、音楽的なアイディアとトロンボーンのテクニカルな側面とのバランスはどのように取っていますか。
 
 これはいつも難しいところです。私の感覚では、多くの作曲家はトロンボーンの可能性について、それほどよく知らないことが多いと感じています。そのため、「あまり無理のない安全な書き方」にとどまりがちなんです。つまり、難しすぎず、変わりすぎず、速すぎず――「スライドが大変だから」と慎重になってしまう。そこで私はまず、「発想をもっと大きく持ってください。トロンボーンだからと制限をかけずに考えてみてください」とお願いするところから始めます。そして、「もし本当にできるかどうか不安な箇所があれば、制作の途中で送ってください。私が実際に練習して試してみます」と伝えます。そのうえでアドバイスをし、必要であれば少し易しくしたり、音型を変えたりすることもできます。出発点が小さすぎるのはもったいないので、まずは思い切り大きく発想してもらい、そこから現実的な形に調整するようにしています。

通常、新作を初演したあと、別の場所で再演を重ねていくなかで、作品そのものが少しずつ変化したり、改訂されたりすることもあると思います。その過程で、作品に新たな生命力が与えられたり、より生き生きとしていくような側面については、どのようにお考えですか。
 
 作品が発展していく経路は、大きく分けて2つあると思います。
 
 1つは作曲家による変化です。これは昔からそうでした。マーラーが自分の交響曲第1番の初演を聴いたときも、すぐに「このダイナミクスは変えなければならない」「ここはこうすべきだ」と気づき、いろいろと書き換えています。大作曲家は皆、同じようにして作品を改訂してきました。作曲家は「正しい」と思うものを五線紙に書きますが、実際にオーケストラで鳴ったときにどう聞こえるかは、初演まで完全にはわからないのです。
 
 もう1つは、奏者側の変化です。たとえ作曲家が音符を変えなかったとしても、同じ作品を何度も演奏しているうちに、奏者の側に経験が蓄積され、新しい発見が増えていきます。初回の演奏が非常にヘヴィな曲だった場合、最初は「最後まで吹き切れるだろうか」という心配が先に立つかもしれません。しかし3回、4回と演奏を重ねるうちに、「必ず吹き切れる」という確信が生まれ、そのぶん解釈に自由度が出てきて、リスクを取る余地も生まれます。これは既存のレパートリーでも同様で、繰り返し演奏すればするほど、アイディアもインスピレーションも増えていきます。
 
 今日演奏する曲の多くも、かつて何度も演奏してきた作品ですが、10年前に演奏していたときとは、きっと今ではかなり違う解釈になっていると思います。これは録音の難しさにもつながります。録音をするとき、人はどうしても「これは現時点での決定版だ」というつもりで収録します。しかし5年後に聴き返すと、「ああ、こうはしなかったかもしれない」と思う箇所が出てきますし、10年後にはさらに違った解釈を望むようになっているものです。

音色のパレットを広げる──理想のサウンドを描く想像力

以前のインタビューで、〈アントワンヌ・クルトワ〉の楽器には、とても幅広い音色のパレットがあるというお話をされていました。そのパレットをさらに広げて、より多彩な響きを引き出そうとしている、という意味合いだったと思います。ご自身の練習や、音の聴き方・聴かせ方のなかで、その「音色のパレット」を豊かにするために意識していることはありますか。
 
 私にとっていちばん大事なのは「音のイメージ」です。どのような音で鳴らしたいのか、自分の中にできるだけ多様な音像を持っていること。今回のトロンボーン新製品“クリエイション アムステルダム”の開発でも、私が重視したのは、「できるだけ左から右まで(=暗い音色から明るい音色まで)大きく振り幅を取れるようにすること」でした。音色が一方向にしか行かないような一元的な楽器にはしたくなかったのです。その可能性を実際に使いこなすには、やはり「音色の想像力」が必要になります。トロンボーン以外の楽器――例えば歌手や、他の管楽器、弦楽器の音を聴いて、「自分もこのような響きで吹きたい」「こういうフレーズの歌わせ方をしたい」とイメージすること。そして、そのイメージに応えてくれる楽器であること。私はその両方が大切だと思っています。
 
 自分自身の経験で言えば、特定の人だけを聴くのではなく、たくさんの奏者を聴くことを勧めます。「この人だけが正解だ」ということはありません。私は学生のころ、ジャズ・トロンボーンもよく聴きました。トミー・ドーシーやアービー・グリーンのような、非常にレガートで歌心あふれるスタイルの奏者たちです。彼らの歌うような音色は、私の頭の中の「理想のサウンド」を形作るうえで、大きな影響を与えてくれました。クラシックでは、ミシェル・ベッケ、クリスチャン・リンドバーグ、ジョー・アレッシの3人が、私にとって大きな手本でした。学生時代、この3人のCDを本当によく聴きました。今は状況がずっと恵まれているので、「この3人だけを聴きなさい」とは言いませんが、当時の私にとっては、この3人が大きな存在でした。3人ともキャラクターがまったく違いますが、それぞれが非常に優れた、ユニークな個性を持った奏者です。オーケストラを吹くときにはジョー・アレッシを参考にすることもありますし、フランス歌曲を吹くときにはミシェル・ベッケからインスピレーションを得ることもあります。つまり、頭の中に多くの「可能性」を持っておき、その日の曲目やスタイルに応じて「今日はこういう方向で吹こう」と選び取ることができるようにしておきたいのです。
 
長いフレーズを設計するとき、最初に意識するのはどのような点でしょうか。フレーズの向かう方向でしょうか、それともどこに重心を置くか、ブレスの位置などでしょうか。
 
 その要素に優先順位があるというよりは、すべてが一体のものだと思っています。私がまずやるのは、「技術的な制約が一切ないとしたら、このフレーズをどう鳴らしたいか」を徹底的に想像することです。その理想像を頭の中で作ったうえで、現実の身体と楽器に落とし込んでいく。そういう順番ですね。
 
 フレーズ作りでまず大事なのは、「歌うこと」です。フレーズを声に出して歌ってみて、その歌い方をできるだけ忠実にトロンボーンで再現しようとする。多くの場合、それだけで自然なフレージングになります。楽器でフレーズを作るいちばん自然な方法は「歌うこと」です。私たちは、歌う代わりに楽器を使っているにすぎません。私はいつも、「声と金管楽器の違いは10センチしかない」と言っています。つまり、ここ(声帯)で鳴らすか、唇(マウスピース)で鳴らすか、その違いだけです。あとはすべて同じように「息と身体で歌っている」のだと考えています。これは日本の学生だけでなく、世界中のすべての音楽学生に役立つと思います。歌うことは、私たちが音楽的感情を表現する最も自然な方法ですから。
 
 それでも行き詰まったときに、細かい質問を使うと良いと思います。学生にいつも言うのは、「そのフレーズについて考えられる限り多くの質問を自分に投げかけてみなさい。そして必ず答えを出しなさい」ということです。
たとえば――
・どのくらいの音量で吹くのか
・一番大事な音はどこか
・フレーズはどこに向かって進んでいくのか
・どんな音色で始めて、どんな音色で終わるのか
・クレッシェンドはどこからどこまでつけるのか
・どの音が次の音へ向かう「導音」になっているのか
 
 こうした質問を50個でも100個でも、フレーズによっては200個でも作ることができます。重要なのは、「どんな答えが正解か」よりも、「自分で答えを決めること」です。一度きちんと答えを決めてしまえば、次に同じフレーズを見たときに、その答えがガイドラインになってくれます。フレーズをどう扱いたいか、より明確なビジョンを持って吹けるようになるでしょう。とはいえ、毎回すべての質問を細かくやる必要はありません。

“クリエイション アムステルダム”開発秘話──理想のオーケストラ・トロンボーンを求めて

楽器開発の話に移りたいと思います。今回の新しい楽器“クリエイション アムステルダム”を、〈アントワンヌ・クルトワ〉と一緒に開発することになった経緯、その目的や背景、アイディアがどのように膨らんでいき、実際に製造が始まるところまでどのようなプロセスだったのか、教えていただけますか。
 
 私は以前から〈アントワンヌ・クルトワ〉のトロンボーンを吹いていて、学生時代にはミシェル・ベッケの音色が大好きでした。ただ、当時のモデルはオーケストラ向きのトロンボーンとは言い難く、オーケストラの仕事を得てからは、その楽器をセクションで使うことができませんでした。
 
 その後〈アントワンヌ・クルトワ〉が“チャレンジャー”モデル(のちの“Legend 420”のベース)を作り始め、私はそちらに移行しました。ただそれでも、オーケストラで吹くときに個人的にもう少し「音の芯の強さ」がほしいと感じることがありました。一方で、〈アントワンヌ・クルトワ〉特有の倍音の豊かさや色彩感は絶対に失いたくない。問題は、音を「よりソリッドに、安定させよう」とすると簡単に色が失われてしまうことですし、逆に「倍音と色彩」を優先すると、今度は音のボディが減ってしまい、音が軽く、明るくなりすぎてしまう。私が理想だと思うイメージは、上質な赤ワインです。フルボディでありながら、決して単調ではない。しっかりした骨格に、酸や複雑なニュアンスが重なっている。ただ重いだけで複雑さがないワインは、すぐに飽きてしまいますよね。そうではなく、「豊かなボディに、多様な倍音が重なっている音」。今回のトロンボーンで目指していたのは、まさにそのようなコンセプトでした。
 
 既存の〈アントワンヌ・クルトワ〉のモデルでも、それにかなり近づいてはいました。だからこそ私は〈アントワンヌ・クルトワ〉を吹き続けてきたわけですが、「もう少し探れば、音をさらに太くしつつ、特有の色彩を保つことができるのではないか」と感じていたのです。

〈アントワンヌ・クルトワ〉 B♭/F テナーバストロンボーン “クリエイション アムステルダム”
〈アントワンヌ・クルトワ〉 B♭/F テナーバストロンボーン “クリエイション アムステルダム”

開発にかなり年数がかかりましたね。
 
 全体としては、開発に約10年かかりました。最初の段階では、〈アントワンヌ・クルトワ〉の製造と開発拠点がまだフランスのアンボワーズにあったので、そこで試作を行っていました。ところが途中で、私が約1年間ニューヨーク・フィルハーモニックに客演で在籍することになり、物理的に距離が離れてしまった。さらに、私が戻って開発を再開しようとしたタイミングで、工場がフランスからドイツに移転することになりました。金型や工具、さらには職人たちも含めてすべて移動しなければならず、その期間は楽器の生産自体が止まってしまったのです。ようやくドイツの新工場で生産が再開されたときには、注文が山積みで、新作の研究開発に割ける時間がほとんどありませんでした。そうした事情もあって、再び 研究開発に本格的に取り組めるようになるまでに、数年を要しました。こうして数年前にようやく開発を再開し、現在のプロトタイプにまで到達したのです。
 
開発にあたり、どのような点で苦労されましたか。
 
開発の最終段階で生産上の問題が2つ浮かび上がりました。

 1つ目の問題はベルでした。私が現在使用しているこのプロトタイプのベルはアンボワーズ工場時代のものなのですが、ドイツ移転後に同じ仕様でベルを作ってもらっても、どうしても同じ音がしないように感じられたのです。客観的には良いベルであり、品質に問題はありません。ただ、私が求めている「自分の音」とは微妙に違う。試行錯誤の中で、倉庫に眠っていた古い金型を使ったベルを取り出して吹いてみたところ、「これだ」と思う響きがありました。最終的に、「“アムステルダム”モデルのベルは、すべてこの旧金型を用いて作る」という方針に決めました。実際、旧金型で作ったベルをブラインドで何本も試奏したところ、その部屋にいた全員が「これがあなたの音だ」と指さしたのは、決まって旧金型のベルでした。
 
 ここで誤解してほしくないのは、「新しい金型が悪い」という意味ではまったくないということです。どの金型も楽器としては非常に高いクオリティですし、他の奏者にとっては新しい方が好み、ということも十分ありえます。ただ、私自身は旧金型の方に〈アントワンヌ・クルトワ〉サウンドの「特別なニュアンス」がより残っていると感じたので、“アムステルダム”モデルについては、すべて旧金型でベルを製作することにした、ということです。つまり、「古いものだから悪い」のではなく、むしろ〈アントワンヌ・クルトワ〉の伝統的なサウンドの美点を活かした、少しレトロな発想のモデルだと言えます。古い金型が持つサウンドの魅力を生かしつつ、その周りを現代的な設計で固めた「新しいトロンボーン」という位置づけですね。
 
 ちなみに、この楽器には「ヴィブラ・ベル」の構造も採用しています。ベルとバルブ側の接続部分にコルクを挟むことで、振動が楽器全体に逃げてしまうのを防ぎ、ベル自体の振動をより長く保つ仕組みです。音色が豊かになり、遠達性(音の飛び)も向上します。
 
 2つ目の問題は、F管部分と本体との接合部でした。ある日、このトロンボーンをケースに入れて自転車で移動していたとき、ケースが開いて楽器が道に落ちてしまったのです。F管のセクションと本体をつないでいた支柱がすべて折れてしまいました。その状態で吹いてみると、音色にとてもおもしろい変化があったのです。これまで音を太く温かくするために、さまざまな工夫をしてきましたが、その副作用として「吹奏感が少し硬くなる」という問題がありました。ところが支柱が外れた状態で吹いてみると、ボディと温かさは保たれたまま、吹奏感が自由になったのです。「もしかして、これが秘密なのではないか」と思いました。しかし工場の側としては、支柱なしでは強度が足りず、お客様が簡単に曲げて壊してしまうリスクがありますし、研磨の工程でも破損の恐れがあるため、そのまま採用することはできませんでした。
 
 そこで出てきた解決策が、現在の「アジャストメント・ハーモニックブリッジ」(ネジ付きの着脱式支柱)です。製造時や研磨のときには金属とネジでしっかり接続しておき、出荷後は奏者が自分でネジを外して「接続をゼロにする」こともできるようにしました。結果として、3つの状態が選べます。
1.金属の支柱+ネジ :もっともガッチリした接続で、従来のトロンボーンに近い、コンパクトで安定した吹奏感。
2.ゴム(ラバー)+ネジ :構造上の接続はあるが、金属同士が直接触れないので、振動の伝わり方がやや緩やかになる。
3.ネジを完全に外す : F管セクションと本体との機械的な接続がなくなり、より自由でカラフルだが、そのぶん奏者のコントロールが必要。

〈アントワンヌ・クルトワ〉 B♭/F テナーバストロンボーン “クリエイション アムステルダム”の「アジャストメント・ハーモニックブリッジ」

 さらに、支柱のネジ自体も異なる重さのものを用意しています。重いネジを使うと、その部分に質量が加わり、音にボディと安定感が増す一方、やや硬めの感触になります。軽いネジ、あるいはネジなしでは、音色はよりしなやかで色彩豊かになりますが、安定感は少し減ります。
 
 多くの人は最初は「慣れた感触」であるネジ付きの状態を好むかもしれませんが、楽器に慣れてきたら一度ネジを外して試してみると、「音の空間」や「響きの広がり」が増えたと感じるかもしれません。私自身も、最初は従来の接続のある楽器に慣れていましたが、偶然支柱が外れたことでこの自由さを知り、最終的には「より自由でカラフルな状態」を好むようになりました。重さを増やせば増やすほど、音にボディと安定感が出る一方、吹奏感はやや硬くなります。ですから、もともと明るくシャープな音色の奏者には、多少重さを足してあげるとバランスが良いかもしれませんし、もともと暗めで厚い音色の奏者には、重さを減らして自由度を高める方が合うかもしれません。ネジの種類による違いは確かにありますが、いちばん大きな違いは「ネジあり」と「ネジなし」の差です。
 
スライドについても教えてください。
 
 重要な特徴としては、まずスライドです。私はあえて「重めのスライド」が好きです。理由は2つあります。

 1つは単純に、自分の感覚として「ある程度の重さを手に感じて動かしたい」ということ。軽すぎるスライドは、私には少し「おもちゃ」のように感じられてしまうのです。しっかりした質量がある方が、安定して演奏できます。
 
 2つ目は、重心の位置です。楽器のどこかに必ず重心が存在します。スライドが軽くなると楽器の重心はベル側に寄り、自分への返りを感じにくくなるのでコントロールしづらくなります。そこで、アウタースライドに重さを持たせ、返りを感じやすく、より細かくコントロールしやすくしています。

 それから、このスライドにはバストロンボーン用の太めの U 字管(いわゆる「フック」)を採用しています。この部分の内径を大きくすることで、息の流れがスムーズになり、コーナー部分での息の回り方が自然になります。これは〈アントワンヌ・クルトワ〉のスライドの中でも、このモデルだけに採用されている仕様です。
 
 また、通常はアウタースライドにスリーブ(補強の金属)がついていることが多いのですが、このモデルではアウタースライド全体をやや厚めの素材にし、その代わりスリーブを廃しました。スリーブをつけると、先ほどの支柱と同じように「音をコンパクトにまとめる」方向に働きます。私は実験してみて、スリーブを使わずスライド自体に厚みを持たせた方が、より丸く豊かな音がするように感じました。技術的な理屈は説明しづらいのですが、自分の耳と感触として、その方が自然だったのです。

〈アントワンヌ・クルトワ〉 B♭/F テナーバストロンボーン “クリエイション アムステルダム”のスライド

ハグマンバルブを採用されていますね?
 
 バルブについては、従来のハグマンバルブのアップデート版と言える構造になっています。外見上はほとんど同じですが、内部構造には細かな違いがあります。新しいバルブに合わせて、やや細めのグースネック(F管への導管)の内径を採用しました。以前のものよりわずかに細くすることで、吹奏感と抵抗のバランスがよくなったと感じています。ただし、グースネックを細くすると、そのぶん重量が減りますので、別の部分にウエイトを足して全体のバランスを調整しています。結果として、吹奏感自体は大きく変えずに、音を少し「引き締める」効果だけを得ることができました。さらに、バルブまわりの管の内径が急に広がったり縮んだりしないように、内部にインナー・チューブを1本追加しています。そうすることで、空気の流れがよりまっすぐになり、不要なチャンバー(広がった空間)が生じないようになっています。
 
「なぜ“アイコン”バルブではなくハグマンバルブを選んだのか」という点については、理屈というよりも、単純に自分の耳で聴いて「こちらの方が好きだ」と感じたからです。特にバルブを使わないポジションでの響きが、ハグマンの方が私には温かく、丸く感じられました。それ以上の理由はありません。

〈アントワンヌ・クルトワ〉 B♭/F テナーバストロンボーン “クリエイション アムステルダム”のハグマンバルブ

マウスピースは何を合わせていますか?
 
 私はソロでもオーケストラでも、基本的に同じモデルを使います。マウスピースも、もう25年同じものを使い続けています。若い人から「どのマウスピースがこの楽器に合いますか」とよく聞かれますが、私自身は、他の人と比べてそれほど大きなマウスピースを使っているわけではありません。大きめの音も、小さく繊細な音も両方出したいので、「大きなマウスピースから小さな音に向かうよりも、小さめのマウスピースから大きな音を出す方が、自分にはやりやすい」と感じているからです。この楽器は、楽器側にすでにかなり多くの「太さ」や「暗さ」が備わっているので、マウスピースまで極端に大きくする必要はありません。大きなマウスピースにすると、音色の暗さの多くがマウスピース由来になり、そのぶん楽器を軽く設計しがちですが、このモデルでは楽器本体にしっかりとしたボディがあるので、「二重に重くする」必要はないという考え方です。

 とはいえ、「小さいマウスピースでなければならない」と言うつもりはありません。私はよく「マウスピースは靴と同じだ」と言います。学生はつい先生の真似をしたがりますが、先生の靴のサイズが45で、自分が38なのに45の靴を買うのは不合理ですよね。口の形や唇の厚み、筋肉のつき方は人それぞれです。ここに筋肉がたくさんついていて開きの大きい人は、小さすぎるマウスピースを使うべきではありません。ですから、マウスピース選びは非常にパーソナルな問題です。ただ、その人に合った選択肢の範囲内で言えば、この楽器では「極端に大きいサイズ」にいかなくても十分な太さと暗さを得られる、ということは言えると思います。
 
音色の暗さについて言及されましたが、「ダークな音色」について話すとき、人によってイメージするものが異なることがあります。ライエンさんにとっての音色の暗さとは?
 
 「ダークな音」と「ブライトな音」の違いを言葉で説明するのは本当に難しいのですが、私にとってダークな音とは、暖かく、丸く、フルボディな響きを持った音です。ワインで言えば、良くできたバローロやボルドーのような、しっかりしたボディと複雑さを併せ持つワインに近いかもしれません。日本のお酒で言うと、どの銘柄に近いか考えないといけませんね。笑
 
“クリエイション・アムステルダム”を長時間演奏されたときの身体の負担はいかがですか。
 
 最終的には、「自分が望む音をできるだけ容易に出せる楽器」であればあるほど、他のこと――音楽そのものにエネルギーを割けるようになります。そういう意味で、この楽器は自分にとって楽に吹ける楽器です。オーケストラの仕事では長時間のリハーサルと本番が続きますから、楽器がどれだけ「道具として効率的」かは、とても大事な要素です。

〈アントワンヌ・クルトワ〉 B♭/F テナーバストロンボーン “クリエイション アムステルダム”を演奏するヨルゲン・ファン・ライエン氏

“クリエイション・アムステルダム”の評判はいかがですか。
 
 この楽器はまだ発表から日が浅く、先日アムステルダムでお披露目をしたばかりです。その場には私の学生やプロの奏者も何人かいて、試奏してもらいましたが、直接聞いたコメントはどれも好意的なものでした。
 
この楽器に特にフィットしそうな奏者像――例えば、どういうタイプのプレイヤーに向いているとお考えですか。
 
 それを予測するのは、正直なところ非常に難しいです。私は決して「このトロンボーンはすべての人にとって正解だ」とは言いません。さきほどの靴の話と同じで、楽器も人によって「合う・合わない」があります。ただ、私としては「音そのものにこだわりたい人」、特に暖かさや豊かさを求める人にとって、有力な選択肢になればいいと願っています。この楽器は、オーケストラでも室内楽でも、さまざまな場面で使える十分な汎用性を持っていると思います。ですから、ソロ・オーケストラ・室内楽など、多方面で活動する、ある程度「多才な仕事の仕方」をするプレイヤーにとって、興味深い楽器になるのではないでしょうか。
 
この楽器を使用して、今後10年間で取り組んでみたい作品やプロジェクト、描いている未来像があれば、ぜひお聞かせください。
 
 今後10年については、すでにいくつか大きな協奏曲の委嘱が進行中で、今後2〜3年のあいだに少なくとも2曲の新しいコンチェルトが初演される予定です。それぞれ複数のオーケストラと共演する形で演奏していくことになっており、2028年頃までは、そうした新作と既存作品の両方を発展させていく期間になりそうです。その先も、できる限りこれらの作品を再演し続け、レパートリーとして成熟させていければと思っています。
 
ありがとうございました。


※〈アントワンヌ・クルトワ〉のB♭/F テナーバストロンボーン “クリエイション アムステルダム”は、ビュッフェ・クランポン・ジャパンのショールーム、または全国の公認特約店でご試奏いただけます。

イベントレポート vol.3|ヨルゲン・ファン・ライエン来日|〈アントワンヌ・クルトワ〉新作トロンボーン“アムステルダム”発表会&ミニコンサート
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