篠原猛浩氏 インタビュー|オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ クラリネット奏者
中学校の吹奏楽部でクラリネットと出会って以来、「音」を聴き、「楽譜」を読み、自分で考えることを軸に歩み続けてきた篠原猛浩氏。大阪芸術大学で学び、パリ・エコール・ノルマル音楽院ではギィ・ドゥプリュ氏のもとで研鑽を積みました。室内楽に惹かれた学生時代、フランスで学んだ「楽譜を徹底して読む」姿勢、そして現在オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラで担う3rdクラリネットという役割まで。その言葉からは、周囲を聴きながら音楽を支え、自ら探求を続ける姿勢が一貫して浮かび上がります。演奏、アンサンブル、教育、それぞれの現場を通して培われてきた篠原氏の音楽観を伺いました。
音を聴き、楽譜を読み、自分で決める — クラリネットという探求
モーツァルトとの出会いと、「好き」という感覚
ー クラリネットを始められたきっかけと、最初に惹かれた瞬間について教えてください
中学校の吹奏楽部がきっかけですね。もともとピアノやエレクトーンはやっていたんですけれども、管楽器はそこで初めて触れました。
ただ、最初からクラリネットを自分で選んだわけではなくて、人数の関係で「トランペットかクラリネットか」と言われて。そのとき、自然に音が出たのがクラリネットだったんです。なので、音を出すこと自体にはあまり苦労はなかったですね。
クラリネットに惹かれたきっかけとして一番覚えているのは、家にあったモーツァルトのクラリネット協奏曲と五重奏のCDです。それを聴いて、「これが好きだ」と思った。今振り返ると、それが原点だった気がします。
ー 中高生時代はどのように音楽にのめり込んでいかれたのでしょうか
最初はモーツァルトから入って、そこからブラームスやドビュッシーなど、いろいろな作品を聴くようになっていきました。その中で、「自分もこれを演奏してみたい」と思うようになったのが大きかったですね。
当時は海外オーケストラの来日も多かったのですが、やはりチケットが高いので、なかなか頻繁には行けなくて。その点、室内楽は比較的手が届きやすかったので、よく聴きに行っていました。今思えば、そういう経験の中で、自分はどちらかというと室内楽に惹かれていったのだと思います。
ー その頃、一番惹かれていたのはどのような奏者だったのでしょうか
当時ウィーン・フィルで首席奏者だったアルフレート・プリンツ氏のCDはよく聞いていました。やはり最初に出会った音の印象というのは強くて、今でも影響を受けている部分はあると思います。そこからだんだんスタイルや解釈にも興味が広がっていきました。
あとは、高校生の時に、故・岩井秀昭氏に師事していて、先生が活動される中で、ベルギーから著名な奏者を呼ばれることもあって、ヴァルター・ブイケンス氏のレッスンを受ける機会がありました。ブイケンス氏にはとても影響を受けたと思います。
篠原猛浩(しのはら・たけひろ)氏 プロフィール:大阪芸術大学卒業後、パリ・エコール・ノルマル音楽院にて高等コンサーティストディプロムを取得。岩井秀昭、ギィ・ドゥプリュの各氏に師事。第18回日本木管コンクール第2位(1位なし)などを受賞。大阪・いずみホールやパリ・サル・コルトーでリサイタルを開催するなど国内外で活動し、現在は大阪を拠点に演奏・指導の両面で活躍。大阪芸術大学非常勤講師。2023年よりオオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ奏者。
学生時代に培ったフレージングとアンサンブル
ー 大阪芸術大学での学びの中で、現在につながっているものは何でしょうか
岩井氏の門下に入り、レッスンではフレージングをとにかく徹底的に教わりました。長い音の処理の仕方や、均等に書かれている音符でもどう扱うか、といったことですね。
それと同時に、アンサンブルを非常に多く経験しました。木管アンサンブル、学内での自主的な演奏なども含めて、本当に室内楽をたくさんやっていた印象があります。岩井氏が当時クラリネットクワイヤを作られて、すごく活躍されていたので、クラリネットアンサンブルも色んな形で経験させていただきました。アンサンブルの中で音楽を作る感覚というのは、そこでかなり培われたと思います。
フランス留学で学んだ「楽譜を読む」ということ
ー フランス留学の経緯や、そこで得られた学びについて教えてください
大学4年生の時に、ニースの講習会に単独で行って、その時の先生としてギイ・ドゥプリュ氏に出会いました。彼に習いたいと思い、パリ・エコール・ノルマル音楽院に留学しました。
ギイ・ドゥプリュ氏の存在はとても大きくて、あの方がいなかったら、私はプロにはなれていなかったと思います。
まず教えていただいたのは、「楽譜をきちんと読む」ということ。アクセントやデュナーミクなど、書かれていることを徹底的に尊重する。それをやり切ると、最初はやりにくく感じても、ある瞬間に「こういうことだったのか」と腑に落ちるんです。
先生は決して、ご自身の考えを押し付けることはなくて、ヒントはたくさんくださるんですが、最終的には、「自分で考えて、自分で決める」ということを求められました。楽器選びにしても、「私と君は違う人間なのだから、自分で決めなさい」と言われていました。
あと印象的だったのは、「人生最後の日まで探し続けなさい」という言葉ですね。変化を恐れず、でも流行に流されすぎることもなく、探求を続ける。その姿勢は今でも大きな軸になっています。
ー 日本とフランスでの音楽観の違いについて感じたことはありますか
フランスは比較的ロジカルな側面が強いと感じました。ソルフェージュから音楽を組み立てていく文化があるので、楽譜をどう読むかという点が非常に重要視される。
一方で日本は、情感や「間」の感覚を大切にしているように思います。例えば、休符も音楽の一部としてどう扱うか、あるいは楽章間の空気をどう保つかといったことですね。
ステージ上では、自身が演奏していない時間も含め、音楽全体の空気感をどう保つかを常に意識していると語る篠原氏。写真は、西宮市大谷記念美術館で行われたコンサートでの一場面。ピアニストは橋本礼奈氏。
ー 休符や間について、特に意識されていることはありますか
ステージに立っている以上、音が鳴っている時間だけでなく、鳴っていない時間も含めて音楽だと思っています。そこが単なる「休み」になってしまうと、空気が途切れてしまう。最終的には、その場の空気感をどう保ち続けるかということに尽きるのではないかと思います。
支えることで生まれる、音楽の立体感 ― 3rdクラリネットという役割
ー プロとして活動される中で、大きな転機となった経験はありますか
オーケストラにエキストラで入るようになったことは大きかったですね。それまでレッスンで言われていた「楽譜を正確に読む」ということが、実際の現場でそのまま求められる。特に発音の正確さについては、それまで許されていた曖昧さが一切通用しなくなりました。
ー どのような点を見直されたのでしょうか
一番は発音の精度と、それに伴う音の響きです。発音が曖昧だと、結果的に音の響きも整わない。逆にそこが整うと、全体の中での役割もはっきりしてくる。その重要性を実感した時期でした。
ー 現在、オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラでは主に3rdクラリネットを担当されていますが、その魅力について教えてください
3rdクラリネットは、想像以上に奥が深い役割ですね。3rdは基本的に内声を担うのですが、実際には1stや2ndとは異なる動きをすることも多く、ホルンやトロンボーン、サックスなど、さまざまな楽器と組んで音楽を作っていきます。
ー 演奏中、どのような意識が求められるのでしょうか
常に自分の位置を把握することが大事で、今どの声部に属しているのか、誰と組んでいるのかを瞬時に判断する必要があります。
役割としては、ヴィオラに近いかもしれません。ここがしっかりしないと、音楽全体の立体感が生まれない。非常に重要なポジションだと思っています。表に出ることは少ないですが、音楽の厚みやバランスを支える役割として、非常に面白いと感じています。
オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ 東大阪特別公演のリハーサルにて。篠原氏は、3rdクラリネットの奥深い魅力に惹かれ、その魅力をより多くの人に伝えたいという想いを大切に活動している。
ー アンサンブル活動については、どのように捉えていらっしゃいますか
いろいろな編成で演奏してきましたが、同じ曲でも共演者が変わるとまったく違う音楽になる。それが面白いですね。演奏していると、まるで相手と深く対話しているような感覚になることがあります。特にピアノとのデュオでは、それを強く感じます。
日々の練習と、周囲を聴く力
ー 日々の練習で大切にされていることは何でしょうか
まずは自分の状態を確認することですね。乱暴にならないように、ルーティンとしてロングトーンとスケールは必ずやります。
それと演奏においては、やはり周りをよく聴くこと。自分の音だけでなく、全体の中で何が起きているかを感じ取ることが重要だと思います。
ー 現在使用されている〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器について、どのような魅力を感じていらっしゃいますか
“Légende(レジェンド)” を使っていて、音の芯と響きのバランスの良さが気に入っています。
豊かな響きがありながら、音程や音の粒が非常にクリアでコントロールしやすいです。その中に余白があって、アンサンブルの中で自然に音を作っていける感覚があります。束縛されすぎず、それでいてきちんと導いてくれる。その柔軟性が魅力だと思います。
自分で考え、探し続ける
クラリネットという多彩な表現が可能な楽器だからこそ、若い世代にも幅広い音楽に触れながら、自分自身の表現を見つけてほしいと語る篠原氏
ー 母校の大阪芸術大学で教えられていますが、学生にどのようなことを意識的に伝えられていますか
基礎技術はもちろん大切ですが、それ以上に「自分で考える力」を身につけてほしいと思っています。
そのためには、いろいろな人とアンサンブルをしたり、さまざまな音楽に触れたりすることが必要です。人の話を聞きつつ、自分の考えも持つ。そのバランスを大切にしてほしいですね。
ー これからクラリネットを続けていく若い世代に向けて何かメッセージをいただけますか
クラリネットは本当にいろいろな音楽ができる楽器です。クラシックだけでなく、ジャズや民族音楽など、さまざまな世界があります。
「正解は一つではない」ということを知って、ぜひいろいろな音楽に触れてほしいですね。そうすることで、自分がどんな音を出したいのか、どんな音楽をやりたいのかが見えてくると思います。
ー 音楽家として続けていく中で、ご自身が大切にされていることは何でしょうか
難しさは常にありますし、精神的に厳しい場面も多いです。ただ、その中で大事なのは、自分の軸を持ちながらも、人の意見をどう受け止めて、どう判断するかを考え続けることだと思います。
そして最終的には、「好きかどうか」に尽きるのではないでしょうか。どんなに大変でも、気がつけば楽器を手に取っている。その感覚がある限り、続けていけるのだと思います。
そしてやはり、音楽は一人ではできないものです。周りの人に支えられているという実感も、大きな支えになっています。
大阪・マグノリアホールで、左から安積京子氏(ピアノ)、大橋ジュン氏(歌)、篠原氏のトリオ コンサートをされた際の一枚。色々な楽器、音楽家とアンサンブルをする中で、ご自身の音楽活動の幅を広げられている篠原氏。
ー 200周年を迎えた〈ビュッフェ・クランポン〉に何かメッセージをいただけますか
おめでとうございます。〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器は、常にプレイヤーと一緒に進化を遂げながら、時代の先端を作ってこられたように思います。
ここ10年で言うと、“Tosca(トスカ)” 以降の “Tradition(トラディション)”、“Divine(ディヴィンヌ)”、“Légende(レジェンド)” の流れだったり、最近の “Rondo(ロンド)” バレルだったり、私自身も30代の間、探求を続ける中で〈ビュッフェ・クランポン〉に助けられてきました。
また、〈ビュッフェ・クランポン〉の音色を保ちながら、その革新をスチューデントモデルにまで広げていることも魅力的だなと思っています。
だからこそ、いろいろなタイプの奏者が〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器を使っているのだろうと思います。ぜひこれからも、奏者とともに、そして奏者を支える存在であり続けていただきたいと思います。
プライベートでは4匹の愛猫と暮らしており、コンサートやツアーで多忙な日々の中、大切な癒やしの存在になっているという
ありがとうございました。