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パスカル・モラゲス氏 プーランク『クラリネットとピアノのためのソナタ』を語る – vol.2

パリ管弦楽団首席クラリネット奏者、パリ国立高等音楽院教授を務める世界屈指のクラリネット奏者パスカル・モラゲス氏。2025年のパリ管弦楽団日本公演で来日した氏に、プーランクの『クラリネットとピアノのためのソナタ』の演奏法について解説いただきました。記事は3回に分けて連載し、第2回は第2楽章についてお届けします。
取材・執筆・楽譜制作:鶴山まどか(クラリネット奏者)

第1楽章についてはこちらから、第3楽章についてはこちらからご覧ください。

第2楽章

 プーランクは非常に美しいものを書いたと自覚していました。友人に宛てた手紙の中で、「私はこれ以上に美しい音楽を書いた事はない」という趣旨のことを述べています。
 
 冒頭はまさに「クラリネットのように」演奏できます。クラリネット奏者はよく、アタックが聞こえないからはっきり発音するように言われがちです。しかしこの部分はソロなので、自然に音が響いてくるまで待ってよいのです。直接的な発音は避け、何が起こっているのか、始まったのかも分からないというように、抽象的に。テンポを刻む必要はなく、2小節目のファに戻るまでよく待ちます。
 
 ピアノは休符ですが、ペダルを踏んでもらうようにします。そうする事で共鳴し幻想的な響きを生みます。
 
 3小節目のアクセントは拍頭のソ#にあります。ラがアクセントにならないように注意してください。2つ目のフェルマータは緊張感を次の小節までよく保ちます。(譜例19)

 
 5小節目のミの音程は大抵高くなります。7小節目のフレージングはファからソ#のインターヴァルを利用して表情豊かに歌います。(譜例20)
 

 
 ①からの旋律は二分音符のミを減衰させずにキープさせておくと、3拍目から次の小節目の1拍目のラに向けて、響きの中で美しく弛緩させる事ができます。
16小節目はまだmfなので、力まないようにしてシンプルに歌います。(譜例21)
 

 
 演奏するホールやリードの状態にもよりますが、必要に応じてスラーの切れ目でブレスを取ります。テンポは書かれている通り♩=54、あるいは60くらいまでなら早めにしても良いでしょう。テンポを遅めに設定した演奏をしばしば聞きますが、その分ブレスコントロールが難しくなります。
 
 
 ②は突如として怒りの場面です。①の無限の優しさを否定し、人生の厳しさがあります。
直前にはよくcrescendoを付けて演奏されます。私自身そうしていた時期もありますが、プーランクは何も書いていません。このソナタのテーマが「対比」である事を考慮し、②からはsubito fとして演奏するようになりました。(譜例22)
 

 
 
 29小節目では例えfであっても叫ぶような吹き方はしません。ピアノ伴奏付のクラリネット協奏曲ではないからです。あくまで上品に、声楽のように歌います。(譜例23)
 

 
  33小節目や43小節目からのフレーズはmfなので、尚更力まないようにします。
 44小節目の上第四線のソは次のような運指を使用できます。(譜例24)
 

 
 
 ⑤からは①と同じモチーフですが、fまで発展する抒情的な場面です。fの後はすぐに減衰しないように。フレーズ最後のレまで方向性を持続させてからディミヌエンドします。(譜例25)
 

 
 57節目のレ♭はサイドキーを、58小節目の上第四間のファは次の運指を使用できます。(譜例26)
 

 
 61、2小節目は、5小節目からと同じく「声」のモチーフです。(譜例27)
 

 
 63小節目からは回想のような部分なので、①のように過度な表現は必要ありません。想い出は常に色褪せて曖昧なものです。事前に充分に息を吸って、ヴィブラートは使わず、平らでなだらかに演奏します。こうする事で68小節目の八分休符まではブレスを取る必要はなくなり、フレーズを損なう事もありません。(譜例28)
 

 
 ⑦は最後の嘆きのようです。fですが高い音域なので無理に鳴らす必要はなく、丁寧に歌います。(譜例29)
 

 
 最後の小節はピアノが入る前に消えてしまわないように注意します。(譜例30)
 

写真:パスカル・モラゲス氏。鶴山氏の楽譜を手に取り、「あれ、もう全部書いてありますね!先生はどなたですか?」と冗談めかして笑われた。

第1楽章についてはこちらから、第3楽章はこちらからご覧ください。

パスカル・モラゲス – パリ管弦楽団首席クラリネット奏者、パリ国立高等音楽院教授
■「世界屈指のクラリネット奏者」(ダニエル・バレンボイム)、「私は特別な推薦を加えたい。パスカル・モラゲスは卓越したソリストだ」(ピエール・ブーレーズ) ■ 1963年生まれ。1976年、パリ国立高等音楽院に入学し、クラリネットと室内楽の両部門で首席を獲得。18歳の時、ダニエル・バレンボイムの招きによりパリ管弦楽団の首席クラリネット奏者に就任。1995年より母校パリ国立高等音楽院で後進の指導にもあたっている。ソリストして、またモラゲス五重奏団をはじめとする室内楽奏者として国際的に活躍し、輝かしい演奏活動を展開。録音も多数あり、仏国内外の批評家から高い評価を獲得。モラゲス五重奏団はこれまでに多数の録音を残し、特にモーツァルト録音は新アカデミー・デュ・ディスク大賞を受賞している。パスカル・モラゲスは〈ビュッフェ・クランポン〉公式アーティストも務めている。使用楽器は“Divine”。
鶴山まどか – クラリネット奏者
12歳よりクラリネットを始める。埼玉県立芸術総合高校音楽科、東京芸術大学卒業。2011年に渡仏しリュエイユ・マルメゾン地方音楽院を経てパリ国立高等音楽院に入学、修士課程を修了し2017年に日本へ帰国する。 これまでに萩原亮彦、秋山かえで、亀井良信、山本正治、フローラン・エオー、アルノー・ルロワ、ジェローム・コント、パスカル・モラゲスの各氏に師事。 東京芸術大学在学中に安宅賞を受賞した他、モーニングコンサートにて芸大フィルハーモニアと協奏曲を共演、卒業時にはヤマハ新人演奏会に出演。 第27回日本管打楽器コンクール入選、第2回ジャック・ランスロ国際クラリネットコンクールファイナリスト、第28回日本木管コンクール第1位。
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