荒木奏美氏 インタビュー|読売日本交響楽団 首席奏者
読売日本交響楽団の首席オーボエ奏者としてオーケストラの「要」を担いながら、ソリストとしての活動、現代音楽の初演、映画音楽のスタジオ録音、さらにはEnsemble FOVE(アンサンブル フォーヴ)やJapan National Orchestra(JNO)での活動まで、幅広い現場で表現を磨き続ける荒木奏美氏。本インタビューでは、首席奏者としての姿勢に加え、表現の幅の広さと音色の豊かさを育んできたユニークな練習方法など、トップ奏者として活躍し続ける秘訣を丁寧に紐解いていきます。
音を超えて、表現へ ― 成長し続ける表現者の思考と実践
首席オーボエ奏者として、オーケストラを「つなぐ」
― 読売日本交響楽団の首席奏者として日々舞台に立つ中で、特に意識している役割や、音楽づくりの姿勢はありますか。
首席オーボエは、オーケストラの中でもとても大切なポジションだとよく言われています。まず、座る位置がオーケストラ全体を見渡せる一番真ん中にいるんですよね。指揮者もほぼ正面から見ることができるので、実は弦楽器の方々よりも指揮者から受け取れる情報は多いと感じています。
そうした立場を活かして、オーケストラ全体の中で、より良い 「つなぎ役」 でありたいと思っています。コンサートマスターとも、コントラバスとも、必ずコンタクトを取るようにしていますし、後ろの管楽器の音もよく聴こえるので、オーケストラの中で 「橋渡し」 ができる奏者でいたいと思っています。
自分の演奏だけで一杯いっぱいにならずに、同僚の意図を汲み取りながら、その発信力をさらに前に押し出すべきか、それとも「今はここに集まろう」と舵を取るべきか、常に考えて音楽の流れを支える 「要」 の存在でありたいですね。
― 東京交響楽団の首席として長く活動された後、読売日本交響楽団へ移られましたが、オーケストラを移られて、ご自身の表現に変化はありましたか。
東響と読響では、音程感も、タイミングも、何を大事にしているかも想像以上に違いがありました。どちらが良い、悪いではなく東響に入ったときは、オーケストラの経験がほとんどない状態でしたので、先入観がなく、まっさらな気持ちで作品に向き合えたと思います。
一方で、東響で経験を経たうえで、同じ作品を読響で演奏すると、まるで違う曲を演奏しているようで、最初はとても驚きました。経験を積んでいたからこそ、その違いが難しかったのだと思います。ただ、演奏方法を自分の中で大きく変えたというよりは、新しい引き出しが増えた、という感覚に近いですね。
東響は、当時の音楽監督が求める方向性もあって、繊細で流れるような、とても流動的なオーケストラだと感じていました。一方で、読響はしっかりと音を鳴らす、非常にパワーを感じるオーケストラです。入団したばかりの頃は、自分の音がよく聴こえず、「もう少し吹いて」と言われることもありました。
ただ、単純にたくさん吹けばいいという問題でもないので、良いバランスを育てていくのはとても難しかったです。これまで経験してきたことや、その時の自分の良さを、読響の持つ魅力とうまく融合させていきたいと考えていました。
「オーケストラに染まりすぎない」という表現が適切かどうかは分かりませんが、オーケストラに合わせて自分のスタイルを変えること自体はできます。ただ、オーケストラもまた成長していく存在ですし、お互いに良い影響を与え合える関係でありたいと思っています。
荒木奏美(あらき・かなみ)氏 プロフィール:東京藝術大学を首席で卒業、同大学院修士課程修了。同大学に在学中の2015年、21歳でオーディションに合格し、2023年3月まで東京交響楽団の首席奏者をつとめ、現在、読売日本交響楽団首席オーボエ奏者。国内の数々のコンクールで入賞を重ね、第11回国際オーボエコンクール・軽井沢では日本、そしてアジア勢でも史上初となる 第1位(大賀賞)、併せて聴衆賞を受賞した。第27回出光音楽賞受賞。ソリストや現代音楽、劇伴レコーディングなど幅広く活動している。
ソリスト、現代音楽、録音 — 現場が変わっても 「音楽」 はつながっている
― ソリストとして多数のオーケストラと共演し、また現代音楽の初演や映画音楽のスタジオ録音など幅広く活動されています。それぞれの現場で、音楽との向き合い方に違いはありますか。
音楽との向き合い方そのものに、大きな違いがあるとは思っていません。ただ、使っている 「引き出し」 は違います。
現代曲では楽音だけでなく、フラッターやクラスター、キーノイズといったオーボエの特殊奏法を使うことも多いのですが、こうした経験は、実は純粋な楽音を出すときにも大きく活きてきます。
私たちは、基本的にはきれいな音を出す努力をしていると思いますが、同じ音の中にも、たくさんの種類があることを体験することができます。かつては楽音で表現するしか方法がなかったけれど、「この楽音は、もしノイズという手段があったら、こんな音を求めていたのかもしれない」と想像しながら音を出すと、音色そのものが変わってくるんです。(※荒木さんは机をテンポよく叩き、語ってくださった。)
様々な表現に取り組むことで、楽器への息の入れ方そのものに対する考え方も変わりました。作曲家の持つ膨大な音のイメージを演奏家がどこまで感じ取れるかは分かりませんが、異なる演奏体験を重ねることで、近づくことはできるのではないかと思っています。
スタジオでは、何よりもまず、譜面を素早く読む力が求められます。その場で渡された楽譜をすぐに吹くことが多く、オーケストラのように全員で演奏するのではなく、オーボエ一人や木管だけで演奏する場面も多くあります。
耳の中でしか聴こえないオーケストラを鳴らしながら演奏するのは、これまでオーケストラで培ってきた経験がそのまま活きている部分だと思います。もし目の前にオーケストラがあれば、「きっと今はこういう呼吸感だろうな」と想像しながら演奏する。そう考えると、オーケストラ演奏とスタジオでの演奏はつながっていると感じています。
スタジオでは、他にも一度音楽を聴いただけで、「楽しいシーン」 や 「悲しいシーン」 といった情報を瞬時に捉え、マッチする音色を引き出すようにしています。
これは、ソロの活動や現代音楽への取り組み、オーケストラでさまざまな作品に触れてきた経験があるからこそ、一瞬で音楽の情景を思い描くことに繋がっています。そうした意味で、それぞれの経験は強く結びつき、相互に影響し合っていると感じています。
写真(左):読売交響楽団公演時の一枚。荒木氏は中央右(©読売日本交響楽団)
写真(右):インターナショナル・ウィンド・サミット2024に集まった、国内外のトップ奏者たちとのレコーディングのオフショット
世界的オーボエ奏者たちが示した「呼吸」 — テクニックを支える核心
― ハインツ・ホリガー氏をはじめ、故モーリス・ブルグ氏、ハンスイェルク・シェレンベルガー氏など世界的オーボエ奏者との共演から得た学びや、心に残る言葉はございますか。
ホリガー氏は、オーケストラで共演した際に「楽譜を演奏するのではなく、音楽を演奏して」とメンバーに伝え、「Play music」とおっしゃっていました。初めて客演で来られた時、私はオーケストラの中で吹いていたのですが、「オーボエの彼女はできている」と言っていただいたことがあります。ちょうどその頃、自分の表現をやりすぎているのではないかと迷っていた時期でもあったので、その言葉に「これでいいんだ」と思えたことは、大きな支えになりました。
演奏については、皆さん口をそろえて「管楽器で大事なのは呼吸だ」とおっしゃいますが、それを本当に間近で実感しました。驚くほど多くのテクニックをお持ちですが、それらを支えているのは結局「呼吸」なのだと感じました。
共演した3名に共通していたのは、まるで体の一部のように自然に楽器を吹いていらっしゃることでした。ブルグ氏のレッスンでは、「寝転がって、息をしないように息をする」という練習を体験しましたが、これはオーボエを吹くための意識された息ではなく、「自然な呼吸」を取り戻すためのものだったのだと思います。
オーボエに合わせて呼吸をすると、例えば音によって息を細くしてしまったりと癖が出てしまいますが、彼らの演奏は基本的に自然で十分な呼吸に支えられていました。実際に一緒に演奏すると、無意識のうちに同じような呼吸になり、不思議なほど吹きやすく感じました。力に頼らなくても音が豊かに響く、とても印象的な体験でした。
理想は、寝転がったときに自然と生まれる腹式呼吸のような「意識していない呼吸」に、演奏時の呼吸を少しずつ近づけていくことです。ただし、これは頭で理解するだけでは身につくものではなく、実際のトレーニングを通して体得していく必要があります。
写真(左)から順に、ホリガー氏、ブルグ氏、シェレンベルガー氏とのツーショット
同世代とつくる音楽 — 自由にチャレンジする喜び
― Ensemble FOVE(アンサンブル フォーヴ)やJapan National Orchestraのメンバーとして、同世代の音楽家と創る音楽にどのような刺激を感じていますか。
同世代の音楽家と演奏しているからこそ、自然に共有できる感覚が多いのが、大きな強みになっていると感じています。いい意味で、遊びの延長のように音楽づくりもできるんですよね。意見交換も活発で、表現の面でも思い切ったチャレンジができます。そうした環境が、お互いに刺激し合いながら成長できる場になっていると感じています。
Japan National Orchestra ©Yuji Ueno
Japan National Orchestraのドイツ公演時のオフショット
Ensemble FOVE は現代音楽を中心に活動していますが、中心となっている作曲家の坂東祐大氏は非常にアイディアが豊富で、常に新しい刺激を受けています。いわゆる「無茶ぶり」のような楽しい形で、表現全般について奏者の枠を超えたことを求められる場面も少なくありません。その場で音のニュアンスなどについて即興的に要求されることもあり、挑戦できる貴重な機会になっています。
一方、Japan National Orchestra はクラシック作品を演奏するオーケストラですが、メンバーはいずれもソリストとしても活動している奏者が多く、オーケストラ作品によくある慣習にとらわれすぎない側面があります。まっさらな状態からそれぞれの感性を持ち寄り作品に向き合うことで、常に新鮮な感覚で音楽づくりができていると感じています。
「変幻自在」— 音色探しは「遊び心」を大切に
― 理想とする音色のイメージと、それを実現するために日々の練習や演奏で意識されていることについて教えてください。
理想とする音色のイメージは一つではありませんが、変幻自在に音色を操り、さまざまな音色を生み出せることが理想です。
現代曲の話と結びつくかもしれませんが、あえて汚い音を出したり、同じ音で「今の自分が出せる極上の音を出してみよう」と試してみたり、変な顔で吹いてみたり、寝っ転がって吹いてみたら変わるかなとか…、いろいろと遊ぶような感覚で試しています。練習はイメージだけでは変わらないこともあるので、何かを具体的に変えてみると、「こういう音色は、こういうふうにすると出せるんだ」と気づくことができます。
そうして試しながら出会った音色を、普段の姿勢でもその音色を目指して吹いてみます。聴いている人にどこまで伝わるかはわかりませんが、吹いている側としては情報量が増えるので、こうして音色を見つける作業にはやりがいがありますし、遊びながら楽しんで取り組んでいます。曲の中で、単音で音色探しをすることもあります。
高い音ほど、重心は低く
― 荒木さんの 「美しく痩せないハイトーン」 はどのように自分のものにしたのでしょう。
高音で自分が出したい音色が出せるようになるまでには、時間がかかりました。実は、意識としては、高い音を出すときほど、低い音を出しているときよりもさらに「低い音を出すような体の重心」をイメージしています。
音が高くなればなるほど、重心を下げてみたり、2オクターブ下を吹いているつもりの息で吹いたりします。そうすると音程がうまくいかなくなることもあるので、その部分をどうカバーするかを考えながら、少しずつ見つけていきました。
音は目線ひとつでも変わってくると思います。オーボエを始めたばかりの方だと、高い音が苦しいと感じて目をつぶってしまうことがありますが、それをやめて、目を開いて吹いてもらうと、少し音が飛んでいくようになります。
あとは、自分の後ろを響かせる意識です。ベルは前にありますが、後ろから自分の音で空間を満たすような感覚です。楽器に命令して音を出すのではなく、自分の体から豊かなものが出ていくイメージを持つ。そうすると自然と力も抜けて、リードが響き、楽器が響いていきます。そうした経験を何年も重ねて、今ようやく、吹き始めた瞬間からハイトーンでも目指している音が出せるようになってきました。
スコアと和声が、表現の軸になる — 歌曲から学ぶ「発音」
― 表現の引き出しを増やすために取り入れた練習や、意識的にされている習慣はありますか。
表現について、「何からイメージしているのか」 と質問を受けることが多いのですが、風や模様、空気の重さ、花びらの落ち方など、日常のささいなことからもイメージを取り入れていると思います。いろんなものを鑑賞したり、和声や音そのものから感じるイメージもあります。
フレージングについては、スコアから導く作業を大事にしています。和声を軸にして、道のりをいくつか考えます。一つの山にも登り方がいろいろある。そこに音色のイメージを重ねていくことで、表現がいろいろ聴こえているのかもしれません。
音色を和音から見つける方法は、ピアノで弾いて、ペダルを踏みっぱなしにして、オーボエの音をその響きに入れるようにする。するとオーボエだけで吹いているときと全く違う音色を、自分で出そうとするんです。そうして得た音色感覚を大切にしつつ、表現やフレーズと融合させています。
歌も好きで、普段のレパートリーに歌曲を取り入れています。例えば、オペラを題材にした作曲家アントニオ・パスクッリ(オーボエ界のパガニーニと言われています)の作品って、超絶技巧に目が行きがちですが、途中のアリアの美しさを大切にしています。
そのアリアを演奏する際に、オペラのスコアを見て、音符の下にイタリア語の歌詞を書いて、CDで発音を聴いて、子音を真似してタンギングを変えるようにしてみます。そういう練習をすると引き出しが増えてきます。フレージングも、自分の中から全部出しているというよりは、こうして歌手から「真似る」 ことから出している部分もある気がします。
ドイツ語だとシューマンの歌曲、フランス語だとドビュッシーやフォーレの歌曲をやってみたり。言語によって発音や音の膨らみ方が違うので、みようみまねでやっているんです。
このようにしていくと、オーボエという楽器を超えられる気がして、すごく楽しいんです。私は、オーボエ奏者というより、表現者でありたいと思っています。オーボエが一番自分にとってよい手段だったし、歌曲をやるのにも似合う楽器だなと思っています。
荒木氏は、「表現の引き出しを増やす」ために、楽曲が初演された当時の風景を想像することを大切にしていると語る。シューマンやモーツァルトが、こじんまりとしたサロンで演奏していた情景を思い描くことで、大きなホールでも作品本来の雰囲気を感じながら演奏できるという。
「生もの」として音楽に向き合う
― どんな状況でも 「自分の音楽」 を保つために、心の持ち方や考え方で大切にされていることはありますか。
「生もの」であると意識することを大切にしています。昨日吹けたように、今日吹けないこともある。だから、ベストは尽くしつつも、あまり自分に期待しないようにしています。
例えば、毎年冬が来るたびに「去年ってこんなに寒かったかな」と思うように、去年は調子が良かったと自分で思っていても、実はそうでもなかったりかもしれない。常に変化していることを忘れないようにする。 長く、オーボエと一緒に成長していくためには、変化していることを忘れないようにしないと、ストレスになりすぎてしまうので。
〈ビュッフェ・クランポン〉との出会いは 「一目ぼれ」
― 初めて〈ビュッフェ・クランポン〉 のオーボエと出会ったとき、どのような印象を受けましたか。
高校1年生の時、これから音楽で頑張ろうと思った時に、決めた一本が 〈ビュッフェ・クランポン〉 の “Prestige(プレスティージュ)” でした。
私は恐らく息が強い方で、元気に吹いている奏者だったので、この楽器を吹いたときに、なんでも受け入れてくれることにびっくりして。ほぼ 「一目ぼれ」 のような感じでした。どれだけ息を入れてもオーバーしない。入れた分だけついてきてくれることを、高校生ながらに感じていました。ぱっと吹いただけでも音程の苦労がなくて、全部が素直に音が鳴ってくれたので 「いいな」 と思ったんです。
― それ以来、〈ビュッフェ・クランポン〉を長く使い続けてこられた理由を伺えますか。
ずっと一緒にこの楽器と育ってきて、「楽器のせいだ」 と思ったことが一回もなかったから、変えなかったんです。やりたいこと、いろんなチャレンジにも反応してくれる。音色を作りたいときに、全部に反応してくれる。表現の幅が広くて自在だったのが、長く使っている理由だと思います。
― 奏者として歩んでこられた中で、楽器の方が荒木さんに何かしらの影響を与えたことはありますか。
少し機能的な話になりますが、グリーンライン※は、短い時間の中での変化が少なく、とても安定して演奏できる楽器だと感じていました。
演奏にはリードや天候といった要素も大きく影響します。そのうえで、楽器自体まで不安定になってしまうと、もしかすると自分の気持ちまで揺らいでしまっていたかもしれません。でも、楽器が常に安定していてくれたことで、演奏の際に過度に神経質になることなく、音楽そのものに集中することができていました。
「もしかしたら楽器の調子が悪いのでは」 と感じることで、自分の調子まで崩れてしまう、という経験は一度もありませんでした。楽器の安定性があったからこそ、自分が音楽に向き合える時間を、しっかりと確保できていたのだと思います。
※グリーンライン®はビュッフェ・クランポン・グループが開発したグレナディラを再合成した素材で、温湿度の変化による割れの問題が起こりづらく、信頼性、耐久性と力強い鳴りを兼ね備えています。
― 長年 “プレスティージュ” のグリーンラインを愛用されてきましたが、最近ではグレナディラ(木製)の “プレスティージュ” も使用されています。その背景には、どのようなお考えがあったのでしょうか。
切り替えた、という感覚ではなくて、二本を使い分けていけたらいいなと思っています。プロになって10年ほど経ち、自分自身で音色をいろいろ生み出してきた一方で、これからは楽器のほうからもヒントをもらいながら表現を広げていけたらいいのではないか、と感じるようになりました。
何度か試奏する中で、グリーンラインと木製では響き方がまったく違うことを実感しました。木のほうが、グリーンラインに比べて手に伝わる振動が大きく、その違いを感じながら演奏するのも、とても魅力的だと感じました。
グリーンラインの透き通った、ややマットな響きもとても気に入っています。一方で、木ならではの柔軟な表現も知ってみたいと思いました。木製のほうが重さが少し軽いので、その分、別のことに意識やエネルギーを向けられるのではないか、という期待もあります。今は、その違いを楽しみながら比べているところです。
オーケストラの中でのブレンド感や、他の奏者と演奏したときのバランス感も試していて、とても興味深いですね。まずは木製のプレスティージュを、室内楽から使っていこうと考えています。
荒木氏の右隣は、同じく“プレスティージュ”を使用する〈ビュッフェ・クランポン〉のテスター、エレーヌ・ドゥヴィルヌーヴ氏。左から、“レジェンド”開発者のマチュー・プティジャン氏、“レジェンド”を使用し、荒木氏とともに読売日本交響楽団で演奏する山本楓氏。
楽器選びの基準 — 「ブレスを受け止めてくれるか」
― 新しい楽器を選ぶ際、どのようなことを基準に判断されますか。
まず大切にしているのは、自分のブレスをしっかり受け止めてくれる楽器かどうか、という点です。吹き込んだときにすぐキャパシティを超えてしまう楽器だと、これから先、物足りなさを感じてしまうと思うので。
次に重視しているのが、音程の並びや音色、響きです。音程そのものというより、「音の並び」がきれいかどうかを見ています。音色のばらつきが大きすぎると、演奏中にその調整ばかりに意識が向いてしまいます。
そうした点がきちんと整っている楽器であることが理想です。そのうえで、自分の表現によって色付けができる楽器であってほしい、と思っています。
― 長く同じ楽器を使ってこられた中で、今回新たに楽器を迎え入れるという決断をされましたが、そのプロセスで特に大切にされたことは何でしょうか。
「オーケストラの中で吹く」 という前提で選んだことが、前回(高校1年生で)選んだときとは違いました。そうなると、楽器に頼れるか、寄りかかれるか、ということも大事になります。木の “プレスティージュ” ほうがオーケストラでは、周りとの溶け込み具合が簡単にできるとは感じました。グリーンラインでももちろんできますが、木のほうがより自然に、少ない労力で他の楽器とブレンドさせることができたんです。
― グレナディラ(木製)の “プレスティージュ” を使い始められて以来、ご自身の音色や表現の幅に新しく感じた変化があれば伺いたいです。
今のところ、グリーンラインから木製に変えたことで、表現そのものが大きく変わったという実感はありません。ただ、木製の楽器でも、これから表現の幅をさらに広げていけたらと思っています。
ただ、楽器の響かせ方には大きな違いがあります。木製で試した響かせ方をグリーンラインでも取り入れてみるとうまくいくことがあったり、その逆もあったりして、互いに影響し合っている感覚があります。
たとえば、音を遠くに飛ばす場面では、木製の楽器のほうが、自然と音が伸びていってくれるようなイメージがあります。一方で、グリーンラインは、自分がすべて責任を持ってコントロールしていく感覚が強いですね。100メートル先まで音を届けることをイメージしたとき、木製の楽器は7割ほどの力でも十分に届くような伸びを感じられて、より楽に演奏できていると感じています。そうした違いを通して、表現の幅がさらに広がっていくのではないか、という期待を持っています。
荒木氏の地元・茨城県東海村の村発足70周年記念コンサートでの一枚
「練習方法」を練習した大学時代
― これまでのキャリアの中で、練習方法が大きく変わった転機があれば教えてください。
転機はないのですが、大学生時代は「練習方法を練習していた」時期だったと思います。効率の良い方法の情報はたくさんあると思うのですが、自分の理想に近づくためにはどうやったらいいだろう、といろいろ試せたことが大きかったです。今も短い時間で譜読みするときでも、「これをやれば大丈夫」という安心材料が増えています。あの時期は「練習方法」を練習していたんだな、と思います。
― 限られた時間の中でも効果的な練習を行うために、意識すると良いポイントがあれば教えてください。
たとえば、テンポの速いパッセージの練習の仕方にはいくつかのパターンがあります。リズムを変えて練習したり、アーティキュレーションを変えてみたり、テンポを段階的に上げていったりと、さまざまな方法を使います。
それから 「10回ゲーム」 という練習もよく行っています。10回連続でミスなくできなければ次に進まない、というシンプルなものですが、一見遠回りに見えても、それだけ集中して取り組めば、一つのパッセージを数分で仕上げることができます。
他に大切なのは、いつも曲を最初から最後まで通して練習するのではなく、「どこができていないのか」 を自分ですぐに把握できる状態にしておくことだと思います。自分の中に先生がいるような感覚で、苦手な箇所は自然と分かるようになってきます。
限られた時間で効率よく練習するためには、自分自身をよく知ることが重要です。また、移動中に楽譜を読むこともできますし、練習室にいる時間だけが練習ではありません。作品を聴くのも、スコアを見て自分のパート以外を確認している時間も、必ず演奏に活きてくると感じています。
― 自分の音を客観的に捉えるために、日常的に行っている習慣や工夫はありますか。
よく行っているのは、別の奏者の演奏を聴きながら一緒に演奏し、それを録音して、自分だけで演奏したものと聴き比べる方法です。そうして比べてみると、どのタイミングで息のスピードを変えているのかといったことも、耳で分かるようになってきます。
また、吹きながら自分の演奏を「見る」ように意識することもあります。自分の音が、ベルからリボンのように伸びていくイメージを持ち、そのリボンがどのような軌道を描いているのかを「見る」感覚です。そうした意識でいると、自然と注意が音のほうに向かい、少し距離を取って自分の状態を確認できるような感覚が生まれます。
荒木氏の言葉からは、音楽そのものを心から楽しみながら、遊び心を持って新たな可能性を広げていくことへのわくわく感が伝わってくる
小さな挑戦を続けていく人でありたい
― 200周年という節目を経た〈ビュッフェ・クランポン〉のオーボエと長く向き合ってこられて、今あらためて感じていらっしゃることがあればお聞かせください。
長くお世話になっていて、気がつけば15年ほど一緒に歩んできました。使い始めた頃は、〈ビュッフェ・クランポン〉 といえばクラリネットのイメージが強かったのですが、今は 〈ビュッフェ・クランポン〉 のオーボエに興味を持つ方が増えてきたという実感があります。私が吹き始めた当時は、オーボエのモデルは “プレスティージュ” しかありませんでしたが、この十数年でラインナップが増え、オーボエのメーカーとして大きく歩みを進めてきた姿を間近で見られたことを、とても嬉しく思っています。
― 今後の活動の中で、新たに挑戦したい表現や夢があればぜひお聞かせください。
表現をどんどん増やしていきたいと思っています。まだ見ていない世界も、きっとたくさんあるので。そして、表現を広げていくためには、やはり技術も必要になります。イメージしたものをきちんと音にするための技術を身につける努力は、これからも続けていきたいですね。
大きな目標を一気に目指すというよりも、小さな挑戦を積み重ねていける人でありたい。そのためにも、さまざまな方との共演を通して、もっと多くの場所を訪れ、いろいろなものや心、音、景色に触れていく必要があると感じています。
ありがとうございました。