亀居優斗氏 インタビュー|神奈川フィルハーモニー管弦楽団首席奏者
神奈川フィルハーモニー管弦楽団の首席クラリネット奏者として活躍する亀居優斗氏。インタビューを通して印象的だったのは、完成された理想像に向かうのではなく、その時々の音楽や環境に応じて、自らの演奏を更新し続けようとする姿勢でした。東京藝術大学での学びや海外で受けた刺激、東京佼成ウインドオーケストラ、そして神奈川フィルハーモニー管弦楽団での経験に加え、室内楽やソリストとしての活動を重ねる中で、亀居氏が大切にしてきたのは、音色だけでなく、音楽と向き合い続けることです。本インタビューでは、日々の基礎練習や音づくり、音楽への向き合い方、〈ビュッフェ・クランポン〉との歩み、そしてこれから目指す演奏家像などについて伺いました。
クラリネットとの出会いと、音楽観を変えた出会い
「中学生の頃は特に吹奏楽オタクだったので、いろんな学校の演奏を聴いたり、音源サイトで、全然知らないクラリネット奏者の演奏をたくさん聴いていた」と語る亀居氏。
ー これまでさまざまな場面でお話しされているかと思いますが、改めてクラリネットを始められたきっかけを教えていただけますか。
クラリネットとの出会いは、中学1年生の吹奏楽部でした。小学校では金管バンドでトランペットを吹いていて、そのまま続けるつもりだったんです。でも母から「トランペットは家で吹くとうるさいから」と止められてしまって。
そこで、「フルートは楽器が高いし、オーボエはリード代がかかる。サックスはオーケストラにないから、クラリネットがいいんじゃない?」と勧められました。
当時はドラマ『のだめカンタービレ』が放送されていて、オーボエ奏者の黒木くんの印象もあり、母の中には木管楽器という選択肢があったのだと思います。その勧めもあって体験入部でクラリネットを吹いてみたところ、とても楽しくて、そのままクラリネットを続けることになりました。
ー その後、中学・高校時代を通してクラリネットを続けたいと思うようになった転機や、その気持ちを支えた出来事はありましたか。
「この演奏を聴いたから」というような、はっきりとした転機は特になかったですね。ただ、中学生の頃は吹奏楽が大好きで、さまざまな演奏やクラリネットの音源をよく聴いていました。その中でモーツァルトの《クラリネット五重奏曲》に出会い、その美しい音色に惹かれたことは印象に残っています。A管クラリネットの存在を知り、その後ジュニアオーケストラで実際に吹く機会を得て、憧れていた音色を自分でも出せるようになったことが、振り返れば一つの転機だったように思います。
ー 東京藝術大学や大学時代を振り返って、ご自身の音楽観や演奏に大きな影響を与えた出来事や、印象に残っている方がいらっしゃれば教えてください。
高校1年生のとき、京都フランス音楽アカデミーで初めてローマン・ギュイヨ氏に出会いました。その後、東京藝術大学に入学してからマスタークラスで再会し、大学4年生で出場した国際コンクールでは、審査員を務めていらしたギュイヨ氏と再びお会いする機会がありました。
当時は、ヴィト・フェルナンデス氏やケヴィン・スパニョール氏が国際コンクールで優秀な成績を収めていて、「彼らの先生はどんな方なんだろう」と思っていました。調べてみると、その先生がギュイヨ氏だったんです。それをきっかけに、その年の夏、フランス・ティーニュで開催された講習会「ムジーク・アルプ」で、改めてギュイヨ氏のクラスを受講しました。
そこで音色や音楽への向き合い方について多くの刺激を受け、自分の奏法や考え方を抜本的に見直すきっかけになりました。その経験が、その年の12月に受けた東京佼成ウインドオーケストラのオーディション合格にもつながったのではないかと思っています。
もちろん、東京藝術大学でご指導いただいた伊藤圭氏や山本正治氏をはじめ、多くの先生方との出会いも自分にとって大きな財産です。当時は先生方が一人ひとりに深く踏み込んで指導してくださる機会が多く、ときには厳しい言葉に心を動かされることもありました。それでも、そうした経験があったからこそ成長できた部分も多く、今振り返っても、そのような環境で学ぶことができたことをありがたく感じています。
ローマン・ギュイヨ氏から受けた刺激と、プロとしての歩み
ー ギュイヨ氏の講習会をフランスで受けられた際、特に刺激を受けられたことは具体的にどんなことでしたか。
一番印象に残っているのは、「timbre(タンブル)」という言葉です。ギュイヨ氏はその言葉を本当によく使われていました。直訳すると、スネアドラムの響き線を動かすような意味で使われる言葉だそうですが、クラリネットでは、リードがしっかり振動して生まれる響きをとても大切にされていました。
もちろん、京都フランス音楽アカデミーや東京藝術大学でのマスタークラスでも同じことは教わっていたと思います。ただ、講習会で何度も繰り返し言われたことで、ようやく自分の中に落とし込めた感覚がありました。その年は、「ここを変えなければいけない」と一番強く感じたタイミングだったと思います。
高校時代はドイツで学ばれた井上京氏に師事し、柔らかく温かい音色を大切にする考え方を学びました。その上で、ギュイヨ氏からフランスならではの響きに対する考え方に触れたことで、自分の音色に対する視野が大きく広がりました。フランスとドイツでは音色だけでなく、響きに対する考え方も大きく異なります。僕自身、それまでは柔らかく温かい音色が理想だと思っていましたが、ギュイヨ氏から「その中にしっかりと芯のある響きがなければ、大きなホールでは響かないし、音色の変化もつけにくい」と教わり、腑に落ちる感覚がありました。
講習会から帰国した後は、何時間もロングトーンを繰り返しながら、自分の音がどのように響いているのかをひたすら見つめ直しました。その練習を続けたことで、その後の演奏は大きく変わったと思います。それまでは自分で響きを止めてしまっていた部分がありましたが、以前よりもストレスなく、自然に楽器を響かせられるようになったと感じています。
亀居氏が高校1年生のときに初めて指導を受けたローマン・ギュイヨ氏。東京藝術大学在学中にはマスタークラスで、大学4年生の夏にはフランス・ティーニュで開催された講習会で指導を受けた。
ー 大学卒業後は東京佼成ウインドオーケストラ、そして現在は神奈川フィルハーモニー管弦楽団で演奏されています。それぞれの経験は、現在の演奏にどのような影響を与えていますか。
東京佼成ウインドオーケストラには大学を卒業してすぐに入団しました。何も分からない状態で日本を代表する吹奏楽団に入らせていただき、音楽面はもちろん、技術面でも先輩方から多くのことを学びました。それだけでなく、社会人としての振る舞いや考え方も、周囲の方々が丁寧に教えてくださり、人としても大きく成長させてもらったと感じています。
音楽面で特に印象に残っているのは、アンサンブルに対する意識です。吹奏楽には弦楽器のボウイングのような共通の動きがありませんが、東京佼成ではブレスだけで全員が一つになって音楽をつくり上げていました。よくドイツのオーケストラは、指揮者が指揮棒を下ろしたあとに音が鳴ると言われますが、東京佼成もまさにそうした感覚を持っていて、団としてのサウンドや音楽づくりを全員が共有していることに強く魅力を感じていました。その経験を通して、アンサンブル能力や、団体として音楽をつくる意識を学ぶことができたと思います。
一方、神奈川フィルハーモニー管弦楽団では、吹奏楽とはまったく異なる音楽づくりを日々経験しています。タイミングの取り方一つをとっても違いますし、吹奏楽ではクラリネットが弦楽器のような役割を担う場面も多く、演奏し続ける時間も長いです。それに対してオーケストラでは、一つひとつの音や短いソロフレーズを、いかに魅力的に聴かせるかを以前より意識するようになりました。そうした経験は、オーケストラだけでなく、室内楽やソロなど、ほかの演奏活動にも確実につながっていると感じています。
東京佼成ウインドオーケストラ在籍時、クラリネットセクションの皆さんと多くの思い出を重ねられた亀居氏。
ー 現在、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の首席クラリネット奏者として、日頃最も大切にされていることは何でしょうか。
昨年、カルロス・フェレイラ氏が来日された際、ビュッフェ・クランポン・ジャパンでのインタビューに同席する機会がありました。その中で、「クラリネットは木管楽器の中でも比較的低い音域を担当することが多く、ソロを吹くだけではなく、木管全体の響きを支える役割が大切だ」というお話をされていて、とても印象に残っています。
フルートやオーボエは旋律を担い、音楽をリードする場面が多い楽器です。一方でクラリネットは、木管セクション全体の響きを支え、ソロを自然に引き立てる役割も担っています。フェレイラ氏のお話を聞いて、「確かにその通りだな」と改めて感じました。
もちろん、首席奏者として「自分が引っ張らなければ」という意識を持つこともあります。でも、それだけではなく、周りと調和しながら、例えばフルートがソロを吹いているときには木管全体で支え、同じフレージングをつくる場面では、その流れを尊重しながら、そこに少しだけスパイスを加えられるような演奏ができればいいなと思っています。
ただ周りに合わせるだけではなく、全体の流れを大切にしながら、自分らしさも自然に加えていく。そんなキャッチボールのような関係を築くことを、首席奏者として常に意識しています。
神奈川フィルハーモニー管弦楽団クラリネットセクションの齋藤雄介氏と同期の安藤友香理氏とともに
ー The Narmen Clarinet Ensembleやクインテット樹でのアンサンブル活動、そしてソリストとしての活動など、幅広く演奏されていますが、オーケストラとは異なるそれぞれの魅力を教えてください。
アンサンブルやソリストの活動は、オーケストラに比べると、自分の音が担う役割が圧倒的に大きいことですね。その分、自分がどういう方向性で音を出すのか、一つひとつの判断が音楽全体に大きく影響します。だからこそ、オーケストラ以上に、自分自身の音楽性をしっかり持つことを意識しています。
もちろんオーケストラでも音楽性は大切ですが、指揮者から「もっと小さく」と言われれば、それに応えることがオーケストラの美徳だと思っています。一方でアンサンブルでは、「自分はこう演奏したい」「こういう音楽をつくりたい」という考えを必ず持つようにしています。それをメンバー同士で持ち寄り、意見を交わしながら、一つの音楽をつくり上げていく過程は大きな魅力です。
ソリストとして演奏する場合は、さらに責任が大きくなります。オーケストラとの共演でもピアノとの共演でも、自分が一つの音楽を最後まで背負い、お客様に届けなければなりません。その分ハードルも高いですが、自分が伝えたい音楽や表現を最も素直に届けられるのがソロの魅力だと思っています。だからこそ、僕はソロで演奏することが好きですし、今もそうした機会をたくさんいただけていることをありがたく感じています。
The Narmen Clarinet Ensembleの皆さんと。左から吉本拓氏、三界達義氏、和川 聖也氏、亀居優斗氏。
ー ソリスト、室内楽、オーケストラでは、それぞれ音づくりや音楽への向き合い方に違いはありますか。
ソリストのときは、なるべく自分が「これがいい」と思っている音色から外れないように意識しています。ただ、ずっといい音だけで演奏してしまうと、音楽の流れが見えにくくなってしまうので、音色にちゃんと幅があって、その中でうねりが生まれるような演奏をしたいと思っています。
室内楽は編成によって役割が全然違います。例えばThe Narmen Clarinet Ensembleではバスクラリネットを吹くことが多いので、弦楽四重奏でいうチェロのような役割ですね。もちろんリードする場面もありますが、みんなが音楽を出しやすいように支えるだけの幅を持った音色をつくりたいと思っています。
一方、クインテット樹のような木管五重奏では、相手によって音色もかなり変えます。ファゴットやホルンと演奏するときはたっぷりとした音色を意識しますし、オーボエと演奏するときは、音量のバランスもありますが、少し抑えながらニュアンスをはっきり出すようにしています。ダブルリードはどうしても発音がクリアなので、クラリネットもそこに遅れないようにということは、五重奏ではいつも意識しています。
オーケストラでは、ずっとソロを吹いているわけではありません。その分、この曲のこのフレーズでは「クラリネットっていい楽器だな」と思ってもらえるような演奏をしなければいけないと思っています。その一瞬にエネルギーをかけるというか、密度の濃い演奏をすることを意識しています。もちろん、それ以外を気を抜いて吹いているわけではないんですけど、そういうメリハリは大事にしています。
クインテット樹は、2024年9月に開催された第73回ARDミュンヘン国際音楽コンクールにて、委嘱新曲作品優秀賞(特別賞)を受賞。コンサート後の一枚。
変わり続ける「理想の音色」
ー 思い描かれる理想の音色があれば、ぜひ教えてください。
それは、常に変わっているような気がしています。
吹奏楽を始めた頃は、最初にいいなと思ったA管クラリネットの音色に憧れていました。どちらかというと、温かくて柔らかい音色ですね。たぶん、自分が当時出していた音とは反対のものに魅力を感じていたんだと思います。クラリネットを始めたばかりの頃はコントロールもうまくいかなくて、オーバーブローしたり、締まった音になってしまったりしていたので、モーツァルトを聴いたときに、「こういう柔らかい音を出したいな」と思ったのを覚えています。
高校に入ってからは、習っていた井上京氏の影響もあって、ドイツやウィーンスタイルの演奏に数多く触れてきました。発音から柔らかくて、豊潤な音色にずっと憧れていましたし、そういう音を目指して吹いていました。
それが、フランスで学ぶようになってからは、また少し変わりました。鮮やかで、音そのものの美しさというよりは、ラインで聴かせるような音色というか。緊張感が必要な場面では張りのある音も出せるし、ドビュッシーのような作品では、ふわっと香るような柔らかい音も出せる。そういうふうに、いろいろな音色のボックスを持っていることがいいなと思うようになりました。
コンクールでは、「音はいいんだけどね」と言われることもあって、それですごく悩んだ時期もありました。その反動なのか、今は一つの音色だけを追い求めるというよりは、音色にレンジを持たせて、その結果、お客さんの満足度が上がるといいなと思っています。
それは、ソリストなのか、室内楽なのか、オーケストラなのかでも変わりますし、広いホールなのか、サロンなのかでも変わります。リードを替えたり、同じリードでは理想の音色にならなければ別のものを試したり、オーケストラでA管を吹き続けるなら長いバレルを使うけれど、持ち替えが多い曲なら短いバレルを選んだりもします。
なるべく「いつも同じ音」を目指すというよりは、その場所や、その場で聴いてくださる方に一番届きやすい音色を選んでいきたい。最近は、そういうことを考えながら演奏するようになっています。
ー 理想の音色は常に変わっているというお話でしたが、その時々の理想の音色に近づくために、日頃から意識されていることや習慣はありますか。
僕がフランス人の音色で特に憧れているのは、頭蓋骨の中で鳴っているような響きなんです。
もちろん骨格は変えられません。でも、「その響きに少しでも近づくにはどうしたらいいんだろう」と考えたときに、顔まわりや首の筋肉の使い方はすごく大事なんじゃないかと思うようになりました。耳の下から首の横にかけての筋肉がしっかり使えないと、楽器を構えたときの支えが安定せず、理想の響きにも近づけないような気がしています。だから、噛み応えのあるパンやグミを食べて、意識的にそのあたりの筋肉を使うようにしたこともありました。
それから、姿勢もかなり意識しています。座るときは座骨にしっかり乗って、お腹をベースに腹式呼吸がしやすい姿勢をつくること。足もまっすぐ出して、内ももに余計な力が入らないようにしています。
身体の使い方も、自分の中ではイメージがあります。左側はできるだけ安定させて、右側は短いフレーズや表現をつけるために使うような感覚ですね。もちろん意識的に動かしているわけではないんですけど、そういう身体のバランスは普段から結構意識しています。
「奏者もスポーツ選手と一緒で、その日その日にちゃんと身体が動く状態を作ってあげないと、演奏も変わってしまう。身体は資本なので、身体の準備は大切」と語る亀居氏。
理想の音色を支える、毎日の基礎練習
ー 基礎練習で毎日欠かさず続けていることや、長年続けている練習法があれば教えてください。
本当に毎日やっているのは、1 オクターブのスケールです。最低音からずっと半音ずつ上がっていく形で、時間がある限りやるようにしています。
最初は五度の短いスケールから始めます。例えば「ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ラ・ソ・ファ・ミ」のような形を、気が済むまで繰り返して、うまくいったら半音上げてまた同じように繰り返していきます。
ロングトーンもやりたいし、スケールもやりたい。でも時間がないときは、自分はスケールを優先した方がいいと思っています。ただ、最初から3 オクターブのスケールをやると、どうしても指に意識がいってしまって、息の流れを阻害してしまう気がするんです。なので、吹き始めはなるべく息を阻害しないで、その日ちゃんと楽器を吹くための息のルーティンをつくることを大切にしています。そのために、絶対に間違えない短い五度のスケールを、ロングトーンのような息遣いで何度も反復して、「今日のブレスのサイクルに乗ったな」と思ったら、少しずつ上げていくようにしています。
その中で、息遣いだけじゃなく、その日のリードの調子や音程、楽器の鳴りなんかも確認しています。少しおかしいなと思ったら、その場で何かを変えるようにしています。
あと、鳴りが悪いなと思ったときは、現代奏法のソン・フォンデュという練習を取り入れることがあります。楽器を過剰なくらい鳴らしてあげることで、その後の演奏ではストレスがかかりにくくなる感覚があるんです。ただ、かなり大きな音が出るので、場所は選ばなきゃいけないんですけどね。これは割と自分独自の練習法かなと思っています。
ー 音楽表現の幅を広げるために、普段から意識されていることや、演奏以外で刺激を受けるようにしていることはありますか。
意図的に音楽表現のためっていうわけではないんですけど、やっぱり行ったことのない国に行くとか、その場所の文化だったり、食だったり、宗教だったり、そういうものを見に行くっていうのはすごく好きです。
今年の夏もインドに行く予定なんですけど、デリーとかアグラとか、その辺りを回ろうかなと思っています。ゆくゆくは、他にも行きにくいようなところにも行ってみたいですね。寒いところだったらオーロラだったりとか、暑いところだったら……サハラはもう行ったので、また別のところだったり。そうやって、いろいろな場所に行って、その土地の文化や食、宗教に触れること自体が好きなんだと思います。
サハラ砂漠での一枚。この夏はインドやマダガスカルへの旅も予定しているという亀居氏。
中学生から続く、〈ビュッフェ・クランポン〉との歩み
ー ここから少し楽器についても伺いたいのですが、初めて〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器を手にされたのはいつ頃でしたか。 そのときの印象も覚えていらっしゃれば教えてください。
確か、中学2年生になる前の春か夏くらいだったと思うんですけど、当時教えていただいていた浅井崇子氏がお持ちだった“Prestige(プレスティージュ)”のB♭管を譲っていただく形で、初めて〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器を購入しました。
そのときの印象としては、それまで別のメーカーの学生向けの安いモデルを使っていたので、シンプルに見た目の高級感がありましたし、吹いたときの抵抗感がすごく心地よかったのは覚えています。音がオーバーブローしにくいというか、そういうところがすごく良かったですね。
それまで使っていた楽器と比べると、確実に響きも多いし、音程も取りやすい。それに、当時自分が憧れていた温かな音色も出しやすかったのは覚えています。
当時の吹奏楽部では学生モデルを使って演奏している人が多い中で、自分だけ割とハイモデルを使うことができたので、そういうところで、ちょっと楽器に助けてもらいながら、周りより一つグレードの高いことができていたような気はしています。
この頃は、とにかく良い楽器が欲しくて、この楽器を手にする前は、母を説得する中で過呼吸になってしまったこともありました(笑)。
ー 2025年から”Légende(レジェンド)”をご使用いただいていますが、”Légende”を選ばれたきっかけについて教えてください。
きっかけはカルロス・フェレイラ氏ですね。フェレイラ氏が”Légende”を使われていて、実際に吹かせてもらったときに、まず「すごく締まりがあるな」という印象がありました。でも、締まっているけれど音が細いわけではなくて、肉厚な音が出しやすい。それがすごく印象的でした。
あと、自分の中では、音が楽器の中で渦を巻くような感覚があって。その感覚があることで、自分自身の演奏にも集中しやすくなるというか、音楽の流れがすごく作りやすいなと思いました。何て言うんだろう、ちょっとした明かりがともるような感覚というか。音に肉厚さとか重厚感がありながらも、流れを作りやすい楽器だなという印象があります。
フランス留学中はいろいろな楽器を吹く機会があって、2024年から2025年にかけて、エコール・ノルマルではパトリック・メッシーナ氏の楽器を吹かせてもらったり、ヴェルサイユでもアレクサンドル・シャボ氏やフェレイラ氏の楽器を吹かせてもらったりしました。
そういう経験を重ねる中で、やっぱり自分には”Légende”が一番合うなと思って、最終的に”Légende”を選びました。
左から、カルロス・フェレイラ氏、パトリック・メッシーナ氏、アレクサンドル・シャボ氏。フェレイラ氏とは昨年、ビュッフェ・クランポン・ジャパンで撮影。メッシーナ氏とは、フランス留学から4か月で急遽参加したパリ国立管弦楽団のツアー、公演終演後に撮影。シャボ氏とは、帰国直前に参加したパリ・オペラ座公演で撮影。
ー 今感じていらっしゃる”Légende”の魅力について教えてください。
音の流れをすごく作りやすいので、特にソリストとして吹くときは、すごく魅力を感じています。
あと、室内楽でも発音がしやすいですし、お客さんにも音が届きやすいというか、音の輪郭が出しやすいので、木管五重奏なんかではすごくやりやすいなと思います。
逆にオーケストラでは、”Prestige”やほかのモデルの方がいいなと思う場面もあります。自分があまり前に出ずに、音の中に隠れなきゃいけないときなんかは、そういう楽器の方が合うこともあるので。なので、その時々で使い分けられるのが理想かなと思っています。
ー 現在、さまざまな活動に取り組まれていますが、その中で特に力を入れている活動や、今後新たに挑戦したいことがあれば教えてください。
新たにやりたいこととしては、The Narmen Clarinet Ensembleでは、プロデュースをしていただいている十亀正司氏と次のCDを作りたいという話もしています。クインテット樹では、東京、京都、札幌を巡るツアーも予定しているので(※インタビュー当時)、そういう活動も大切にしていきたいと思っています。
あと、自分自身の活動としては、リサイタルですね。今後は、自分一人でコンチェルトを4曲くらいやるような、「リサイタルなんだけどコンチェルトを聴いているような」、そういう企画にも挑戦してみたいと思っています。
クインテット樹は夏に年1回くらい、The Narmen Clarinet Ensembleも年1回くらいを軸にしつつ、依頼公演を中心に活動しています。次の冬も広島で演奏する予定です。
「”Légende”は、音に肉厚さや重厚感がありながらも、音楽の流れを作りやすい楽器」と、その魅力を語る亀居氏
「上手だけど刺さらない」ではなく、自分の信念を持つ演奏家
ー これまで、音楽や楽器との向き合い方についてさまざまなお話を伺ってきましたが、これから音楽家として、どのような演奏家になっていきたいとお考えですか。
自分より二つ年上のフェレイラ氏から、この歳になってもすごく刺激をもらって、音楽的なことだけじゃなく、考え方もかなり変わったところがありました。だから、自分自身も押し売りではなくて、自分の信念を発信したら、それに共感してくれるというか、響いてくれる人がいてほしいなと思っています。
もちろん、教育的に「こうしなさい、ああしなさい」と指導することも大事だと思うんですけど、「先生がいいと言っているからこうしよう」ではなくて、「先生のようになりたい」とか、「あの演奏家のようになりたい。そのためにはどうしよう」と、向こうからポジティブなアクションが起こるような演奏家ですかね。上手だけど刺さらない人ではなくて。
私は指があまり回らないときもありますし、高い音が当たりにくかったりもするので、完璧に吹けるタイプではないんです。でも、そういうところを除いても刺さるものがあったりとか、完璧主義で型にはまっているというよりは、少し人間臭いというか、そういうところで感覚的に刺さるものがあり続ける人でありたいなとは思います。
自分が「いい」と思うものって、結局は大体直感なんですよね。演奏家もそうですし、曲もそうだし、簡単に言えばご飯とか家具を選ぶときもそうです。買いたいものって、たぶん最初から自分の中では決まっていて、それを納得するために少し時間をかけてほかのものも見たりするんですけど。
最近は、「自分はこれが欲しいんだな」とか、「こっちを向きたいんだな」というベクトルが完全に向いているときもあって。そういうときは、やっぱりそっちに向いた方がすっきりするし、結果的にうまくいくんですよね。
だから、そういう自分の信念を持って動いて、その結果、いろんな人に刺さるといいなと思っています。
「感覚的に刺さるものがあり続ける人でありたい」と語る亀居氏。自主企画のリサイタルでは、少し攻めた曲にも挑戦するなど、常に変化を楽しみながら音楽と向き合う亀居氏の姿勢が印象的だった。
ー 〈ビュッフェ・クランポン〉は昨年、創業200周年という大きな節目を迎えました。長年〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器とともに歩まれてきた演奏家として、〈ビュッフェ・クランポン〉に、どのような思いをお持ちですか。
創業200周年を迎えられて、本当におめでとうございます。
その一つの大きな節目に、200周年の年にプレイヤーとして〈ビュッフェ・クランポン〉に携われていることは、すごく誇りに思います。これから何周年の企画があるか分からないですし、少なくとも300周年にはいられないと思うので(笑)、この記念すべき年にこうして関われていることは、すごくありがたいことだなと思っています。
これからも、クラリネットをはじめとする楽器を通して、〈ビュッフェ・クランポン〉が歩んでいく先を、一緒に見ていけたらうれしいなと思います。
ー 最後に、これからプロを目指す若いクラリネット奏者の皆さんへ、メッセージをお願いします。
もちろん、先生に「こうした方がいい、ああした方がいい」と言われてやることも大事なんですけど、自分の琴線に触れたものを追っかける感覚っていうんですかね。人から与えられてやる音楽じゃなくて、自分自身がやりたいと思う気持ちも、演奏家としてとっても必要だと思います。
それを培うためにも、日々の行動の中で「どうして自分はこうしたいんだろう」という気持ちをしっかり考えて、後悔しないように生きる。だから、いろんな経験に貪欲に生きてほしいなと思います。
あとは、SNSですごく情報過多な時代になっていると思うんですけど、自分が求めるものは何なのかを考えてほしいですし、ジャンルにこだわらなくてもいいので、いろんな演奏会にぜひ行ってみてほしいなと思います。
別に興味がなかったけど、行ってみたら「すごい良かった」ということもありますし、それが自分の今後を左右する可能性もあると思うんです。
だから、自分がいいなと思う人のところには実際に足を運んでみたり、海外へ行って演奏会を聴いてみたり、演奏会じゃなくてもガンジス川に入ってみてもいい(笑)。そういう経験を重ねて、自分自身が豊かになっていけば、きっと素敵な奏者になれるんじゃないかなと思います。
ありがとうございました。