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パリ管弦楽団首席奏者が語る、“影の王者”バスクラリネットの魅力

パリ管弦楽団においてバスクラリネットの首席奏者を務めるジュリアン・デグランジュ氏。バスクラリネットという楽器の魅力と奥深さ、そして奏者としての探究の軌跡について伺いました。(2025年6月取材、監修:ビュッフェ・クランポン・ジャパン テクニカルサポート 青柳亮太)

バスクラリネットとの出会い


バスクラリネットを始められたきっかけを教えてください。

 ノルマンディーにあるカン音楽院に通っていた頃、教室にいつも置かれていたバスクラリネットのケースが目に留まりました。幸いにも先生の許可があり、10歳か11歳の頃からこの楽器に触れることができました。その音色に心惹かれ、友人たちと結成したバンドや路上での演奏でも、いつもこの楽器を手にしていたのを覚えています。当時の私は、この大きな楽器をサクソフォーンのように『格好いい』と感じていて、クラシックにとどまらず多彩な音楽に対応できる柔軟性に惹かれていました。

初めてプロの演奏を聴いた時のことを覚えていますか?

 もちろんです。父がよくCDを買ってくれたのですが、ある日、ミシェル・ポルタルのコンサートに連れて行ってくれました。彼はクラシックとジャズを自由に往来する音楽家で、リシャール・ガリアーノとの共演で知られる「Blow Up」期の演奏でした。あのコンサートが、私にとって最初の『本物』のバスクラリネット体験でした。その後はルイ・スクラヴィスの録音をよく聴くようになりました。さらに、カン音楽院で私の先生がブルターニュ・クラリネット五重奏団を招いた際に出会ったのが、ミシェル・オーモンです。彼は素晴らしいバスクラリネット奏者でしたが、残念ながら癌により早逝されました。私の原点は、ポルタル、オーモン、そしてスクラヴィスの演奏にあります。

最終的にバスクラリネットを主軸に選ばれた理由は?

 正直に言えば、『偶然の出会い』だったと言えます。もし、あの古いケースが教室に置かれていなければ、あるいは先生が開けることを許してくれなかったら、この楽器とは無縁だったかもしれません。しかしその出会いを通じて、自然とバスクラリネットの文化や感覚を身につけることができました。17歳でリヨン高等音楽院に進学した際には、既にある程度の技術が備わっていました。私はクラリネットとバスクラリネット両方のプログラムを携えて入学し、ディドナート教授(当時フランス放送フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者)のもとでさらに理解を深めていきました。

ジュリアン・デグランジュ:カン音楽院でクラリネットと声楽を学び、少年合唱団に参加。リヨン国立高等音楽院でジャック・ディ・ドナートに師事し、創作作品《Clarinage》により審査員特別賞を受賞。さらにパリ音楽院でジャン=ノエル・クロックのもと、バスクラリネットを研鑽。23歳でクラリネット教授資格(CA)を取得し、カン地方音楽院教授およびカン管弦楽団首席奏者に就任。ソリストとしても数々の国際コンクールで受賞を重ね、演奏と教育の両面で活躍を続ける。現在はパリ管弦楽団のバスクラリネット奏者を務めるほか、〈レ・フラマン・ノワール〉やWAOなど多彩なアンサンブルでも精力的に活動している。

オーケストラでの役割


オーケストラにおけるバスクラリネットの重要性について、どのようにお考えですか?

 バスクラリネットは木管セクションの基盤を支える、極めて重要な存在です。その音は常に低域で豊かに響き、ハーモニーに厚みと奥行きをもたらします。私たちは、和声の根幹を担う本質的な低音楽器であり、セクション全体の響きを包み込む役割を果たしています。しばしば「控えめだが、いないとその価値がわかる楽器」と言われるように、常に音楽の底流に寄り添いながらも、時にソリスティックに現れる場面もあります。バスクラリネットの音色が加わることで、オーケストラ全体の響きが格段に豊かになります。

 私にとって、バスクラリネットは木管セクションの『王者』のような存在です。フルートの繊細な音色を包み込み、イングリッシュホルンと美しく溶け合い、比類ないブレンドを生み出すことができます。セザール・フランクの交響曲や、ストラヴィンスキー《火の鳥》のような作品において、この特性が特に際立ちます。

バスクラリネット専門の奏者ポストは、フランスでは確立されていますが、日本ではまだ一般的ではありません。このポストについて、どのような利点と課題がありますか?

 私は現在、パリ管弦楽団のバスクラリネット首席奏者を務めています。非常に責任の重いポストで、ラヴェル《ラ・ヴァルス》やマーラーの交響曲第6番・第9番といった作品では、大きなソロを担います。一方で、契約上は第2クラリネット奏者でもあり、クラリネット2本編成の作品たとえばベートーヴェンの協奏曲やチャイコフスキーの交響曲では、同僚のパスカル・モラゲス氏やフィリップ・ベロー氏と共に第2クラリネットを演奏しています。このポストの魅力は、バスクラリネットに加えてクラリネットの演奏技術も常に高いレベルで維持し続ける必要がある点です。たとえば、チャイコフスキーの交響曲の冒頭や、メンデルスゾーン《真夏の夜の夢》のように、第2クラリネットがソロ的な役割を担う場面も多くあります。

 さらに、バセットホルンやコントラバスクラリネットも演奏します。モーツァルトの《グラン・パルティータ》や《レクイエム》では第1バセットホルンを、現代作品ではマルタン・マタロンのオペラ《メトロポリス》や映画音楽(ダニー・エルフマン《ナイトメアー・ビフォア・クリスマス》など)でコントラバスクラリネットを担当します。フランスのバスクラリネット首席奏者は、クラリネット属のあらゆる低音楽器を習得し、かつ第2クラリネットとしても一流であることが求められます。非常に幅広く、かつ専門性の高いポジションです。

 なぜ日本や他のアジア諸国に同様のポストがまだ存在しないのかという点については、私は今後変化していくと考えています。実際、バスクラリネットに強い関心を持つ若い奏者が増えており、私のもとにも多くの学生が学びに来ています。すでに日本には優れたバスクラリネット奏者が多数おり、この分野の発展とともに、オーケストラ側も専任ポストを設け始めるはずです。私は機会があれば、日本のオーケストラにもその必要性を提言しています。現在、日本ではバスクラリネット奏者はフリーランスとして複数の楽団に招かれるスタイルが一般的です。韓国でも同様の状況です。しかし、私はこの役割を『独立した専門職』ととらえています。

演奏技術の違い 〜 『チェロのように歌う』ために


バスクラリネットとソプラノクラリネットの演奏における違いについて教えてください。

 両者の奏法には多くの共通点がありますが、バスクラリネットならではの身体的感覚と響きの特性があります。とくに低音域では、頬や口腔全体を『共鳴箱』のように活用します。まるでチェロやコントラバスの胴のように、自身の身体が響きの一部になるのです。

 私はクラリネットとバスクラリネットで、明確に異なるアンブシュアを用いています。この違いに気づいたのは、20歳を過ぎてパリ音楽院でジャン=ノエル・クロック教授に師事してからのことでした。バスクラリネットのマウスピースは、通常のクラリネットのおよそ2倍のサイズ。下唇の巻き方やマウスピースの咥え方も当然異なります。バスクラリネットを演奏する奏者には2つの明確な『感覚的基準点』が必要です。クラリネットとバスクラリネット、それぞれの奏法における軸を体に刻み込む感覚。ハイレベルなスポーツ選手がスイングやサーブの動作において『物理的基準点』を持つのと同じです。私は今日、クラリネットとバスクラリネットで、唇の内側にそれぞれ異なる『基準』を感じながら演奏しています。

低音域における豊かな音色づくりのために、呼吸法やアンブシュアについてのアドバイスをいただけますか?

 先ほども触れましたが、低音域を演奏する際には、アンブシュアを保ったまま頬を軽く膨らませて、共鳴空間を拡張します。同時に喉も大きく開きます。このわずかな変化が、クラリネット的な『締まった』アンブシュアとの間に、響きにおける決定的な違いをもたらします。これは私が独自に発明した方法ではありません。世界の一流オーケストラのバスクラリネット奏者たちは、皆こうした奏法を実践しています。私の師ジャン=ノエル・クロックもまた、同様のアプローチを私に勧め、自身も実践していました。

 もうひとつの鍵は、アンブシュアです。顎を前に出し、下唇でより大きくリードを包み込みます。バスクラリネットのマウスピースやリードは、クラリネットの約2倍の大きさがあり、それだけ振動させる面積も広くなります。そのため、マウスピースはより深くくわえ、リードのより広い部分を効率よく振動させる必要があるのです。

ソプラノクラリネット演奏時のデグランジュ氏のアンブシュア

バスクラリネット演奏時のデグランジュ氏のアンブシュア

日々の練習について


日々の練習で欠かさない基本練習があれば教えてください。

 私は毎日、バッハの《無伴奏チェロ組曲》を演奏しています。音色と音程の柔軟性を鍛えるうえで理想的な練習ですし、バスクラリネットではしばしば用いられるヘ音記号に慣れるためにも役立ちます。後半の組曲では、ヘ音記号、ト音記号、さらにはオクターヴ上のト音記号まで混在するため、楽譜の読み替えという意味でも非常に良い訓練になります。私にとって、バスクラリネット奏者はピアニストのように、ヘ音記号もト音記号と同等に自在に読める必要があると考えています。

 ウォームアップは音色や音程、レガートの質に耳を傾けながら、丁寧に行います。特にレガートの美しさには強いこだわりがあります。たとえ2〜3音の短いフレーズであっても、その音が『魔法』のようでなければならないからです。私がもっとも好きな瞬間のひとつは、わずか数音だけを演奏する場面です。それでも同僚から「今日のバスクラリネットのソロは素晴らしかった」と言われることがあります。たった5音であっても、そのすべてが心に残る音でなければならないのです。だからこそ、発音には細心の注意を払っています。 

 音程練習にも多くの時間をかけています。高音域のための新しい運指法を自ら編み出すことも楽しみのひとつです。高音域には無限の可能性があり、体系化されていない分、自分自身で発見と調整を重ねる日々です。開放運指ではなく、より安定する代替指などを試し、音程や響きの質を探究する作業は、まさに日常の一部です。

スケール練習にも取り組まれていますか?

 もちろんです。私は幼い頃からフリッツ・クレーシュのエチュードを愛用しています。全調性にわたる短い旋律が含まれたこの練習帳は、毎日の基礎練習に欠かせません。そのほかにも、スケールの発展形、三度音程、各種アルペジオ(短調・長調、上行・下行)など、幅広い練習を行います。

 また、エチュードを通じて音楽的な表現力を高めるだけでなく、バスクラリネット用のレパートリーが限られているため、積極的にチェロ作品を編曲して演奏しています。現在はセザール・フランクやブールマンのチェロ・ソナタをバスクラリネット用に編曲していますし、同僚の中にはブラームスのソナタを手がけた奏者もいます。こうしたチェロの名作は、バスクラリネットにとって極めて貴重な糧です。そしてもちろん、日々のオーケストラ公演に備え、オーケストラ・スタディやレパートリーの練習も欠かせません。

クラリネットとの両立についてはいかがでしょうか?

 はい。日によって練習時間に限りがある場合は、バスクラリネットとB♭クラリネットを交互に練習しています。ただ、できるだけ両方の楽器に毎日触れるようにしています。というのも、オーケストラでは瞬時に楽器を持ち替える場面が多々あるからです。バルトークの《中国の不思議な役人》などでは、クラリネットとバスクラリネットを一小節の間に持ち替え、直後に異なるアンブシュアで完璧な音を出すことが求められます。マーラーの交響曲第2番もその一例で、冒頭はイングリッシュホルンと重なるバスクラリネットのソロで始まり、直後にクラリネットで鋭い高音が求められます。このように、どの楽器でも即座に自然に対応できる柔軟性と確かな技術が、バスクラリネット首席奏者には必須です。まさに、オーケストラの中で最も多才さを求められるポジションのひとつです。 

使用楽器について


現在お使いの楽器とマウスピースについて教えてください。

 楽器は〈ビュッフェ・クランポン〉のバスクラリネット“トスカ”を使用しています。個人的な経験からも、生徒の楽器を確認する教師という立場からも、いままで様々なバスクラリネットに触れてきました。しかし、バスクラリネット“トスカ”の深みのある美しい音色、豊かな鳴り、音程、均一性、操作性は素晴らしく、あらゆる観点において、この楽器に勝る機種は存在しないと考えています。

 マウスピースは、10年以上愛用している古いV社の製品を使用しています。新しい製品も数多く試してきましたが、最終的にはいつもこのマウスピースに戻ってしまいます。オーケストラの本番やツアーにも必ず持参し、1〜2本の新しいモデルも念のため持ち歩きますが、この『履き慣れたスリッパ』のような信頼感にはかないません。

 もちろん、楽器やマウスピースには永遠の寿命がありません。いつか壊れたり失われたりする日が来ることも想定し、予備の準備はしています。しかし、自分にとって本当にフィットする楽器とマウスピースと出会えたときの感動は、何ものにも代えがたいものです。それを大切に手入れし、呼吸を通して育てていくことが何より重要です。 

 私は長く同じ楽器を使い続けるタイプです。良いワインのように、時間と共に楽器は開花し、音が深まっていくと感じています。私たちの息や演奏が楽器そのものを形づくっていくのです。

〈ビュッフェ・クランポン〉製の“トスカ”には“アイコン”ネックをお使いだとか?

 はい。私は〈ビュッフェ・クランポン〉のバスクラリネット“トスカ”に、“アイコン”ネックを組み合わせて使用しています。音の丸みや音色の自由度が増し、楽器の可能性をさらに広げてくれると感じています。より音楽的に『遠く』へ到達できる気がするのです。もちろん、標準のネックでも演奏可能ですが、マント=ラ=ヴィルのビュッフェ・クランポン本社で“アイコン”ネックの試奏を行った際、その第一印象にすっかり魅了されました。豊かで力強い音、発音のしやすさ、そして全体のバランスの素晴らしさに、すぐに心を奪われました。

 オーケストラにおいては、必要な場面ではパワフルな音を、静かなパッセージでは繊細で柔らかな響きを求められます。そして何より、発音の確実性が重要です。演奏のタイミングが極めて限られている私たちにとって、確実にすぐに音が出ることは不可欠です。そうした点でも、私はこの楽器とセッティングに全幅の信頼を寄せています。

左画像
右画像
〈ビュッフェ・クランポン〉のバスクラリネット
“トスカ”と“アイコン”ネック。
製品カタログはこちらからご覧いただけます。

教育と制度の変化について


以前はパリ国立高等音楽院でバスクラリネットを学ぶには、パリかリヨンの国立高等音楽院クラリネット科の卒業が必須でしたが、現在は方針が変わったと聞きました。

 はい。現在では、バスクラリネットのクラスをより多くの学生に開放したいという意志から、従来の規制が緩和されました。私の世代では、リヨン音楽院でクラリネット科を修了すれば、試験なしにジャン=ノエル・クロックのクラスに進むことができました。しかし、現在はパリやリヨンだけでなく、ローザンヌ、ジュネーヴ、ブリュッセルなど、ヨーロッパ各地の高等音楽院が高い水準を持っており、それらの音楽院から集まった学生の中から選抜が行われています。バスクラリネットを本格的に学びたいと願うすべての優秀な学生に、そのチャンスが与えられています。クラリネット科の学修を終えてから専攻を移すのが理想的ではありますが、私は、クラリネットの学習とバスクラリネットの専門性を並行して進めることを勧めています。前提条件を課すつもりはありません。両者は相補的な関係にあると考えています。

ソプラノクラリネットを演奏したことのないバスクラリネット学生もいますか?

 実際にはいません。なぜなら、オーケストラのオーディションでは必ずと言ってよいほど、B♭クラリネットのオーケストラ・スタディや、モーツァルトのA管クラリネット協奏曲などが課されるからです。バスクラリネット首席奏者のポストであっても、クラリネットの高度な技術が必要不可欠であることを、皆よく理解しています。パリやリヨンの学生たちは、バスクラリネットの習得と並行して、クラリネット演奏のレベル維持にも真剣に取り組んでいます。それがプロフェッショナルとしての土台であり、将来の可能性を大きく広げてくれるからです。

ジュリアン・デグランジュ氏。ソプラノクラリネットは〈ビュッフェ・クランポン〉の“ディヴィンヌ”を使用している。

学びにおける落とし穴と再発見


バスクラリネットの学習者が陥りやすい課題について、お聞かせください。

 『課題』というよりも、クラリネットの優れた基礎教育を受けてきたがゆえに、無意識のうちにそれをそのままバスクラリネットに当てはめてしまう、という傾向が見られます。ですから、大切なのは『学び直し』というよりも、『新たな扉を思いきって開いてみる』という姿勢なんです。たとえば、「いまのアンブシュアで本当にいいのだろうか」、「もっと深くマウスピースをくわえてみよう」、「唇の使い方を少し変えてみようか」と試してみるだけで、音量が倍増し、演奏が格段に楽になることがあります。そうした発見は、挑戦するからこそ得られるものです。クラリネットと同じ奏法のままでは、バスクラリネットのポテンシャルを引き出しきることはできません。楽器に合わせて身体の使い方を柔軟に変えていく――それが必要なアプローチです。バスクラリネットを後から始めた方にとって、これはひとつの『落とし穴』とも言えるでしょう。「クラリネットが吹けるから大丈夫」と思っていると、すぐに限界にぶつかります。 

 本当にバスクラリネットならではの表現力や音量を手に入れたいのであれば、楽器の選定からマウスピースとリードの相性、アンブシュア、ブレス、運指法に至るまで、あらゆる要素を問い直す必要があります。特に高音域の運指は、クラリネットとはまったく異なります。クラリネットと同じ指使いでは通用しないケースが多く、バスクラリネットには独自の奏法と感覚が求められるのです。たとえば、高音のレ(D)の運指ひとつとっても、私はクラリネットの方法とは全く異なるアプローチを取っています。なるべく開放的に、キーに触れずに吹くことで、音がよりよく響く。そうすることで、バスクラリネットの高音域において、最も表情豊かな響きを得ることができると感じています。

若い奏者へのメッセージ


日本のクラリネット奏者やバスクラリネット奏者に向けて、メッセージをお願いします。

 まず何よりも、『恐れずに試してみること』です。最近は特に、日本や韓国の若い奏者たちがどんどん実験的になっていて、とても嬉しく思っています。アンブシュアやセッティングを自由に試し、自分にとって最良の方法を模索する。その姿勢がとても大切です。
もちろん、失敗はつきものです。でも、試行錯誤の中にこそ、本当に価値のある発見がある。完璧を目指す気持ちは尊いですが、実は『失敗の先』にしか辿りつけない表現があるのも事実です。たとえば、音が裏返って『カナール(アヒルの声)』のようになってしまったとします。でもそれは、単に高次倍音を捉えただけのこと。バスクラリネットの高音域は、まさに倍音との付き合い方がすべてです。《春の祭典》の冒頭のような低音域の深い響きも、ある種のリスクを取らなければ生まれません。ですから、ぜひ恐れずに好奇心を持って実験を続けてほしいと思います。

 また、疑問を抱いたときは、ぜひ質問してみてください。日本からパリに来て、「ジュリアン、レッスンをお願いしたいです」と声をかけてくれる若い奏者がいるのは、本当に嬉しいことです。自分にはまだ学ぶべきことがあると素直に認める心が、新しい出会いや成長につながる。そして、そうした出会いが、時に人生そのものを変えることもあるのです。私自身も、出会いの積み重ねがなければ、今の自分にはなっていなかったと思います。

ソリストとしての展望


ソリストとして、今後挑戦したいレパートリーやプロジェクトはありますか?

 バスクラリネットとオーケストラのための協奏曲を演奏する機会があれば、ぜひ挑戦したいですね。また、バスクラリネットとピアノによるソナタ形式のリサイタルも構想しています。たとえば、チェロ・ソナタをバスクラリネット用に編曲し、メンデルスゾーンやサン=サーンスといった古典派・ロマン派のレパートリーの中で、『まるでチェロのように響くバスクラ』という新たな可能性を提案していきたい。これは近い将来、ぜひ実現させたいプロジェクトです。願わくば、日本でも実現できたら嬉しいですね。そして何より、若い世代の奏者たちに、自分の経験を伝えていくことが今の私にとって重要な使命だと感じています。  

音楽を続ける原動力


最後に伺います。あなたにとって、音楽を続けるモチベーションとは何でしょうか?

 それは、『限界を少しずつ押し広げること』です。毎日楽器を手に取るたびに、『明日はもっとよくなる』と感じられる。それが何よりの喜びです。私は今、40代半ばを迎えていますが、日々自分の成長を実感しています。クラリネットの素晴らしさは、スポーツのようにピークが決まっていないこと。70歳になっても進化し続けられる可能性があります。たしかに、若い頃のような指の俊敏さは徐々に失われていくかもしれません。しかしその一方で、音色の成熟、フレージングの深まり、響きの質、運指や音程のコントロールといったものは、年齢を重ねるほどに磨かれていくのです。 20歳の頃には見えていなかったことが、今では明確に見えてくる――それこそが音楽の奥深さであり、終わりのない旅。その『限界のない世界』に身を置けることこそが、私にとって最大の情熱の源なのです。

ありがとうございました。

写真右から、ジュリアン・デグランジュ氏、本稿を監修したビュッフェ・クランポン・ジャパン テクニカルサポートの青柳亮太。

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