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現代音楽から楽器選びまで:エレーヌ・ドゥヴィルヌーヴが語る音楽の深層

フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団のスーパーソリストとして活躍する傍ら、パリ国立高等音楽院、サン=モール地方音楽院で若手奏者の育成にも情熱を注ぐエレーヌ・ドゥヴィルヌーヴ氏。近年日本でも活動を広げる同氏に、2024年8月、ビュッフェ・クランポン・ジャパン テクニカルサポートの青柳亮太がお話を伺いました。前編、後編に分けてお届けします。(こちらの記事は後編です。)

高度なアンサンブル力と進化を続ける姿勢

現在、フランス放送フィルハーモニー管弦楽団に所属されていますが、楽団の魅力や強みを教えていただけますか?

ドゥヴィルヌーヴ(敬称略):楽団員はさまざまなレパートリーに関心を持ち、幅広く演奏しているため、非常に適応力に優れたオーケストラだと思います。ドイツ人指揮者マレク・ヤノフスキ氏が音楽監督を務めていた頃には、ワーグナー、ブルックナー、マーラー、R.シュトラウスの作品を多く演奏し、私たちはそれらの音楽への理解を深めることができました。
 その後、15年間にわたり音楽監督を務めたチョン・ミョンフン氏は、ベルリオーズなどのフランス音楽はもちろん、ベートーヴェンの主要な交響曲すべてに深い造詣を持つ指揮者でした。彼のもとで、私たちは現代音楽を含む、これまでとは異なる多くのレパートリーに取り組みました。

 フランス放送フィルハーモニー管弦楽団は、110人の大編成でも、20〜40人の小編成でも演奏できる、非常に柔軟性のあるオーケストラです。そして、常に新しいことを学び、進化していこうという意欲に満ちています。たとえば、楽団員はバロックの指揮者と演奏する機会にも積極的で、ジョン・エリオット・ガーディナー氏とは確かな信頼関係を築いています。また、現在90歳のイギリス人指揮者ロジャー・ノリントン氏との共演も、喜びにあふれた素晴らしいものでした。

 このように、楽団員はそれぞれの指揮者の要求に応えながら、その中で新しい発見や学びを得ることに大きな喜びを感じています。それこそが、このオーケストラの最大の魅力だと思います。そして、木管セクションのレベルが非常に高く、アンサンブルとしてよくまとまっており、インスピレーションの豊かさもまた魅力の一つです。

写真左から、エレーヌ・ドゥヴィルヌーヴ氏、ビュッフェ・クランポン・ジャパン テクニカルサポート 青柳亮太。

楽器との対話:音色の探求

オーボエは〈ビュッフェ・クランポン〉の “Prestige (プレスティージュ)R47”を使用されていますが、どのような点に魅力を感じて選ばれたのでしょうか?

ドゥヴィルヌーヴグリーンラインではなく木製の機種を使用しています。
 最初に試奏したのは、“Virtuose(ヴィルトーズ)” のプロトタイプモデルでした。“ヴィルトーズ” は確かな完成度があり、この楽器で探究されていた音色には大きな魅力を感じました。その後、展示会で〈ビュッフェ・クランポン〉の全モデルを試奏する機会があり、木製の“プレスティージュ”を吹いた瞬間に、この楽器に心を奪われました。ちょうど楽器の買い替えを考えていた時期で、〈リグータ〉の楽器も試していたのですが、最終的に自分の音楽的感覚によりしっくりきた“プレスティージュ”を選ぶことにしました。

現在の楽器に出会う前に使われていたモデルについて教えていただけますか?

ドゥヴィルヌーヴ以前は〈リグータ〉のオーボエを使用していました。楽器を始めた頃は別のメーカーのものでしたが、パリ国立高等音楽院の受験準備の際にお世話になったアラン・ドゥニ先生(当時パリ管弦楽団のイングリッシュホルン奏者)と、ブルグ先生のアドバイスを受けて、〈リグータ〉に替えました。
 先生方は、芯のある音、息のスピード、豊かな音色を身につけるのに適した楽器だとおっしゃっていました。パリ国立高等音楽院の1年生のときに〈リグータ〉に替えて以来、25年間吹き続けました。そして現在は〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器を使用しています。
なお、私が〈ビュッフェ・クランポン〉に替えた1年後、〈リグータ〉はビュッフェ・クランポン グループの一員となりました。現在では、どちらのブランドも同じグループに属しており、ご縁を感じます。

写真左から、エレーヌ・ドゥヴィルヌーヴ氏、ビュッフェ・クランポン・ジャパン テクニカルサポート 青柳亮太。

“プレスティージュ”で気に入っている点は?

ドゥヴィルヌーヴこのモデルで気に入っているのは、まず「芯のある音」です。また、個人的な印象ですがリグータの楽器に近い吹奏感があることも魅力だと感じています。

 私が使用している“プレスティージュ”は、ジャン=ルイ・カペザリ氏の開発によるものです。カペザリ氏はリグータや別ブランドの開発にも携わり、その後〈ビュッフェ・クランポン〉の開発に参加されました。
 この楽器を吹いたときに感じた、音の芯、オクターブの跳躍の鳴り方、高音域の叙情的な響きなどが、〈リグータ〉を使っていたときの感覚と重なりました。特に高音の歌うような響きには魅了されました。 
 “プレスティージュ”は安定感があり、ピアノでもフォルテでも音程がぶれず、音色の豊かさも保たれます。オーケストラでの演奏でも非常に信頼できる楽器です。また、木材の密度が高いように感じられる点も好みに合っています。これは私の目指す音作りの方向性と一致しており、音に深みを与えてくれます。
 息の入れ方についても、〈リグータ〉とよく似ています。しっかりと息を入れて楽器の奥まで届ける必要があります。これは私にとってとても大切な感覚ですし、両ブランドに共通する特徴のひとつだと思いますどちらの楽器も奏者をしっかりと支えてくれる存在であると感じています。

楽器を替えたことで、リードや仕掛けに対するアプローチにも変化がありましたか?

ドゥヴィルヌーヴリードの削り方は変えていません。ただ、〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器はとても柔軟で許容範囲が広いと感じています。また、木材の密度が高く感じられるため、少し軽めのリードでも安定した演奏が可能です。楽器そのものが温かみのある音色を持っているので、私自身が音色づくりに無理をしなくても、美しい響きを得られるのです。

普段使われているチューブやケーンについて、少し教えていただけますか?

ドゥヴィルヌーヴチューブは、キアルジ47、もしくはロレー47を使用しています。舟型ケーンはベルトゥロの24または28番。巻き上がったときの長さは74mmで、そこから削って最終的に73mmに仕上げています。

 使用しているケーンは、アリオード、リゴティ、ベルトゥロ、ジロー社製のものです。ジロー氏は、ギース夫人の逝去後にM・ギース ブランドを継承された方です。ケーンのカットはベルトゥロが担当しており、乾燥はそれぞれのメーカーが独自の方法で行っています。直射日光の下で干すところもあれば、日陰で乾かすところもあり、ケーンを積み重ねる場合や、重ならないように並べる場合もあります。こうした条件の違いによって、ケーンの性質は大きく変化します。
 興味深いのは、これらのケーンの原料となる葦が、南フランスの比較的狭い地域に自生しているという点です。オーボエ用の葦は栽培されたものではなく、自然に生えているもので、誰かの庭の奥や人里離れた場所など、あちこちに少しずつ育っているものを、まるで“きのこ狩り”のように収穫しています。というのも、葦は広い畑で栽培するとすぐに太く育ってしまい、オーボエのリードには向かなくなってしまうのです。クラリネット用であればこうした栽培方法でも問題ありませんが、オーボエには適しません。
 オーボエ用の葦は、すべて人の手で丁寧に収穫され、ケーンとして加工されます。アリオードやリゴティなど、メーカーごとに特徴が異なり、それはまるでワインの味が土壌によって変わるようなもの。石灰質や粘土質といった土の違いが、ケーンの個性を生み出しています。

まるでワインで使われるぶどうのシャルドネのようですね。

ドゥヴィルヌーヴまさにその通りです。同じシャルドネの苗でも、ブルゴーニュに植えるか、ボルドーに植えるか、日本に植えるかで味が変わります。土壌が異なれば、育ち方もまったく違ってきます。葦も同じです。日当たり、水はけ、土壌の成分などの条件によって、しなやかさや硬さ、色味の濃さなどが変わってきます。そういう意味でも、葦の性質はとても繊細で奥深いのです。
 これが、リードの面白さであり、同時に難しさでもあります。そして、まだまだ解明されていないことも多いのが現実です。もしすべてが分かっていたら、完璧なリードだけを作ることができるのかもしれません。でも、そうではないからこそ、私たちは謙虚でいられるし、より深く理解しようと努力し続けられるのだと思います。
 人間は、「私はすべてを知っている」と言える存在ではありません。だからこそ、学び続ける姿勢を大切にしています。

エレーヌ・ドゥヴィルヌーヴ氏(使用楽器〈ビュッフェ・クランポン〉オーボエ“Prestige”)

現代音楽の可能性を拓く:マントヴァーニ作品との出会い

マントヴァーニ氏の作品を初演されたそうですが、どのような経緯で実現したのでしょうか?

ドゥヴィルヌーヴブルーノ・マントヴァーニ氏とは、彼がパリ国立高等音楽院の院長に就任する前からの知り合いです。私が所属している現代音楽アンサンブル「クール・シルキュイ(Ensemble Court-circuit)」で彼の作品を演奏したことが、最初のきっかけでした。その卓越した才能には、いつも感銘を受けています。ただ、それまでオーボエのための作品を書いていなかったことは、少し残念に感じていました。

 現在、彼はパリ国立高等音楽院ではなく、私が教えているサン・モール・デ・フォッセ地方音楽院の院長を務めており、私たちは定期的に顔を合わせる機会があります。また私は、フランスオーボエ協会の理事も務めており、協会では毎年、若い奏者のためのコンクールの課題曲として、新作のオーボエ独奏曲を作曲家に委嘱しています。ブルーノに作曲をお願いするには絶好のタイミングだと感じ、相談したところ、ちょうど仕事の合間で時間があるとのことで、快く引き受けてくれました。

 実はその前年、彼は「クール・シルキュイ」のためにアンサンブル作品を作曲してくれていたのです。9月に会ったとき、「今まさに君たちのアンサンブルの曲を書いているところだ。初演は2月だけど、君も出演するのかな?」と聞かれました。私が「出ます」と答えると、「それは良かった。じゃあ、君のためにオーボエのパートを書き直そう」と言ってくれました。「でも、あまり難しくしないでね」とお願いしました(笑)。
 その曲では、オーボエのカデンツァが3回も登場します。冒頭、アンサンブルの中間部、そして最後──まさにオーボエが主役とも言える構成でした。この作品を通して、ブルーノがオーボエのために使う独自の語法に触れることができました。それは、彼のフルート作品《Früh》やクラリネット作品《Bug》とは全く異なり、特に1/4音(微分音)の多用が印象的です。しかも、それらの微分音には細かい運指指定があり、正確な音程が求められます。ブルーノは、その微細な音程の違いさえも聞き分けられる、驚くほど繊細な耳を持っているのです。

 今回のオーボエ独奏曲の作曲に際しても、私たちは密にやりとりを重ねました。まずブルーノが草稿を渡してくれて、私はそれを練習し、書かれている通りに演奏して聴かせました。彼は演奏を聴きながら、音の移り変わりや音色、音程の精度を細かく確認し、納得のいかない部分は他の音に差し替えるなど、細やかに調整していきました。彼が目指すのは、リズミカルで抒情的で、歌うような美しさがありながら、音程の精度にもしっかり裏打ちされた作品です。

お話を伺っていると、本当に大変なプロセスのように思います。その中で、特に印象に残っていることはありますか?

ドゥヴィルヌーヴそうですね。現代音楽にはさまざまな傾向があります。作曲家の中には、演奏者が自由に解釈できるような書き方をする人もいます。とても難解なパッセージを書いておきながら、「あとは自由にやってくれれば、それが自分の音楽だ」と言うようなタイプの作曲家もいます。
 でもブルーノは違います。彼の作品は、書かれていることをすべて忠実に再現しなくてはなりません。そして、彼の耳はすべてを聞き分けています。だからこそ、このオーボエ独奏曲を演奏できることをとても嬉しく思います。彼のように、独自の語法を持った作曲家による作品が加わったことで、オーボエのレパートリーはさらに豊かなものになりました。

 しかもこの作品は、たしかに練習は必要ですが、きちんと練習をすればすべて演奏可能なことが書かれています。それも、現代音楽においてはとても重要なことだと思います。そしてこの作品は、ただ技巧的なだけではなく、何かを伝えようとしています。
 タイトルは《アイネ・クライネ・ナハトムジーク(Eine Kleine Nachtmusik)》です。叙情的で、愛情にあふれ、コントラストの強い作品です。緊張感のあるパッセージもあれば、優しさがにじみ出るような場面もあります。本当に、何かを伝えようとしている作品だと感じます。現代音楽では、このような作品はなかなか出会えないので、私は傑作だと思っています。

演奏は無伴奏で行われるのですか?

ドゥヴィルヌーヴはい、オーボエ独奏です。演奏時間は5~6分ほどです。
 楽譜はすでにLemoine社から出版されていますし、Lemoine社のウェブサイトでもPDFで購入できます。たしか15ユーロほどで、それほど高価ではありません。ですので、入手しやすいと思います。

エレーヌ・ドゥヴィルヌーヴ氏

未来への展望:人と音楽を結ぶ旅

今後の活動についてもぜひ聞かせてください。

ドゥヴィルヌーヴまず何より、こうして音楽に携わる日々を続けられていることに、心から感謝しています。オーケストラで30年以上演奏してきましたが、この仕事への愛情は今も変わりません。やりがいがあり、常に新たな学びがある──そんなこの仕事に、これからも情熱を注ぎ続けていきたいと思っています。
 教えることにも、大きな喜びを感じています。技術を次世代に伝え、学生たちが自分の「声」を見つける手助けをしながら、一緒に成長の道を歩む。そんな関わりが、ますます愛おしくなっています。
今後は、海外での活動も広げていくつもりです。国外でのマスタークラスや他国の楽派との交流、そして現代音楽の初演にも、これまで以上に力を入れていきたいと考えています。

 また、これまでユースオーケストラで木管・金管セクションの指導をしてきましたが、今後は全体の指導にも関わっていけたらと考えています。演奏技術だけでなく、心理面や身体面を含めたサポートも、今の時代の音楽家にとって必要なことだと感じており、その分野にも取り組んでいきたいと思っています。
 新しいCDの構想も2〜3ありますが、まだお話しできる段階ではありません。もし実現しなかったら…と思うと、ちょっと恥ずかしいので(笑)。

 私には子どもが2人います。これまでずっと子育てに時間を注いできましたが、最近は少しずつ手が離れてきて、自由な時間も増えてきました。子どもたちは私にとって、光であり、太陽のような存在です。
 これからは、自分自身のための時間も大切にしていけたらと思っています。新しいレパートリーへの挑戦、まだ訪れたことのない国への旅、アジアでの長期滞在、そして──皆さんにお会いするために日本を訪れることも、心から楽しみにしています。
 社会の進歩もうまく活用しながら、その土地の文化や人々に敬意を払い、サステナブルな形で旅をし、多くの人と出会いたい。そうして「どこにいても人は同じなんだ」と感じるたびに、人間としてのつながりの尊さに気づかされます。
 世界中の人々は皆、同じ人間。でも文化はそれぞれ違います。だからこそ、私たちはお互いを理解し合い、助け合いながら、より良い生き方を目指せるはずだと信じています。これは私が強く関心を持っているテーマの一つです。

 最近は、人と音楽を結びつけることへの思いが、より一層深まってきました。私にとって、この二つは切り離せない存在です。この考えに沿ったプロジェクトとして、南米でのマスタークラスやコンサートも予定しています。ビュッフェ・クランポン・ジャパンのショールームで実施予定の特別公開講座のように、時間をかけてじっくりと受講生と向き合える場になると思います。
 人と出会い、その人の魂と触れ合うこと。今はそのような出会いに、これまで以上に関心が向いています。だからこそ、これからもそうした出会いを大切にする活動を続けていきたいと思っています。
 〈ビュッフェ・クランポン〉との共同開発も、さらに発展させていくつもりです。現在進めているモデルの改良に向けた研究開発を、より深く追求していきたいと考えています。

 そして、私が人生で何より大切にしているのは、自分の取り組みに喜びを見出し、その喜びを人と分かち合うこと。そして、常に謙虚に自分に問いかけ続けることです。
 私たち一人ひとりは、全体の中で優劣のない、かけがえのない一つの存在。だからこそ、謙虚であることが大切なのだと思います。
 「私は、他の人に何をもたらすことができるだろう?」「何を分かち合えるだろう?」そう問いかけ続けることができるなら──私はそれだけで幸せです。 

ありがとうございました。

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