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バスクラリネット “Prestige”と“Tosca”、二つの響き、二つの選択肢

〈ビュッフェ・クランポン〉のプロフェッショナル・バスクラリネットには、“Prestige”と“Tosca”という、異なる個性を持つ二つのモデルがあります。
“Prestige”は、“RC”系の流れを汲む太めの内径と、開かれた響きを持つモデル。“Tosca”は、細めの内径を持ち、芯のある音、音域間の均質性、音程バランスを追求したモデルです。

パリ・オペラ座管弦楽団首席バスクラリネット奏者のヴァンサン・プノ氏は、入団試験を“Prestige” Low Cで受け、現在は“Tosca”を使用しています。また、〈ビュッフェ・クランポン〉のテスターとして、演奏の現場と楽器づくりの両方に関わってきました。
“Prestige”がもたらしたレジスターキー機構の革新、“Tosca”のオリジナルレジスターキーシステム「Clear B♭」、そしてLow E♭、Low C、Low D/C切替式モデルの違い。それぞれの設計が、音色や演奏感にどのような違いをもたらすのか、プノ氏に聞きました。

“Prestige”と“Tosca”――二つの歩み、二つの内径

〈ビュッフェ・クランポン〉のバスクラリネット “Prestige”(プレスティージュ)と“Tosca”(トスカ)は、それぞれどのような経緯から生まれ、何が両者の個性を分けているのでしょうか。

ヴァンサン・プノ(敬称略):
“Prestige”の歴史は1984年に始まります。旧世代のモデルにはジャック・ミロン氏(元パリ・オペラ座管弦楽団バスクラリネット奏者)が関わっており、奏者の間では、彼の名から「Prestige Millon」(プレスティージュ・ミロン)とも呼ばれていました。非常に美しい音を持つ一方で、演奏には高度な技術を必要とする楽器でした。

1998年には、ジャン=マルク・ヴォルタ氏(元フランス国立管弦楽団首席バスクラリネット奏者)を中心に“Prestige”が全面的に再設計されました。専門のバスクラリネット奏者だけでなく、より幅広い奏者が演奏できるよう、音域全体の均質性が高められ、吹きやすさも大きく向上しました。私がパリ・オペラ座の入団試験を受けた時も、この“Prestige” Low Cを使用していました。現在も人気があり、非常によく使われているモデルです。

2014年には、同じくヴォルタ氏を中心に、もうひとつのプロフェッショナルモデル“Tosca”が開発されました。“Prestige”で培われた設計や機能を受け継ぎながら、異なる音色の方向性が追求された楽器です。私も開発段階の楽器をオーケストラの中で試奏し、演奏して感じたことを伝えました。開発には、ニコラ・バルディルー氏(フランス放送フィルハーモニー管弦楽団首席クラリネット奏者)など、ほかの奏者たちの意見も取り入れられています。

二つのモデルの個性を大きく分けているのが、内径設計です。〈ビュッフェ・クランポン〉のソプラノクラリネットにも、異なる内径の系統があります。“RC”“Prestige”“Divine”に通じるのは、太めの内径。“R13”“Festival”“Tosca”に通じるのは、細めの内径です。バスクラリネットの“Prestige”と“Tosca”にも、この二つの傾向が表れています。

“Prestige”は“RC”系の太めの内径を持ち、息を多く使って、伸びやかな響きを作りたい奏者に合う楽器です。“Tosca”は細めの内径を持ち、芯のある音を特徴としています。私自身は、“Tosca”の温かく、歴史的なバスクラリネットの響きに近い音色を好んでいます。

内径が二つのモデルの音色と個性を分ける一方、音域間の均質性と音程の正確さには、レジスターキー機構が大きく関わっています。

1984年発行のカタログに掲載された“Prestige”シリーズ。当時、アルトクラリネット、バセットホルン、Low E♭/Low Cバスクラリネットが新製品として紹介されている。 出典:『総合カタログ 1984年度版』(ビュッフェ・クランポン株式会社/ブージー・アンド・ホークス株式会社)

レジスターキーが支える音程と発音

“Prestige”では、レジスターキーまわりの機構が大きく変わったのですね。

はい。バスクラリネットは、楽器が大きいぶん、レジスターを越える時の音程バランスが非常に重要になります。

クラリネットは、ひとつの基音に対して、レジスターキーを使って12度上の音域を出します。ところが、基音を正しい音程にし、同時にその上の音域も正しい音程にするのは簡単ではありません。楽器が大きくなるほど、その問題は難しくなります。

それ以前のバスクラリネットでは、レジスターキーは1本でした。そのため、異なる音域をひとつのレジスター孔で受け持たなければならず、音域を越えた時の音程と発音を自然に整えることには限界がありました。

“Prestige”では、レジスターキーを2本にし、音によってその働きを使い分ける機構が採用されました。これによって、音域を越えた時の音程と発音が大きく改善されたのです。

これは、バスクラリネットの歴史における非常に大きな革新でした。この2本のレジスターキーを使い分ける考え方は、その後のバスクラリネット設計に広く取り入れられ、現在ではスタンダードとなっています。

“Tosca”では、レジスターキーがさらに3本になっているのですね。

はい。“Prestige”では2本、“Tosca”では3本のレジスターキーを使います。私はこれをフランス語で、“Prestige”については「Double Chalumeau」(ドゥーブル・シャリュモー)、“Tosca”については「Triple Chalumeau」(トリプル・シャリュモー)と呼んでいます。

“Tosca”では、“Prestige”で導入された考え方を基盤として、レジスターキーをさらに1本増やしました。音によって3本のレジスター孔をより細かく使い分けることで、音程と発音をさらに精密に整えることができます。「Clear B♭」は、この“Tosca”のレジスターキー機構を特徴づけるものです。

たとえば、ワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》の有名なバスクラリネット・ソロには、高音域のBやCを非常に弱く演奏しなければならない箇所があります。バスクラリネットにとって、これは音程の面でも発音の面でも難しい場面です。

「Clear B♭」によって、高くなりやすい音を下げ、低くなりやすい低音域のEなどを上げることができ、音程のばらつきが小さくなりました。その結果、音域を越えた時の音程関係がより正確になります。

発音もしやすく、音色も非常に均質です。奏者は楽器の技術的な難しさに多くのエネルギーを使わず、そのエネルギーをすぐに音楽へ向けることができます。

ここでいう均質性は、すべての音域を同じ音色にするという意味ではないのですね。

そうです。バスクラリネットは、低音域、中音域、高音域で音色の表情が大きく変わる楽器です。それは欠点ではなく、楽器そのものの特長であり、音楽的な豊かさでもあります。

大切なのは、その違いを無理に消すことではありません。音域ごとの色を活かしながら、ひとつのフレーズの中で音楽的なつながりを保つことです。

“Tosca”は、その音域間のつながりを自然に整えやすい設計を持っています。「Clear B♭」は、そのための重要な機構のひとつです。

写真左から〈ビュッフェ・クランポン〉バスクラリネットの“Tosca”、“Prestige”。

Low E♭、Low C、そしてLow D/C切替式モデル

Low E♭、Low Cという最低音の違いは、実際の演奏ではどのように考えればよいのでしょうか。

歴史的には、20世紀初頭までLow E♭がバスクラリネットの標準でした。実際、ラヴェル、ワーグナー、ヴェルディ、ストラヴィンスキー《春の祭典》を含む多くのクラシック・レパートリーは、Low E♭より下の音を必要としません。

一方で、その後、作曲家たちがさらに低い音を書くようになり、近現代のレパートリーではLow Cまで必要になる場面が増えていきました。Low C管であれば、基本的にすべてのレパートリーに対応できます。

ただし、常にLow C管で吹くことが最善というわけではありません。Low E♭までの短い楽器には、発音の速さ、柔軟性、響きの軽さという利点があります。つまり、最低音がどこまで出るかだけでなく、その楽器がどのように響き、どれだけ自由に反応するかも重要なのです。

では、Low Dまでのモデルには、どのような意味があるのでしょうか。

Low Dモデルの意味は、Low Dの音そのものを多く使うことではありません。実際、クラシック・レパートリーでLow Dを使うことはほとんどありません。現代作品でそこまで低い音が必要になる場合には、むしろLow Cまで必要になることが多いのです。

Low Dモデルの大きな意味は、Low E♭をベルではなく、管体側の音孔から出せることにあります。Low E♭がベルから出ると、その前のE、F、F♯などと響き方が変わりやすい。一方、Low E♭が管体側から出ることで、周辺の音と音色や感覚をそろえやすくなります。

つまり、Low Dモデルは、Low Dを使うためというより、クラシック・レパートリーで頻繁に使われるLow E♭までを、より自然で美しい響きで演奏するための設計なのです。

Low D/C切替式の延長管付きモデルは、その考え方をさらに発展させたものですね。

はい。延長管を外した短い状態では、楽器が非常に速く振動し、発音が直接的で、遠達性と柔軟性に優れます。この状態だけでも、古典派、ロマン派、20世紀を含むレパートリーの約90%を演奏することができます。

一方で、延長管を装着すればLow Cまで演奏でき、現代レパートリーにも対応できます。Low C管の広い音域と、短い楽器が持つ反応の速さ。その二つの利点を一本の楽器で使い分けられることが、Low D/C切替式モデルの大きな魅力です。

Low D/C切替式モデルは、主要メーカーの標準ラインナップでは非常に珍しい発想です。Low Cまでの音域に対応しながら、延長管を外した短い状態では、Low E♭までを自然に響かせる短い楽器として使える。これは、〈ビュッフェ・クランポン〉ならではの実践的な設計思想といえます。

最低音LowE♭の楽器の場合、LowE♭の音がベルから出るが、最低音LowDの楽器の場合、LowE♭の音が他の音と同様に音孔から出るため、音色の美しさと均質性を保つことができる。

音色をさらに広げる“ICON”という選択肢

“ICON”ネックとベルについても伺います。標準仕様から“ICON”に替えることで、どのような変化を感じますか。

“ICON”を付けると、音がより集中します。私にとって最も大きな違いは、振動の立ち上がりが容易になることです。
標準のネックやベルには、ある程度の慣性があります。音が立ち上がるまでに、ごくわずかな時間や抵抗を感じることがある。“ICON”では、素材がより速く振動するように感じます。これは内径だけではなく、素材の性質による違いだと思います。

“Prestige”用と“Tosca”用の“ICON”ネック/ベルは同じではありません。それぞれの楽器は内径が違うため、各モデルに合わせて作られています。標準部品から替えた時に得られる、発音感覚や音色の変化という基本的な効果は共通していますが、その楽器に合わせて適切に調整することも大切です。

icon neck bell
バスクラリネット用の“ICON”ネックとベル

“Prestige”と“Tosca”――どちらが自分に合うか

最後に、“Prestige”と“Tosca”を選ぶとき、奏者はどのように違いを考えればよいでしょうか。

楽器には、それぞれの個性があります。

“Prestige”は、“RC”系の流れを汲む楽器で、太めの内径を持ち、開いた響きがあります。息を多く入れて、楽器を大きく鳴らしたい奏者には、とても合う楽器です。

“Tosca”は、“Prestige”より細めの内径を持ち、より芯のある音、音域間の均質性、音程バランスを求める奏者に合います。

私自身は現在“Tosca”を演奏していますが、それは“Tosca”がよる優れいているという意味ではありません。
奏者の息の使い方、音色の好み、オーケストラの響き、ホールによって、合う楽器は変わります。実際に、“Tosca”を試した後で“Prestige”を選ぶ奏者もいます。

大切なのは、どちらが優れているかではなく、どの音色、どの吹奏感、どの音楽的方向性が自分に合うかです。“Prestige”と“Tosca”は、優劣ではなく、異なる個性を持つ二つの選択肢なのです。

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