• 〈アントワンヌ・クルトワ〉
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シャンパンのような音色を求めて

フランス・トランペット界の俊英、ピエール・デゾレ。ボルドー国立管弦楽団のメンバーとして活躍する傍ら、2025年6月にはパリ管弦楽団の日本ツアーに参加し、クラウス・マケラ指揮のもと、《クープランの墓》《幻想交響曲》などの名作を熱演しました。彼の手にあったのは、フランス製トランペット〈アドリアン・ジャミネ〉の“アルフレッド”。「まるでシャンパンの泡のような音色」と語るその魅力とは?指揮者との音楽づくり、日本のホールの響き、そして楽器選びに込める哲学について、デゾレ氏に話を聞きました。(2025年7月9日、東京にて)

トランペット奏者ピエール・デゾレが語る “アルフレッド”とマケラとの共演

世界の舞台で輝く音 ―「素晴らしい音だね」の一言


6月のパリ管弦楽団の日本ツアーでは、《クープランの墓》でトランペットを、《幻想交響曲》ではコルネットを演奏されましたね。指揮者クラウス・マケラ氏との共演はいかがでしたか?

 非常に良い経験でした。私の演奏スタイルとも相性がよく、音楽的にしっかり噛み合ったと感じました。彼は非常に明確なビジョンを持ち、若くして素晴らしい音楽的成熟を備えています。〈ベルリオーズ〉のような大作でも、しっかりとした構築力で見事な音楽に仕上げてくれます。

 いまやシカゴ響やコンセルトヘボウ管、ベルリン・フィルでも指揮をしていて、本当に世界的な存在ですね。舞台上でもエネルギッシュで集中しており、見ていてとても魅力的な指揮者です。

─《クープランの墓》におけるトランペットの役割について教えてください。

 トランペットは、音楽に輝きや太陽のような明るさを加える存在です。木管の柔らかく旋律的な音色に対して、トランペットは時に興奮や華やかさを、時に繊細な光を添えます。フランスではトランペットの音はシャンパンに例えられて「シャンパン・トランペット」と呼ばれることがあり、コルクがポンと抜ける音や、繊細な泡が弾けながらシュワシュワと浮かび上がってくるような効果をもたらす楽器だと捉えられています。

 私が演奏した〈アドリアン・ジャミネ〉のトランペット“アルフレッド”はまさにそれです。《クープランの墓》では、迷わず“アルフレッド”を選びました。“アルフレッド”は華やかで、輝きに満ちた音色を持っています。それが最良の選択だと確信していました。

─《クープランの墓》で、マケラ氏からはどのような指示がありましたか。

 特に弱音でのソロ演奏において、非常に静かな音量のクラリネットの後に、同じ音量での演奏を求められました。他のトランペットでは、これを実現することは困難だったでしょう。極限まで音量を抑えた演奏でした。

写真:ピエール・デゾレ氏。第6回モーリス・アンドレ国際トランペットコンクールで「最も美しい音色賞」を受賞した。「《クープランの墓》のように、繊細で柔らかいピアノが求められる作品では、柔軟性の高い奏法が美しい音色の鍵になります。音色は練習だけで得られるものではありませんが、より美しく純度の高い音を目指し、唇の柔軟性を養うために、音程をなめらかにつなげる練習を取り入れています。無理のない奏法が、自然な音を引き出してくれます。」

客席後方から聴いていましたが、その場面は弱音でありながらも美しく響いていました。マケラ氏から、“アルフレッド”の音についてコメントはありましたか?

 「素晴らしい音だね。」「あなたの演奏方法を気に入っている。」と褒めていただきました。しかし、通常フランスの指揮者は音楽家に対してそれほど褒め言葉を述べることはありません。マケラ氏にとって、私たちが使用する楽器は重要ではなく、演奏が成功することが重要なのです。それを実現するために適切な楽器を選択するのは私たちの責任です。だからこそ、私たち演奏者が、自分の音楽に最も適した楽器を選ぶ責任があります。“アルフレッド”は正しい選択でした。

─ 世界的指揮者と共演する際、楽器に対する信頼感はどれほど重要ですか?

 私たちには失敗は許されません。楽器に対する信頼がなければ、演奏は困難になります。優れた楽器を持つことで自信を持ち、良い演奏ができます。クラウス・マケラのような世界の主要オーケストラを指揮する指揮者の前では、私たちは最高の状態でなければならず、楽器への信頼は不可欠です。

─ ツアー中の思い出深いエピソードがあれば教えてください。

 ある夜、演奏後にマケラ氏や同僚の奏者たちと一緒にバーでダーツをして盛り上がったんです。音楽の話をしながらジンを飲んで、大いに笑い合った、とても楽しいひとときでした。指揮者とこのような時間を共有することは滅多にありません。彼らは一定の距離を保ち、尊敬されるイメージを維持する必要があります。マケラ氏の場合もこのような機会は稀で、楽しい時間を共有できたのは素晴らしいことでした。

─ 日本のホールでの演奏はいかがでしたか? 特に印象に残っている会場は?

 サントリーホールは、これまで演奏した中で最高のホールです。過去にも様々な素晴らしい会場で演奏しましたが、それらを超えて素晴らしい音響でした。強奏でも弱奏でもすべてのニュアンスが見事に響きますし、“アルフレッド”との相性も抜群でした。

─ 日本の聴衆や文化について、何か印象的な出来事は?

 日本の皆さんは、本当にフランスの音楽家に関心を持ってくださっていると感じました。フランスではあまりないことですが、サインを求められることもあり、とても嬉しかったです。皆さんは控えめながらも、内に情熱を秘めていて、心から歓迎してくださっていると感じました。

用途で選ぶフランス製トランペット─“アルフレッド”からリュドヴィックまで


─ 今回の日本公演で持参された〈アドリアンジャミネ〉のトランペット“アルフレッド”について教えてください。どのようにブランドをお知りになりましたか?

 アドリアン・ジャミネとは、実は15年来の親友です。最初の出会いは、私がパリでコルネットを買いに行ったとき。そのとき意気投合して、それ以来ずっと親しい関係を続けています。

 彼が取り組んでいたのは、往年の名手ロジェ・デルモット氏の所有していた古いフレンチトランペットの再現プロジェクトでした。この発想自体が素晴らしいと思いましたし、彼の進取の気性にも感銘を受けました。アドリアンは革新的な視点を持ち、常に最高のトランペットづくりを追求している人物です。

「ソロを吹くときに感じるのは、適度な緊張感、ホール、観客、そして音楽。自分が泡の中にいるような感覚になったり、パラシュートで飛び降りる時のようにアドレナリンを感じたりします。それぞれが唯一無二の体験です。」(ピエール・デゾレ氏)
写真左から:ピエール・デゾレ氏、ロジェ・デルモット氏、アドリアン・ジャミネ氏。

─ フランス国内での〈アドリアン・ジャミネ〉ブランドの評価は?

 非常に高い評価を受けています。フランス国内外のトランペット奏者が彼の楽器店を訪れます。なぜなら、彼が最も多くの楽器の選択肢を提供し、最適なアドバイスをし、最高のアイデアを持ち、そして最高の仕事をするからです。彼自身もトランペット奏者なので、演奏者が何を求めているかを理解し、感じ取ることができるのです。

─トランペットは複数お持ちと聞きましたが、“アルフレッド”は主にどのような場面で使っていますか?

 “アルフレッド”は銀めっきモデルとラッカーモデルの両方を所有しています。〈クープランの墓〉、〈プルチネッラ〉、コンチェルト、イタリア・フランス系のレパートリーやオペラ、ソロや小編成の作品など、特に小さなトランペットの美学が求められる作品にはぴったりです。柔らかい音が必要なときは銀メッキ、明るく鮮明な音を求めるときはラッカーを使い分けています。一方オーケストラでは、マーラーやシュトラウスなどドイツ系のレパートリーに適さない場面もあり、そのような時には別の楽器を使っています。

─〈アドリアン・ジャミネ〉のマウスピースも使っていますか?

 はい、トランペットごとに使い分けています。たとえば“アルフレッド”には音色とバランスを追求するために小さめのマウスピース(アドリアンの楽器店 A. J. Atelier des Cuivres 製の3C)を使い、他のトランペットにはシンフォニーオーケストラ向けの音量を得るために、より大きなもの(A. J. Atelier des Cuivres 製の1 1/2C)を使用します。これはレパートリーや求める音色によって決まります。鮮明で明るい音色が必要な場合は小さなマウスピースを、より大きく広がりのある音色が必要な場合は大きなマウスピースを選択します。

 小さなマウスピースは、まさにフランスの楽器美学に適しています。これはフランスの過去の演奏様式に基づいており、私は3C相当のマウスピースを使っています。

─ 他社ブランドと比べて、“アルフレッド”ならではの魅力とは?

 まず、驚くほど吹きやすいこと。音色が美しく、音程も非常に安定しており、メカニズムも優秀です。そして、独特の音色を持っています。ピアノ(弱音)で演奏しても音色が保たれ、同時に非常に柔らかく、フォルテで演奏すると輝きますが、決して不快になることはありません。音色は常に浮遊感を保っています。

─ 他の楽器では表現できない、“アルフレッド”ならではの表現とは?

 よりリスクを取ることができ、より繊細なピアニッシモや、極めて正確なニュアンス表現が可能です。私たちボルドー管弦楽団では、同僚と私全員が“アルフレッド”を所有しており、4本のトランペットで合奏する際、音の統一感が出て、素晴らしい響きを生み出します。また、指揮者が非常に弱音での演奏を求めても完璧にそれを実現できます。

写真:〈A. ジャミネ〉のトランペット“アルフレッド”

─ “アルフレッド”を使うようになってから、ご自身の演奏に変化はありましたか?

 間違いなくあります。これほど演奏しやすいトランペットに慣れてしまうと、他の楽器に戻るのが難しくなります。結果として、より楽な演奏法を身につけることができ、聴き手に「今の演奏は大変だった」と思わせない自然で美しい演奏ができるようになりました。

─ “アルフレッド”に慣れるのに時間はかかりましたか?

 いえ、まったく。ちょうどピッコロ・トランペットのように、無理に吹き込まず、自然体で吹くのがポイントです。私はとにかく「自然な演奏」を追求しているので、“アルフレッド”のような楽器は理想的です。

─ “アルフレッド”の魅力を一言で表すと?

 “アルフレッド”は、「演奏のしやすさ」「輝き」「卓越性」、そして「音色の美しさ」を兼ね備えた楽器です。

─ クラシック用のフランス製トランペットを検討している日本の奏者へアドバイスを。

 クラシック音楽向けのフランス製トランペット、〈アドリアン・ジャミネ〉の“アルフレッド”、“リュドヴィック”と、〈アントワンヌ・クルトワ〉の“コンフリュアンス”は、用途によって選ぶと良いと思います。
 
 “アルフレッド”については先に述べたとおりです。特に室内楽やコンチェルトにはおすすめで、美学的に素晴らしい音色をもたらします。

 “リュドヴィック”は大規模な交響作品が適していて、ドイツ音楽のレパートリーにはドイツ製トランペットが多く使用されていますが、“リュドヴィック”であればマーラーの交響曲第5番などにも対応できると思います。

 “コンフリュアンス”はメカニズムが非常に優秀で、演奏しやすく、音色も美しい。“アルフレッド”と“リュドヴィック”との中間的な立ち位置でしょうか。開発にアンサンブル・アンテルコンタンポランのクレマン・ソニエ氏が関わっているので、やはりソリスティックな演奏や金管五重奏、室内楽向きの特性を持っています。

写真左から:ピエール・デゾレ氏、アドリアン・ジャミネ氏。アドリアン・ジャミネ氏とピエール・デゾレ氏が似ていることを指摘すると、「フランスでもよく兄弟だと間違われ、親戚でも見間違えるほどなのですが、血縁関係は一切ありません!(笑)」とのこと。

─ フランス人として、〈アドリアン・ジャミネ〉に対して特別な思いはありますか?

 もちろんです。フランス生まれで、これほど完成度の高いブランドがあるというのは、誇らしいことです。アドリアン・ジャミネは素晴らしい職人であり、音楽への情熱を体現したような人物です。この素晴らしいトランペットが日本をはじめ世界中に広まることは、私たちにとってさらに喜ばしいことです。皆さんもきっと気に入ると確信しています。

─〈アドリアン・ジャミネ〉の今後について、どのような展望をお持ちですか?

 大きく発展すると思います。日本でもこのトランペットの魅力が伝われば、多くの人が手に取るようになるでしょう。音を聞いてみなければその良さは分からないものですが、一度誰かの演奏を聞けば、その素晴らしさが伝わるはずです。

─ 今後の音楽活動や、日本再訪のご予定は?

 ボルドー国立管弦楽団での演奏活動を続けながら、国内外でマスタークラスも行っていく予定です。そしてもちろん、また日本に戻って演奏できる機会があればと願っています。

─ 最後に、日本の読者へのメッセージをお願いします。

 このたびは温かい歓迎と、音楽への情熱に心から感謝します。また皆さんと、美しい音楽の時間を共有できる日を楽しみにしています。

─ ありがとうございました。

Pierre Désolé
ピエール・デゾレ氏プロフィール:フランス南西部ポマレ出身。ローラン・ラベイグのもとで12歳からトランペットを始め、ボルドー地域音楽院でピエール・デュト、ジャン=フランソワ・ディオンに師事。第6回モーリス・アンドレ国際トランペットコンクールで「最も美しい音色賞」を受賞し、アランソンやフレイズなど国内主要コンクールでも優勝。リヨン国立高等音楽院(CNSMD)ではティエリー・カンス、クリスチャン・レジェの指導を受け、演奏家国家上級資格(DNSPM)を取得。 その後パリ・オペラ座アカデミーに参加し、2014〜2017年にはパリ室内管弦楽団のトランペット・ソロ奏者を務める。現在はボルドー国立オペラ管弦楽団に所属しながら、パリ管弦楽団、パリ・オペラ座、フランス国立管弦楽団、フランス放送フィルハーモニー管弦楽団、トゥールーズ・キャピトール管弦楽団、リヨン・オペラ座、リヨン国立管弦楽団などフランスの多くの主要オーケストラに客演している。 2025年6月にはパリ管弦楽団の日本ツアーに参加。クラウス・マケラ指揮による《幻想交響曲》《クープランの墓》で繊細かつ輝かしいサウンドを披露した。近年は〈アドリアン・ジャミネ〉製“アルフレッド”を愛用し、その色彩豊かな音色と柔軟な表現力に信頼を寄せている。教育活動にも積極的で、マスタークラスなどを通じて若手奏者の育成にも取り組んでいる。
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