大和田智彦氏 インタビュー|国立音楽大学准教授・ジャック・ランスロ国際クラリネットコンクール芸術監督
国立音楽大学および同大学院で後進の指導にあたり、日本クラリネット協会副理事長・事務局長、ジャック・ランスロ国際クラリネットコンクール芸術監督としてもクラリネット界を支える大和田智彦氏。
演奏家、教育者、そして国際的なコンクール運営に携わる立場から、大和田氏はクラリネットという楽器をどのように見つめているのでしょうか。
学生に伝えたいこと、フランスでの学び、国際コンクールの現場で感じてきたこと、そして長年愛用してきた〈ビュッフェ・クランポン〉の楽器について。
大和田氏の言葉から浮かび上がるのは、一人ひとりの音を育てながら、その音が響く場を次の世代へつないでいこうとする、誠実なまなざしです。
音は声。自分の言葉を育て、次の世代へつなぐ
「音は声」――クラリネットで自分の言葉を喋る
――教育者として多くの学生を指導される一方で、日本クラリネット協会やジャック・ランスロ国際クラリネットコンクールを通じて、日本と世界のクラリネット奏者を長く見てこられました。今、クラリネット奏者にとって最も大切な力は何だとお感じでしょうか。
クラリネットに限った話ではもちろんないのですが、芸術や音楽をやっていく上で大切な力といわれれば、、言葉でいうと、私は「忍耐力」と「発信力」かなと思っています。
忍耐力というのは、今練習して、すぐ明日上達するということは当然ないですし、結果も正解もそんなにすぐ出るものではないということです。
「私はもう完璧になりました。完成です」と言えれば、それは素晴らしいことかもしれませんが、そんな日は一生来ないかもしれませんし、もしそう思えたら、そこであらゆるものが終了してしまうと思います。
自分に納得していなくても進化し続ける力。いろいろな事情で続けることが難しい場合もあると思いますが、それでも情熱を一番大切にして、その情熱を上書きしていくようなエネルギーが大切なのではないかと思います。
発信力というのは、今でいうとアピールですよね。日本人はよく「謙虚」という言葉を使いますし、私も謙虚な人間は大好きです。ただ、謙虚なだけではなく、自分で自ら道を切り開いていく力が必要です。新しいものに挑戦していく力、パイオニア的な力が大事なのかなと思っています。
――国際コンクールの現場で、強く印象に残る奏者には、どのような共通点がありますか。
上手なのは言うまでもなく、みんな上手です。その上で、私が見つけた言葉でいうと「完成度」かなと思いました。
完成度というと、間違えない事という意味にも取れると思いますが、ここで言いたいのは、音楽の表現やアピールも含めて、その人が持っている技術や音楽性が、自分のものとして出来上がっているということです。
「私はこういうふうに演奏したい」「この音色で吹きたい」という欲求が、その演奏からすごく出ている。とても上手に吹く人に、自分自身に自信があるかどうかは分かりません。ステージを降りたときに尋ねると「すごく緊張した」とよく言います。
でもステージ上では、自分のやりたいものが自分の中ですごく完成されていて、それを出力している。そういう完成度がある人たちは、たとえば少し音を間違えたとしても、それが「間違えた演奏」としては聞こえないんです。
――以前、大和田さんは、国際コンクールで活躍する奏者には「その人の音色」があるとお話しされていました。大和田さんご自身は、どのように“自分の音”を探してこられたのでしょうか。
まだまだ現在進行中です。探している最中です。
音というのは、私は「声」だと思っています。
声を使って言葉を喋る。その言葉選び、どういう言葉を選ぶかというのが、音楽でいうところのアゴーギク、つまり抑揚のようなものです。滑舌はアーティキュレーションだと思っています。
すごく素敵な声を持っているアナウンサーがいたとしても、滑舌が悪かったり、陳腐な言葉しか出てこなかったりすると、説得力がありません。逆に、言葉選びと滑舌を丁寧に作っていくと、その人の声も魅力的な声になっていくのではないかと思います。
そうやって育っていくことが、声の作り方であり、音色の作り方になっていくのかなと思っています。声の質ももちろんありますが、どういうふうに表現するかということが、音色を作っていくことになるのだと思います。
――大和田さんにとって、演奏することの意味はどこにありますか。
それはやはり、自分の言葉を喋るということだと思っています。自分の表現を出すということです。
言葉を選ぶのが苦手だったり、ボキャブラリーが多いわけではなかったり、話すのが苦手という意識を持っている人はたくさんいると思います。私もその一人です。
でも、楽器を持って演奏することによって、言いたいことが言える。それが一番の醍醐味なのかなと思います。もちろん、それがなかなかうまく言えなくて、悩んだり、困ったり、悔しかったりする。その繰り返しが、だんだん自分を成長させてくれる。そういうツールをもっている、ということが演奏する喜びであり、やりがいなのだと思います。
好きで進み、理解を深める
――大和田さんは、国立音楽大学卒業後、フランスのポール・デュカス音楽院に留学され、ミシェル・アリニョン氏に師事されています。フランスでの学びは、演奏にどのような変化をもたらしましたか。
フランス留学は、演奏だけではなく、私自身の人生を振り返っても、いろいろな意味での大転機、価値観の大転換でした。
アリニョン先生のレッスンは、本当に今でも思い出します。私は出来の悪い生徒でしたから、コンプレックスを感じながらレッスンを受けていたというのが、一番の記憶です。
ドビュッシーの《ラプソディ》のレッスンを受けた時のことです。アリニョン先生は、とにかく息が長い。ブレスがなく、長いフレーズを吹くんです。それを隣で聞いていて、私は当然のようにそこまで吹けない。しょうがなくブレスをすると、当たり前のように「なんでそこでブレスをするんだ」と言われるわけです。
その時は、「それはアリニョン大先生だからできるかもしれないですけど、私みたいな普通の人間にはできませんよ」と思いました。
でも今は、《ラプソディ》を演奏する時は、そのフレーズをブレスなしで吹きます。なぜ吹けるようになったのか。何か点としてのきっかけがあったのかと言われると、それはありません。ただ言えるのは、ドビュッシーの《ラプソディ》という曲を練習し、本番で演奏してきて、その曲の理解度が当時とはまったく違うということです。
曲を理解することによって、そのフレーズが吹けるようになった。肺活量が増えたとか、トレーニングしたからとか、ブレスの仕方を変えたから吹けるようになったという技術的なことではなく、曲の理解度が増したことによって、そのフレーズが吹けるようになったということは、自信を持って言えます。
生徒に教える時も、その曲をどう吹きたいか、どうすれば完成度の高い演奏になるかを考えていくと、息というのは持つものなのだと伝えています。
――日本で学んできたクラリネットと、フランスで体験されたクラリネットには、どのような違いを感じましたか。
具体的に「ここが違う」というのは、なかなか出てきません。音色の美意識も、具体的に何かというより、その土地や空気、文化の中で生まれる人の違いなのかなと思いました。
その人の違いの中に身を置くことによって、自分の音色に対する価値観や、音楽に対する価値観が違ってきたというのが、一番大きいのかなと思います。
フランス語は私にとって永遠に外国語ですが、その言葉の使い方や発音の仕方に悩んだ経験、勉強した経験が、楽器を吹く時の発音の仕方や表現の仕方に、確実に変化をもたらしているとは言えると思います。
――学生を指導する上で、最も大切にしていることは何でしょうか。
学生一人ひとりで、課題も違えば目標も違います。何のために楽器を練習しているのか、何のために大学で勉強しているのかも、それぞれ違う。そのことを一番重要視しています。
私の世代は、どちらかと言えば100%プロを目指すというのが全体の雰囲気でしたし、教える側もそれを前提としていました。でも今は、いろいろなパターンに変わってきています。その学生それぞれのニーズに対して、どのようにアプローチできるかを一番大切にしています。
もちろんクラリネットを教えているわけですから、クラリネットの上達に必要なこと、こういう技術があったほうがいい、こういう考え方があったほうがいい、ということは伝えています。
ただ、それを使って、クラリネットを使って、自分という個人にどう磨きをかけていくか。そこに一番重点を置いています。
学生は、4年間で答えを出さなければいけない、その中で結果を出さなければいけないと焦っている印象があります。でも、音楽の世界、クラリネットの世界というのは、すぐに答えが出るものではありません。
良いか悪いかというよりも、好きか嫌いかで判断しながら進めていくことが多いと思うんです。合っているのか、合っていないのかと探しても、それは答えが出ない。だったら、好きか嫌いか、やるかやらないか。そういうところで頑張るという考え方を持ってもらうのがいいのかなと思っています。
――演奏家以外の道に進む方も、現実には多いと思います。
一つのことを一生懸命頑張って、一つの目標に結果を求める。上達でもそうですが、一つのことに集中して勉強して、何かを経験する、体験する。その努力していく過程、そこで諦めずに何かを頑張っていく過程を経験していれば、それは一人の大人としてのすごい実績というか、キャリアになっていきます。
それは別の社会に行っても、また新しく何かをやった時に、「ここまでは私は頑張れるだろう」という一つの自信に絶対になります。
ですから、どこの世界に行こうが、音楽を勉強したい、演奏家になりたいという目標を持ってやっていくことの価値は大きくあると思います。
表現は、出さなければ始まらない
――技術的には非常に優秀な若い奏者が増えている一方で、“表現者になる”という点では、どのような課題を感じますか。
個人で勉強したり、練習したりして技術を磨いていくことについては、今は本当にみんなすごく上手になっています。情報もたくさんあるので、自分でできることもたくさんある。今の若い子たちは本当に技術力が上がっていると思いますし、それは素晴らしく良いことだと思っています。
ただ、音楽は一人ではできません。少なくともだいたいは二人以上でやるものです。団体が大きくなればなるほど、アンサンブルの力が難しくなってくると思います。
アンサンブルにおいて一番重要なのは、相手に寄り添う心の余裕だと思います。自分のことで一生懸命だと、相手を聴けません。逆に、自分を下に見て「私は全然だめだ」と思っても、相手に寄り添えない。相手を下に見ても、相手の演奏や心に寄り添って演奏することはできません。
音楽の言葉で言えば、相手を聴いて合わせるということです。でも、音を聴くということは、結局、相手に寄り添う心、自分の余裕がないとできないのだと思います。
オーケストラや吹奏楽のような大きな編成になると、一人ひとりに心を寄せるのは、至難の業です。それでも、そういうものをどう作っていくか。楽器を吹いて音を鳴らしているところ以外も含めて、そういうところを磨いていく時間のかけ方や、その重要性を感じてもらう必要があると思っています。
――音楽としてもう一歩伝わりにくい学生には、どのようなことを伝えていますか。
表現するということは、すごく難しいと思います。
学生たちも、自分はこうしたい、ああしたいという思いは強く持っていると思います。ただ、それを出す時に、「これはちょっとだめなんじゃないか」「違うんじゃないか」「これをやったらだめと言われるんじゃないか」という思いが、心の中の8割ぐらいを占めてしまって、出せない。それが一番の原因なのかなと思っています。
レッスンでも、「いいか悪いかは別として、やりたいことを120%出そうとしてみて」と言うことがあります。でも、120%出してもらっても、伝わってくるのは大体6割、7割ぐらいです。「なるほど、そういうふうにしたいのかな」と、こちらが思う程度です。
自分の思っている感情、特に思いは、100%どころか、自分でも分からなくなるぐらい出さないと伝わらない。
そして、学生の頃は、それが大体否定されます。「ちょっとそれはおかしい」と言われる。そこで怖がってしまう。けれど、どんどん出して、否定される数が、いい音楽を作っていくとも言えます。出さないことには始まらない。表現に対しては、そこが一番重要だと思っています。
山の頂上を鋭角にし、裾野を広げる
――現在の若いクラリネット奏者は、技術的には非常に高い水準にあると思います。その一方で、次の段階として何が必要だと感じますか。
「職業意識」という言葉をちょっと見つけたんですけど、技術を上げることはもちろん大切ですし、コンクールでキャリアを作ることも、もちろん大切だと思っています。
演奏家の職業、例えばオーケストラの団員になりたい、といったことだけではなく、音楽家、演奏家として生活していくこと、仕事として、生活の糧をどう作っていくのかということも同時に考えながら頑張る。そういうところが重要かなと思っています。
だから、クラリネット、もっと言えば音楽というものを使って、職業としての音楽をどう意識していくかが重要だと思っています。
――その意識は、大和田さんご自身の活動にもつながっているのでしょうか。
私は山に例えるのですが、たとえば私がやっている活動でいうと、ジャック・ランスロ国際クラリネットコンクールという非常にレベルの高いコンクールを、日本の社会に定着させる、もしくは発展させることが、私のライフワークであり、目標の一つです。
これは言うなれば、山の頂上をどれだけ鋭角にするか、レベルの高いものをどんどん上げていくということです。
もう一つは、頂上が鋭角になればなるほど、裾野がどんどん広がっていくということです。裾野にはいろいろな言い方ができますが、クラリネット人口を増やすことも一つですし、関わってくる人たちが活躍できる場所、いろいろなことができる場所をたくさん提供することも重要だと思っています。
裾野が広がれば広がるほど山は高くなるでしょうし、山の頂上が鋭角になればなるほど、それもまた山を大きくしていくのではないかと思います。
――日本のクラリネット界の強みは、どのようなところにあると思われますか。
クラリネットのコミュニティ、協会のような団体があることは、とても有益なことだと思っています。
プロも、子どもも、アマチュアも集まって、クラリネットという一つのことを盛り上げていこうというコミュニティがある。そのこと自体が、日本としての強みだと思いますし、日本ならではのところだと思っています。
日本では、クラリネットという楽器は、ほとんどが吹奏楽の世界から始まっています。吹奏楽との関わりは切っても切れないところですし、そこからいろいろな音楽に発展していくところは、日本ならではだと思います。中高生たちへの貢献は、クラリネット奏者として活動するうえで、とても重要なことだと感じています。
――世代や立場を越えてつながることには、どのような意義があるとお考えでしょうか。
たとえば、中高生の時代に吹奏楽やクラリネットをすごく頑張っていて、その後、仕事や結婚、子育てなどで楽器ケースを開けることはなかったけれど、子育てが一段落した時に楽器ケースを開けて、ちょっと吹いてみようかなと思った時に、吹ける場所がある。それはすごく素晴らしいことだと思います。
そういう場所を提供していくのが、クラリネット協会やフェスティバルなのかなと思っています。
お母さんやお父さんが、久々に楽器を出して吹いている姿を子どもが見て、「こんなものがあるんだ」と感じる。そういったつながりができるのも、大きな強みであり、すごく素晴らしい機会だと思います。
――2029年には、日本で国際クラリネットフェスティバルの開催を計画されていると伺いました。
2029年に、クラリネット協会では国際クラリネットフェスティバルを計画していて、その準備をしています。ICAの国際クラリネットフェスティバルです。
日本では2005年に一度開催されていて、それがアジアでの初回という感じでした。今度、アジアで三回目の国際クラリネットフェスティバルを日本で考えているところです。
日本のクラリネットのコミュニティ、クラリネット協会のようなコミュニティがあるからこそ実現できるクラリネットの祭典だと思っています。
2029年は、クラリネット協会発足50周年という記念すべき年です。この50年を振り返って、次の50年をどう作っていくか。その節目のイベントにしていきたいと思っています。
国際フェスティバルという大きなイベントを一つの点として作り、それをまた全国へ、面に広げていく。点から面へ広がっていくイベントにしたいです。2029年をそういう年にしたいと思っています。
――大和田さんにとって、ジャック・ランスロ国際クラリネットコンクールは、どのような存在ですか。
ジャック・ランスロ国際クラリネットコンクールに関しては、自分自身にとってもライフワークの一つで、非常に重要なものです。
日本では2014年が第一回で、フランスでは2012年に最初に始まっています。もともとは日本からスタートしようという話で動いていたのですが、2011年に震災があって、いろいろな経緯があり、2012年にフランスからスタートし、日本では2014年が第一回となりました。
私の先生でもある浜中浩一先生が、このコンクールをやりたいという強いエネルギーを持ってスタートしました。そして浜中先生と二宮先生、お二人が、何もないところから立ち上げたコンクールでした。
そこで浜中先生から声をかけられて、私はこのコンクールのお手伝いをするようになりました。この世界に生きていると、師匠と何か一緒に仕事をするというのは光栄なことですし、私としてもエネルギーをかけてやりたいと思っていました。
最初は、協賛を集めるとか、予算を見ても何百万、何千万という話で、自分にそんな話ができるわけがないじゃないか、何のことを言っているんだろう、というぐらいの感覚でした。
それでも、二宮先生と浜中先生の情熱でそういうものを動かしているところに、私も微力ながらお手伝いすることからスタートできたことは、すごく光栄なことでしたし、意義のあることだったと思っています。
――国際コンクールに関わる中で、最も大切にしていることは何でしょうか。
コンクールですので、受験者ファーストです。公平性というか、受験者に対して、受験時の公平性を考えること。また、審査に対する偏りを受験者に思わせない、感じさせないためにはどうすればいいかを、本当に考えています。
審査員を誰にするかもそうですし、課題曲をどうするかもそうです。どこでやるか、いつやるか、お金の話もあります。いろいろな事情はもちろんありますが、それが作為的に何かを、誰かをどうこうしようとするためにこうなっている、と思わせないようにすることです。
もちろん、受賞者のキャリアや、このコンクールで得た経験、もしくは賞、受賞キャリアが、その受賞者にとっての財産になるようなコンクールにすることが、一番大切なことだと思っています。
――コンクールという場は、若い奏者に何を与えるものだと感じていらっしゃいますか。
コンクールは、必ず一位を取りたいと思って受けてもらいたいと思っています。
自分では、一位は絶対無理だと分かっているかもしれない。でも、一位を目指して受ける。それで一次でだめだった時には、やはり悔しいです。
心の中のどこかで「一位は絶対無理なんだろうな」と分かっていたとしても、一位になることを想像して、一位を目指して一次予選を受けたり、動画を送ったりすることが絶対に必要だと思っています。
そうすると、予選でだめだった時には悔しい。その悔しさが次の成長につながります。一位になるためには、こんな準備ではだめだ、もっとしっかりしたものを作らなければいけない、という過程が成長させてくれます。
緊張した本番の数は、音楽的なキャリアにも、音楽家としての成長にも必要です。私も緊張する機会はなるべく外したいと思うこともありますが、そういう数が人を成長させてくれます。だから、とことんトライしてもらいたいし、目指してもらいたいと思っています。
――世界の若い奏者を見ていて、近年の演奏傾向に変化を感じることはありますか。また、日本の若い奏者が国際的な場でさらに活躍していくためには、どのような経験や意識が必要だと思われますか。
音色はすごく変わってきたと思います。
私が学生の時に浜中先生のリサイタルを聴いて、「こういう音を出したい」「こういう音楽をやりたい」と思ったこともありましたし、フランスでアリニョン先生に師事した時には、浜中先生とも全然違う、聞いたことのない音に出会いました。そういういろいろな価値観がどんどん増えていった。それが、私が思う昔と今との違いなのかなと思っています。
今の国際コンクールを聴いていると、音色は柔らかく、演奏の自由度が高い演奏が多いと感じています。
自由にすればするほど否定されるというのが、どうしてもセオリーになってしまうところがあります。ただ、否定されたからだめということではなく、そこから自分の新しいものを見つけていく。その繰り返しが必要なのだと思います。
否定を恐れずに、自由度の高い演奏をどんどん試していく。それを学校だけではなく、コンクール、さらに世界にアピールしていく。そういう力が必要だと思っています。
受け継いだものを、次の世代へ渡す
――先生方や先輩方が築いてこられたものを受け継ぎ、次の世代へつなぐ立場について、どのような思いがありますか。
引き継いできたことに関しては、もちろん、やっていかなければいけないと思っていますが、それを次の世代にどう引き継いでいくかということについては、どうするべきなのか、今後どう流れていくのか、正直まだわかりません。
国立音楽大学には歴史があります。先日100周年を迎え、イベントも大成功でした。これは本当に、国立音楽大学、私たちは「くにおん(くにたち)」と呼んでいますが、その文化がないとできなかったイベントであったと強く感じています。
それは、100年の歴史を紡いできた先輩たちの伝統ですし、今教えている学生たちも含め、私にとっては後輩たちです。そういったつながりの100年が大きいと感じています。
演奏会を聴いて、ただみんなで集まって「よかったね」で終わるのではなく、こういう人たちが存在して、この方々が母校に対して様々な思いを持ち、何千人もの人が集まって共有し、未来に向かって発信していく。こういうことは他にはないと思いました。
その思いを共有するためには、良いことも悪いことも含めて、経験させなければいけませんし、経験する場所を作っていかなければいけないのだと思っています。
同じくコンクールも、浜中先生と二宮先生の情熱で始まったコンクールです。今では、世界の中で認められた国際クラリネットコンクールになっていると思います。
この価値をどう引き継いでいくかは、とても難しい課題です。
このコンクールの価値を共有できる人は必ず探していかなければいけませんし、その価値を共有するための場所は当然コンクールだと思います。受験者や審査員だけではなく、いろいろな形で参加してくれる人たちを増やしていき、その中から、未来を一緒に考えていける人を探していきたいと思っています。
声を支える楽器、200年の先へ
――音大生が自分の楽器を選ぶとき、どのような観点を大切にするとよいでしょうか。
具体的に楽器というところでいうと、私はクラリネットには四つの音域があると、いつも言っています。
四つの音域すべてが、しっかり鳴ること。音域による違いを理解したうえで、楽器が鳴ってくれること。音域それぞれの鳴らし方を確認することです。
クラリネットは音域の広い楽器なので、それぞれの音域がしっかり鳴ってくるか、鳴らせるかを確認するように言っています。そこが均一になっていかないと、表現のしようがないと思います。
――現在ご使用の〈ビュッフェ・クランポン〉のクラリネット“Tosca”(トスカ)について、どのようなところに魅力を感じていらっしゃいますか。
やはり、自由度の高いところですね。
あとは、グリーンラインを気に入っています。演奏時の環境の変化に影響されにくいという言い方でしょうか。楽器が持っているパフォーマンスを、環境に影響されずに作れるところが、私にとって最大の魅力であり、すごく気に入っているところです。
音色についても、力強い音が出せるところが最大の魅力です。力強い音が出るということは、反面、柔らかい音も出せるということだと思っています。
フォルテをたくさん鳴らせば、その分、ピアノへの距離が遠くなるという言い方をしています。大きい音を出せば出すほど、ピアノとの距離が遠くなるので、ピアノがもっときれいに聞こえる。
そういう考え方があるので、パワフルであることはすごく重要な要素だと思っています。そこが気に入っているところです。
――大和田さんにとって、〈ビュッフェ・クランポン〉はどのような存在でしょうか。
初めて楽器を持った時から、ビュッフェ・クランポンのユーザーなんです。最初は“R13”でした。その後、“Festival”、“Tosca”という順番です。
血となり肉となり、という感じなので、改めて考えたことはありませんでした。ただ、最初に手にした時からそれでしたので、そこに対する愛着はやはり大きいです。
――“自分の声”を形にする上で、クラリネットはどのような存在ですか。
私は学生の指導の中で、重要なことの一つとして、アーティキュレーションを正確に吹くということを伝えています。これはアリニョン譲りの部分でもあります。
クラリネットをやろうとすると、すごくいい音を出したい、きれいな音を出したい、聞いただけで「わあ」と思わせる音を出したいと、みんな絶対に思いますし、私ももちろん思っています。
ただ、音が美しいだけでは、言いたいことが伝わるとは限りません。スラーを切るのか切らないのか、舌をどう使うのか。そうしたアーティキュレーションや技術の積み重ねが、音楽の説得力につながっていくのだと思います。
楽器でいうなら、そのボキャブラリーは技術力、いろいろなメカニックだと思います。いろいろな技術力を持っていることによって、説得力が出てくる。
クラリネットを使って自己表現すること。それが、私にとってのクラリネットです。
自己表現というのは、一人よがりになってもだめですし、かといって個性がなければ、群衆の中の一人になってしまってもしょうがない。そこは難しいところです。
それでも、自己表現の一つのツールとして、私にとってクラリネットは外せない大切な楽器です。
――〈ビュッフェ・クランポン〉は創業200周年を迎えました。クラリネット奏者として、このブランドの歴史、そしてこれからの時代に果たしていく役割をどのように感じていらっしゃいますか。
パイオニアスピリッツを持って、ぜひ先頭に立っていただきたいと思います。
先頭に立つというのは、大変なことと思います。200年もつづいているブランドとプライドを持って進んでいただきたいですし、ひとりのユーザーとしてそこは応援していきたいと思っています。
――最後に、音大生、若い演奏家、クラリネットを深く学びたい読者に向けて、今一番伝えたいメッセージをお願いします。
「好きこそものの上手なれ」の一点かなと思います。
やりたいことや好きなことを見つけるのが難しいということもあるでしょう。けれど、せっかく楽器を手にして、クラリネットを吹いて、クラリネットが上達することに、何か喜びや感動を覚えた瞬間があったなら、それは運命だと思って、それを一生懸命やることの幸せをぜひ実感し、噛みしめてもらいたいです。
上達するのは時間がかかりますし、難しいですし、時間もかかるでしょう。けれど、そういったところにめげずに、一生懸命頑張ること、やること自体がすごく幸せなことなのだということを、一番言いたいです。
結果を求めてしまう気持ちはよく分かります。学生は特に、できないことのほうが多いです。でも、続けていくことこそに一番価値があるということを、ぜひ感じてもらいたいと思います。
――ありがとうございました。