クラリネットは、舞台で何を語るのか――アレクサンドル・シャボ氏に聞く、歌う音とオペラのフレージング
パリ国立オペラ管弦楽団の第二ソロ・クラリネット奏者、アレクサンドル・シャボ氏。これまでのインタビューでは、パリ・オペラ座で歌手たちと共演するなかで、音色、フレージング、ビブラート、そして多様な音楽的表現から刺激を受けていると語っていました。
今回は、クラリネットを「歌わせる」とはどういうことなのか、楽譜からフレーズの方向をどのように読み取るのか、歌手や舞台上の状況によって演奏がどう変化するのかを伺いました。オペラやバレエの具体的なレパートリーにも触れながら、シャボ氏の演奏観をたどります。
クラリネットを「歌わせる」とは
シャボさんの演奏は、表情豊かだと言われます。シャボさんにとって、クラリネットを「歌わせる」とはどういうことでしょうか。
私は幸運にも、一年を通じて素晴らしい歌手たちと仕事をしています。彼らは絶えずインスピレーションを与えてくれます。なかには20年以上にわたって伴奏している歌手もいて、その技術的、音楽的な変化を聴き続けてきました。
歌手と同じように、自分自身の音の響きを探すことが大切です。そのためには、息、アンブシュア、喉の開き方を適切に使わなければなりません。私自身、フレーズをよく頭のなかで歌い、そのうえで、歌手と同じような自然さと表現の密度をもって演奏しようとします。
楽譜から一つのフレーズを読み取るとき、方向や形を決めるために、どのような要素を手がかりにしますか。
楽曲を形づくる要素のなかには、フレーズを考える手がかりがいくつもあります。
まず重要なのは、フレーズの骨格です。フレーズが2小節、3小節、4小節、6小節、8小節など、どのような単位でまとまっているかを見ます。
そのほか、長調か短調かという調性、どの和音を聴かせるべきかという和声、そして音程の動きがあります。大きな音程の跳躍は、フレーズのなかで音楽的な緊張が高まる場所に置かれていることがよくあります。拍子も重要です。音楽が2拍子、3拍子、4拍子、5拍子のどれで進むのかを考えます。
以前、同じ台詞でも俳優によって演技が異なるというお話がありました。クラリネット奏者それぞれの解釈の違いは、どこから生まれるのでしょうか。
重要なのは、芸術家の個性です。音楽家も歌手も、それぞれ固有の想像力、自らの音楽的な拠り所、そして演奏家として積み重ねてきた経験をもって演奏します。
同じ音楽家であっても、30歳、45歳、60歳では、同じ作品を同じようには解釈しないでしょう。
フレーズの頂点は、必ずしも最も大きな音で演奏する箇所とは限りません。シャボさんは、フレーズの頂点をどのように捉えていますか。具体的な例を挙げて教えてください。
プッチーニの《トスカ》第3幕、練習番号11から12の間に置かれた、「星は光りぬ」を導くA管クラリネットのソロがよい例です。このソロには、三つの頂点があります。
最初の頂点では、あえてごく弱いニュアンスを追求することができます。二つ目では、息継ぎそのものが頂点になります。そして三つ目は、第二クラリネットが下のオクターヴで加わって響きを厚くするなか、音を十分に響かせて演奏します。
この三つの頂点は、音楽とドラマのなかで、それぞれ異なる意味をもっています。
最初に、マリオはフローリア(トスカ)と過ごした、優しさと愛情に満ちた時間を思い出します。二つ目では、永遠に失われた愛の痛みを感じ、自分は絶望のなかで死んでいくのだと悟ります。そして三つ目では、迫りくる死を前にただ一人で立ちながら、トスカへの愛によって、これほどまでに生を愛したことはなかったと気づくのです。
三つの頂点は、劇的な緊張が次第に高まっていく過程に沿っています。
《トスカ》第3幕「星は光りぬ」──三つの頂点
第1の頂点
過去の愛の記憶
Entrava ella fragrante,
mi cadea fra le braccia.
香りをまとった彼女が入ってきて、
私の腕のなかに身を委ねた。
第2の頂点
失われた愛への絶望
Svanì per sempre
il sogno mio d’amore.
L’ora è fuggita,
e muoio disperato!
私の愛の夢は、永遠に消え去った。
時は過ぎ、私は絶望のなかで死んでいく。
第3の頂点
死を前にした生への愛
E non ho amato mai
tanto la vita!
そして私は、これほどまでに
生を愛したことはなかった。
一つの音の始まりと終わりは、フレーズの意味をどのように変えるのでしょうか。
最初の音に込めたエネルギーが、フレーズ全体の意味を決めることがあります。ブラームスの美しいメッツォ・ヴォーチェのフレーズでも、ドビュッシーのピアノやピアニッシモのフレーズでも、最初の音に正しい色、つまり適切な息の速度と音のポジションを見つけられたとき、フレーズはうまく進んでいきます。
音を終えるということは、静けさへ戻ること、あるいは別の楽器へ受け渡すことです。私は、息の音を残さず、音程をコントロールしながら、音の終わりを静けさへつなげていく終わり方が好きです。
別の楽器へ受け渡すときには、そのフレーズを引き継ぐ楽器の応答部分を、実際に自分で演奏してみます。そうすることで、自分のフレーズをより大きな音楽の流れと、フレーズ全体の骨格のなかに組み込もうとします。
若いクラリネット奏者が「歌うように吹こう」とするとき、どのような誤解に陥りやすいでしょうか。
ときどき、フレーズのあらゆる細部を強調しすぎてしまいます。アーティキュレーション、アクセント、小さなクレッシェンドやデクレッシェンドを過剰に表現し、その結果、全体を貫く大きな線を見失ってしまうのです。
モーツァルト《クラリネット協奏曲》第2楽章。自然な息の流れと、ピアニッシモのなかに保たれた大きな旋律線を聴くことができる。
息の速度と音色の自由
生徒が正確に演奏していても、もっと音楽的に、もっと歌うように演奏してほしいと感じるとき、どのように導きますか。
私にとって、フレージングの鍵は息の速度です。ヴァイオリニストが弓の速度と弦にかかる圧力をコントロールするように、クラリネット奏者は息の速度によってフレーズを描きます。
そのためには、息の速度を非常に正確にイメージしなければなりません。また、強弱、アクセント、スフォルツァンド、フォルテピアノなどが急速に変化する場合にも、横隔膜がよく反応する必要があります。
喉を開くことによっても、音色に異なる色を与えることができます。
多彩な音色と自由なフレージングのために、楽器には何を求めますか。現在お使いのB♭管“Prestige” Green LineとA管“RC”は、その表現をどのように支えていますか。
私は自分のクラリネットを愛しています。長年、これらの楽器を演奏しています。
〈ビュッフェ・クランポン〉のクラリネットの大きな長所は、管体の内径がもたらす優れた反応性と、音に無限ともいえる変化を与えられることです。程度の違いはありますが、これはブランドのすべてのモデルに共通しています。
オーケストラ、室内楽、ソナタ、協奏曲など、どのような環境で演奏するときにも、音色と音の飛びに十分な余裕があります。そのため、さまざまな状況に適応しながら、同じ強弱のなかでも多彩な音色を生み出すことができます。
オペラ座で聴く歌手と舞台
以前のインタビューで、パリ・オペラ座では歌手の音色やフレージングから大きな刺激を受けているとお話しされました。その経験は、クラリネットの演奏をどのように変えましたか。
歌手は物語を語ります。私は自分が演奏するときにも、音楽によって表現される行動を具体的にイメージし、そこに物語を見つけようとします。
歌手はとても自然にフレーズを作ります。その自然な音楽的身振りを楽器を通して再現することは、私にとって絶えず向き合い続けている関心であり、情熱的な探究です。
ロッシーニ《セビリアの理髪師》より〈アリア・コンテ〉。オペラの魅力を熟知するシャボ氏自身の編曲による、クラリネット四重奏版。
歌手と一緒に演奏するとき、声のどこを最も注意深く聴いていますか。
声の力感、音高(ピッチ)、そしてビブラートを聴いています。
歌手が変わると、シャボさんのフレージングや音色も変わりますか。
もちろんです。歌手が舞台の前方、つまりオーケストラ・ピットの近くで歌うのか、舞台のかなり後方で歌うのかによって、オーケストラとのバランスは大きく変わります。
イタリア・オペラでもフランス・オペラでも、歌手が変われば、フレージング、テンポ、ビブラート、発音は大きく変わります。公演期間の途中で出演者が交代することもありますが、3時間ほどの《トスカ》では、歌手によって上演時間が15分前後変わることさえあります。
ロベルト・アラーニャが出演した公演では、声を十分に響かせて歌い、マリオに強い存在感を与えていました。一方、ヨナス・カウフマンは細やかなニュアンスを重ね、マリオ・カヴァラドッシにまったく異なる心理的な深みを与えていました。
こうした異なる解釈に応じるとき、重要になるのは、オーケストラとのバランス、音色、そしてテノールの語りをよく聴くことです。音色をより暗くしたり、反対に輪郭を際立たせたり、息の速度やビブラートを変えたりしながら、テノールが物語を進めるリズムに沿って演奏します。
同じ役に対するこうした多様なアプローチは、すべて私にとって刺激的です。
オペラやバレエのなかで、クラリネットが特別な役割を果たす場面について、具体的に教えてください。
たとえば《トスカ》第2幕の終わり、トスカがスカルピアを殺したあとです。クラリネットはまず、スカルピアがトスカに抱く、倒錯した欲望の主題を演奏します。その後、フレーズは優しさの主題へと変化し、最後は問いを投げかけるように終わります。
数小節のなかで、大きな心理的変化が起こるのです。
その変化は、音域、和声、オーケストレーション、テンポといった書法そのものに表れています。私の役割は、それらの要素を一つにつなぐように音を運び、フレーズを作ることです。
オペラやバレエのレパートリーから、特に美しい、あるいはクラリネットの魅力がよく表れているソロを挙げていただけますか。
《トスカ》や《運命の力》、モーツァルト《皇帝ティートの慈悲》の「Parto, parto」など、よく知られたソロは、ここでは挙げないことにします。
まず思い浮かぶのは、ベルリオーズ《トロイアの人々》第1幕第6場の非常に長いソロです。おそらく、オーケストラのクラリネット・レパートリーのなかでも、最も長いソロの一つでしょう。
最初に、和声的な曲折に富み、大きな跳躍がその流れを揺さぶる、非常に長いフレーズがあります。その後、明るく希望に満ちた長調の主題が現れ、最後に短調の主題へ戻ります。登場人物の心理と劇的な緊張に満ちたソロです。
カサンドラは、ギリシャ軍が撤退に際して残した木馬が、トロイアの都を滅ぼすための策略であることを予感しています。クラリネットは、彼女の不安と、都に迫る暗い悲劇を表現します。
次に思い浮かぶのは、ベッリーニ《カプレーティ家とモンテッキ家》第2幕第2場のアリア「荒れ果てた場所(Deserto è il luogo)」です。ロメオは、ロレンツォとジュリエッタの消息が分からず、見捨てられ、途方に暮れています。
これは、クラリネットが歌う、まさに一篇のオペラ・アリアです。ほぼ同じ音域で書かれており、メッツァ・ヴォーチェの抑えた響きで奏でるオーケストラに支えられながら、私たちはこのソロのなかで完全な自由を得ることができます。ロメオの苦しみと孤独を表現するのです。
さらに、オーケストラ・ピットのソロ奏者にとって日常となる、あまり知られていないソロもあります。チャイコフスキー、ヒンデミット、プッチーニ、マスネ、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、メサジェ、ソーゲなど、バレエやオペラの新しい作品に取り組むたびに、まとまった長さをもつ新たなソロに出会います。
最近演奏した作品は、ミンクスの《ラ・バヤデール》でした。このバレエには、ヴァイオリン、フルート、そしてクラリネットの美しいソロがあります。
クラリネットには二つの美しいソロがあり、最初のソロは、レチタティーヴォのように自由です。二つ目は、弦楽器に支えられた長いフレーズで始まり、大きな跳躍が随所に置かれ、その後、2拍子の踊りへと続いていきます。
バレエとオペラのレパートリーに私が魅了されているのは、毎晩、クラリネットが表現できる瞬間があり、その夜の物語の一部を担うことができるからです。